10話 ローズ・ガーデン参上
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「昨日言った筋書きは覚えているか?」
「はい、勿論!……殿下は突然倒れた生徒を心配して休憩室に運ぼうとしてくださっただけです。殿下は私の名前だって知りませんし、訊かれもしませんでした。殿下が帰られた後すぐにロザリンヌ様がいらっしゃって、殿下を追って行かれたようです。殿下もロザリンヌ様も会場に戻られなかったのなら、おそらくお二人で過ごされてたのかと……」
「合格」
パーティの次の日の朝。いつものように早朝に寮を出てリオルと合流したシャリーナは、誰もいない校舎への道のりを昨日決めた台詞の練習をしながら歩いていた。
「少しくらい残念そうにして言うんだぞ。淡々としてたら説得力ないからな」
「はい、頭の中であの暴力男がリオルを吹き飛ばしやがった時のことを考えながら言います。あの時のことを考えると何もできなかった自分が情け無く悔しさで手が震え」
「そんな渾身の演技にはしなくていいから。逆にガチで王子狙いだと思われるから」
あれ程の騒ぎになってしまったのだ。いくらシャリーナが会場の端にいたとはいえ、誰にも分からないことはないだろう。パーティの参加者には既に知れ渡っているだろうし、それ以外の人達にも噂はすぐに広まるはずだ。尾ひれはひれがついてロザリンヌからされたように『レオナルド王子とあの伯爵令嬢は恋仲である』と皆から誤解されては目も当てられない。
「中には喧嘩腰で突っかかってくる奴もいるだろうから、気をつけろよ」
「どんな子が来ようとあのレオナルシストよりはマシです」
「それもそうだけど」
二人の中では最低評価が行き過ぎて地面を突き抜けてるナルシスト野郎だが、他の女子生徒からは雲を突き抜ける程最高評価の文字通り王子様なのだ。忘れそうになるが忘れてはいけない。
眉目秀麗、文武両道、いつもクールで完璧な王子様、女に興味がなくて婚約者候補達とも不仲だけど、そんなストイックなところも格好いいし未だに婚約者が確定してないならまだチャンスがあるかも!と夢見るように語っていた赤毛の親友を思い出す。何度両頬を引っ叩いて目を覚まさせてやりたいと思ったことか。その度にまあ恋敵になられるよりマシかと思い直してきたが。
「見ててくださいリオル、今日のお昼までには『レオナルド王子とあの伯爵令嬢は恋仲でも何でもなく赤の他人で、とある男爵家三男の理知的な瞳と夜の闇のような漆黒の髪、海のように深い知識と優しさを持った世界一格好いい人とこそいい仲である』と噂を塗り替えて見せます!」
「趣旨を変えるな趣旨を!」
そうこうしているうちに校舎前に着いた。
メラメラと胸に大志を抱き、シャリーナは軽やかに教室へと向かったのだった。
「そんな、殿下は突然倒れた生徒を心配して休憩室に運ぼうとしてくださっただけです。殿下は私の名前だって知りませんし、訊かれもしませんでした。それに殿下が帰られた後すぐにロザリンヌ様がいらっしゃって、殿下を追って行かれたようでしたし……殿下もロザリンヌ様も会場に戻られなかったのなら、おそらくお二人で過ごされてたのかと……」
朝の教室で覚悟して待ち構えていたシャリーナは、遅れて登校してきた女子生徒数人に早速取り囲まれ、全くもって予想通りの尋問を受けていた。
『貴女、昨日のアレはどういうこと?』
『あれからずっと殿下が戻って来なかったのよ!』
『貴女殿下と知り合いだったっていうの?どういう関係?まさか……!』
というような。
「え?ロザリンヌ様が?」
「でも不仲だって噂では」
「けど実際お二人共会場に戻って来られなかったのだから……」
「酷いですわ!いくら婚約者候補だからって、殿下が新入生歓迎パーティに出るのを邪魔するなんてっ」
用意していた通りの台詞を言えば、途端に嫉妬の矛先がロザリンヌに向かったらしく、シャリーナに向けられた矛は降ろされた。ロザリンヌには申し訳ないが、これでシャリーナとレオナルドが恋仲だと噂が広がる方が婚約者候補として本意ではないだろう。
「こうしちゃいられないわ、皆にも知らせなきゃ!」
「うう、ロザリンヌ様だったら敵わないじゃない……っ」
最早用済みとばかりに、来た時と同じくらい素早く少女達が散っていく。
