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ガリ勉地味萌え令嬢は、俺様王子などお呼びでない  作者: 鶏冠 勇真
第一部:ガリ勉地味萌え令嬢は、俺様王子などお呼びでない

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11話 ローズ・ガーデン退場

「……ロザリンヌ・アーリアローゼ。ヴァイオレット・ロドリゲス。カーミラ・ギアリー。イメルダ・キャンベル。貴様ら、一体何をしている」


 淡々と冷えた声で己の婚約者候補である者達の名を挙げながら、レオナルドが腕を組んで全員を見渡す。


「何をしていたかと言っている!説明してみろ、ロザリンヌ・アーリアローゼ!」

「レ、レオナルド殿下……」

「殿下!ロザリンヌ様は、私達はただ忠告をしていただけですわ!」


 固まるロザリンヌの代わりに、ここにきてバックコーラス隊が初めて仕事をした。


「何も間違ったことは言っておりません!」

「そうですわそうですわ!」


 まあ、その通りロザリンヌの言い分は間違ってはいないのだ。むしろ正論である。

 婚約者(候補)のいる一国の王子に、身の程もわきまえずにしつこく付き纏うお花畑ご令嬢に言うなら間違ってないのだ。

 なので間違ってるのは言う相手だけなのである。それが致命的な間違いなのだが。

 

「黙れ!素直に非を認めれば許してやろうかとも思ったが……貴様らには失望した。さっさと失せろ!」


 説明しろと言ったくせに黙れとはこれいかに。


「……すまなかった。怖い思いをさせたな」

「いいえ、全く」


 昨日貴方にされたことと比べたら一ミリも、と続く言葉は胸に秘め、近づいてくるレオナルドにシャリーナは人形のような無表情で答えた。


「ロザリンヌ様の言うことは尤もです。どうか彼女達を悪く言わないでください」

「フッ……強がらなくていいんだぞ」


 ポンポン、と軽く頭を叩いてくるレオナルド。比喩じゃなく本当に吐き気がする。


「っ!」

「ロ、ロザリンヌ様!」

「お待ちください!」


 それを見たロザリンヌが、耐えきれないとでも言うように瞳に涙を浮かべて走り去った。残された他の令嬢達も慌てて追いかけて行く。

 そんな令嬢達を横目で見やり、フンと馬鹿にしたように鼻で笑ったレオナルドが再びこちらに向き直ってくる。向き直らなくていいのに。そのまま寝違えてしまえば良かったのに。


「本当に、すまなかった。今のことだけじゃない。昨日のことも……パーティ前の数週間、姿を見せなかったことも。寂しい思いをさせたな」

「え?」


 そして、無駄に悲痛な表情で頭を下げてきた。しかも今何かとても聞き捨てならないことを言った気がする。

 姿を見せなくてすまない?パーティ前の数週間?寂しい思いを?

 むしろ快適でしかなかったのだが。


「俺なりの考えがあってな。パーティ前にお前に逢うわけにはいかなかったんだ。お前からしたら、わけがわからなかっただろう。不安にさせて……すまない」


 目が点になるとは、まさにこのことである。


「ただ、そのちょっとした作戦も、結局は卑怯者の横槍のせいで失敗に終わってしまったんだがな」


 チラリとリオルを横目で見ながら、意味深に口角を上げるレオナルド。卑怯な横槍……レオナルドがダンスの誘いの為に置いた青薔薇のコサージュを、急ごしらえの大量のコサージュによって愉快犯の仕業に塗り替えたあのことを言ってるのだろう。真正面にその実行犯がいることにはまるで気づかないらしい。


「その焦りもあって、昨日はお前の様子にも気付かずに強引にことを進めてしまったんだ……鼠に止められる羽目になるまで、な」


 さっきからこのウザいことこの上ない悲痛な顔はどうにかならないのだろうか。加害者に被害者面されても腹が立つだけである。


「とはいえ、俺にも非はある」


 むしろこいつにしか非がない。


「だから……黒鼠。今までの無礼は、アレでチャラにしてやる。だが」


 髪をかき上げ、一段と声を低くしたレオナルドが射抜くようにリオルを見る。

 格好いいとでも思ってるのか。重ねて言うがレオナルドの言う『卑怯な横槍』の実行犯はほぼシャリーナであるのに、その犯人を目の前にして参謀に『犯人はお見通しだぞ』アピールをされてもギャグでしかない。


「……次は無いぞ」


 お前が無いわ。

 念じるだけで相手の頭に声が響いたらいいのに。そうしたら誰が言ったかわからないのに。どうしてそういう魔法はいまだないのかと、シャリーナが口惜しさで唇を噛んだ。


「フッ。そう拗ねるな、猫」


 殺意も加わった。


「さてと……気を取り直して、昼食をとることにしよう。おい、黒鼠。いつまでそこにいる。図に乗るな、同席を許可した覚えは無い」


 これの息の根を止められるのなら、今なら悪魔にも魂を売れそうである。


「さあ、楽しいピクニックといこうか」

「……いいえ」

「なに?」


 今までは、今までだったら。この無自覚に王族の権力を振りかざす勘違い野郎に、真正面から対抗する術はなかった。相当な理由でもなければ、自国の第一王子のアプローチを断ることなどできない。出会ったばかりの頃、考え無しに馬車で送るとの誘いを断わろうとした時よりも状況はずっと悪くなってしまっているのだ。

 だが。


「どうした?猫よ。まだ拗ねているのか?」

「いいえ」


 今のシャリーナには、その“相当な理由“があるのだ。昨晩手に入れたばかりの最強の切り札。リオルを排除されそうになった今、使わないでいつ使う。


「ロザリンヌ様の仰る通りです。こんな、素人が作った得体の知れないサンドイッチ。殿下の口に入れるわけにはいきません」

「フッ……そんなこと。俺が構わないと言っている」

「それだけではありません!」


 もう何度も『フッ……』と零される含み笑いに、思わず振り上げそうになる両手を痛い程握り締めて何とか耐える。


「ロザリンヌ・アーリアローゼ様。ヴァイオレット・ロドリゲス様。カーミラ・ギアリー様。イメルダ・キャンベル様。高貴な婚約者の方々を差し置いて、単なる田舎の伯爵家の私が殿下に近づくわけにはいかないのです」

「婚約者ではない、ただの候補だ。周りが勝手に決めただけの、忌々しい、妃の座に目が眩んだ馬鹿女共……」

「先日!ロザリンヌ・アーリアローゼ様から直々に忠告を頂きました。それを無視して殿下とお近づきになろうなど、恥知らずなことは出来ません!」

「何……だと?」


 最強の切り札、身代わりの術。一国の王子の誘いを断る責任を、全て言い出しっぺのロザリンヌに被せる技である。


「あの女に言われたのか。俺に近づくなと?」

「はい。ですので、席を外すべきは私でございます。どうか殿下、このままお暇する無礼をお許しください」

「ほう……」


 全く心のこもってない淑女の礼をして、シャリーナは二歩三歩後ずさった。あともう数歩下がったら全力バック走をしようかと。


「私も下がります、殿下。先日の無礼を不問にしていただきありがとうございました。彼女は私が責任を持って教室まで送りますので」


 その時。きっちりと礼をして、リオルがさっとシャリーナの方を見た。その目が『ダッシュは止めろダッシュは!』と言っている気がして、少しずつスピードを上げていた足を止める。

 

「……どうやら、ゆっくりピクニックをしている暇は無いようだな」


 もし腕を掴んでくるなどして強引に引き止められたら逃げ切れないかもしれないと危惧していたところ。予想に反してレオナルドはただ口元に手を当て考え込むだけだった。


「今ここで俺が『そんなこと気にするな』と言っても、お前の不安は無くならないだろう」


 不意に顔を上げ、何かを悟ったように胸に手を当てるレオナルド。


「周りが勝手に決めたとはいえ。侯爵家以上の、身分だけは上等な婚約者候補を持つ俺の言葉では……な」


 本当に、身分だけしか取り柄が無いが……と苦笑しながら肩を竦めている。残念ながらブーメランがぐっさり刺さっていることには気づいていないようだ。


「急用ができた。ピクニックは一旦お預けだ、じゃあな」


 くるりとシャリーナ達に背を向け、レオナルドが足早に去って行く。しかし暫く進んだところでピタリと足を止めた。


「……お前を俺のものにする、と言っただろう。俺はそれを撤回する気は無い。信じて待っていろ」


 振り返りはしない。ひらりと片手だけを上げ、最後に「いい仔で……な」とだけ呟いて。レオナルド・ランドール・ユリシア・エルガシアは、校舎の角を曲がり姿を消した。


 ちなみに。シャリーナ達はレオナルドが背を向けた途端辛うじて走ってない程度の、徒歩と言うにはギリギリオーバーな速さで反対側の校舎の角に向かって歩いており、幸いなことにレオナルドの嘔吐待った無しの言葉は全く聞こえていなかった。






「もういっそのこと不敬罪覚悟で一回くらい飛び蹴りしちゃってもいいんじゃないかしら……」

「それで飛ぶのは足じゃなくて君の首だぞ!?絶対にやめろよ!?」


 残り少なくなってしまった昼休み。裏庭ではなく中庭の、いくつかあるテーブルのうち一番隅にあるものに腰掛けて。シャリーナとリオルは急いで揚げチキンサンドを頬張っていた。


「他に好きな人がいますって、どうしてたったそれだけのこと、言ってはいけないのでしょうか」


 もう時間も時間なので周りに生徒はいないとはいえ。念のため小さく押さえた声でシャリーナが愚痴を零した。


「あの王子がもっと物分かりが良ければな」


 実際、いくら一国の王子だからって、この世のどんな女も好きにできるわけではないのだ。

 いや、やろうと思えば既婚者だろうが幼女だろうが無理矢理後宮に召し上げることは確かに可能であり、歴代の王の中で酒池肉林に溺れそんなことをやらかした王はいる。エルガシア国第十九代目国王ドミンゴのことだ。歴史の授業で必ず習う。しかしそれは『王弟を中心にクーデターを起こされ、断頭台に送られた王』という、完全に悪い見本としてである。


「このまま勘違いされるより、多少罰を受けたっていっそばっさり振ってしまった方が……!」

「それで、次期国王である王子に恥をかかせたとして、君の家がどうなってもいいのか」

「っ!」


 びくりと身体を震わせ、シャリーナは涙目で俯いた。軽率な発言をしてしまった自分が恥ずかしく、「よくないです」と力無く答える。


「……君は悪くない。君を責めたいわけじゃないんだ。けど、あの王子の性分をよく考えた方がいい。王家に次ぐ権力のあるアーリアローゼ家の、何の非もなかった婚約者候補にさえあんなに酷い態度を取る奴だぞ。あの二人が不仲であることが貴族社会中に知れ渡るくらいのことを、平気でやってのける男だ」

「……はい」

「それでも公爵家だから、婚約者候補だから、この程度で済んでいるんだ。でも、もし君が」


 リオルの言うことはよく分かる。

 あの物分かりの悪い、嫌いな人物に対してはあからさまに態度に出す王子。先日のパーティでも、大勢の生徒の前で挨拶を無視し、ロザリンヌに大恥をかかせて飄々としていた。

 

「可愛さ余って憎さ百倍、なんてことになったら」


 それでもロザリンヌは国有数の公爵家だから。王子の最有力婚約者候補だから周りも表立って馬鹿にはしない。どの家も付き合いを控えたりなどしない。

 でも、これがただの田舎寄りの伯爵令嬢だったら?次期国王に目の敵にされている娘がいる伯爵家に、誰が好き好んで近づこうと思うだろうか。


「……けど。王子だからって、いや、王子だからこそ。結婚相手は王子の一存で決められない。アレがいくら嫌がろうと、国王と公爵家で決めた婚約内定は覆せない」


 俯くシャリーナを慰めるように、リオルがポン、とシャリーナの頭に手を置いた。先程レオナルドにされた時は吐きそうだったそれが、リオルならこんなにも心地よい。


「このまま躱し続けて、アレとアーリアローゼ様の……ローズ・ガーデンの誰かとの結婚が決まれば、逃げ切れるはずだ。もし諦め悪くアレが君を側室にしようと目論んだとして、今度は正妃の許可が必要になる。そう簡単には認められないだろう」

「リオル……」


 もう何度も、この手に助けられてきた。リオルが言うならきっと大丈夫。あんな身分だけの勘違い野郎など怖くない。


「はい、逃げましょうリオル、二人で世界の果てまでだって!」

「いや駆け落ちみたいに言うな!」


 すっかり元気になったシャリーナが、いつもの調子を取り戻して満面の笑顔を作った。




「ただ……今回切り札を使ったのはいいけど、その時のアレの反応がちょっと気になるんだよな……」

「え?気持ち悪過ぎてですか?」

「それはいつものことだろ」

「そうですね」


 中庭から教室まで戻る途中。何か考え込みながら言うリオルに、『考え事をするリオルってなんて格好良いのだろう、このまま彫刻にできるわ』と考えながらシャリーナが相槌を打つ。


「何かとんでもないことをしでかさなきゃいいけど」

「それもいつものことですが……」

「まあそうだな」


 それからすぐシャリーナの魔道師科の教室の前に着き、リオルがひらりと片手を上げて「それじゃ、また放課後」と去って行く。

 去り際の姿さえ格好良いなんてと、その後ろ姿が完全に見えなくなるまで見送って。


「ちょっとシャリー!どこ行ってたの!」


 シャリーナが後ろ髪を引かれつつ教室に足を踏み入れると。


「もう、後で詳しく教えてって言ったじゃん!」


 燃え盛る真っ赤な赤毛を靡かせ、親友アンジェリカが間髪入れず駆け寄って来た。


「あっ」

「あっじゃないよもう、放課後は絶対逃がさないからね!」


 忘れていた。半ば一方的ではあるが、今朝交わしたこの夢見る少女との約束を。


『実際のところどうなの?後で私にだけ詳しく教えて!誰にも言わないから!』


 目を輝かせ、素敵な王子様との恋物語を期待しているアンジェリカ・カークライト、シャリーナにとって一番の親友。

 正直に話して彼女の夢を壊すか。嘘をついてでも夢を守ってやるか。それが問題である。


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― 新着の感想 ―
読み返してて思ったけど。『機嫌を損ねたら何をされるかわからない』ってのが手を縛るなぁ…… バカの方はそんな事自覚してないんだろうけど。
[気になる点] リオルがいるのに、完全に無視されている件について。 もう、涙がでちゃう(´・c_・`) 早く気がついて・・・
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