「それに私にはもう、リオル・グレンという誰よりも強く優しく賢く世界一格好いい心に決めた方が……あら?」
というわけでここからが本題だとばかりにシャリーナが語ろうとした時には、彼女達の姿はもうなかった。
「シャリー!今階段で他クラスの子や上級生までここから出て来るの見たけど大丈夫!?昨日のことで何か言われた!?」
「あ、アンジェ。おはよう」
それから入れ違いのように、息を切らせたアンジェリカが教室に飛び込んで来た。どうやら先程の子達とすれ違ったらしい。
「あの人達、昨日のパーティでも騒いでたんだよ。みっともないったら!そんなことして殿下の耳に入ったら悪印象しかないのにねぇ!?」
あれだけレオナルドがパーティに来ることを楽しみにしていたのに、アンジェリカは先程の女子生徒達のようにシャリーナを責める気は全くないらしい。
「大丈夫よ、アンジェ」
そのことに嬉しくなりながら、シャリーナは親友を安心させるため朗らかに微笑んだ。
「本当に大丈夫?あいつら以外の人からも何か言われたりしてない?」
「今のところあの人達以外は来てないわ。ちょっと影で悪口は言われてる感じはあるけど、面と向かっては言われてないし」
「うわ〜そんなことして自分の品位を下げるだけってわからないのかな!ラブロマンス小説の小物の悪役みたい!」
途端、これ見よがしに扇子で口を隠し、シャリーナを見ながら「身の程知らずの……」「伯爵家とはいえ田舎者でしょう?」「ああ、だからこちらの常識を知らないのね」と小声で言い合っていた者達のクスクス笑いがぴたりと止んだ。
「ありがとうアンジェ」
「当たり前のことを言っただけだよ」
王族は別格として、貴族ピラミッド的には伯爵家であるクレイディア家は真ん中に位置する。ピラミッドは上に向かう程小さくなるので、面と向かってシャリーナに文句を言える者はそこまで多くない。先程文句をつけてきた女子生徒達は皆伯爵以上の家の出だった。
ただしクレイディア領はどちらかと言うと田舎寄りにあり、鉱山や港など金の成る木があるというわけでもない。なのでたとえ身分は下でも都会寄りの領地を持っていたり、上位貴族顔負けの財力があったりする家の者は、影でコソコソ悪口を言うことくらいは平然とやったりするのだ。
貴族の権力関係はとてもややこしいのである。
「……でも、実際のところどうなの?後で私にだけ詳しく教えて!誰にも言わないから!」
しみじみと変わらぬ友情に感謝していたシャリーナだったが、さっと耳打ちされた台詞に思わず苦笑いする。見ればアンジェリカはラブロマンス物の演劇を観に行く時のように目をキラキラと輝かせていた。
この夢見がちな赤毛の親友は、幼い頃からお姫様と王子様の出てくる話に目がないのである。
「三角関係?あのリオル・グレンと殿下で?でもシャリーはリオル・グレンが好きなんだよねっまさかの殿下が不利!?」
もし本当のことを言ったら。この夢見る少女の夢を壊してしまうのだなあと、シャリーナは少し申し訳ない気持ちになった。
「すみませんリオル、私とアレが恋仲だという吐き気がするような噂は止められましたが、世界一格好良くて素敵な男爵家三男の方の話は誰も聞いてくれませんでした……」
「そんな架空の人物の話は広めなくていいから」
その日の昼休み。
当初の目的の半分しか果たせず、シャリーナはしょんぼりとしながら待ち合わせ場所である裏庭に向かっていた。
「架空なんかじゃありません!実在する人物です!」
「偶に本当に君は俺には見えない世界が見えてるんじゃないかと思うよ」
ちょうどリオルも同じくらいに教室を出たらしく、校舎の角で鉢合わせし一緒に向かっている。
「ところで今日のサンドイッチは趣向を変えて鶏肉を油で揚げたものを挟んでまして、タルタルソースかハニーマスタードソースかブラックペッパーのお好きなものを」
「へぇ。美味そうだな」
歩きながらバスケットを開け、力作であるそれをリオルに見せる。
「はい!我が領で取れた鶏肉を冷凍して高速で運んでもらいました!ウチで飼育してるギガントイーグル便であっという間に」
「鳥に鶏肉を運ばせたのか……ん?ギガントイーグル?飼育?」
毎日ハンバーグサンドでは飽きが来ると思い、シェフに相談したところ、挟む肉の種類を変えたらいいとアドバイスをもらったのだ。
「ああ、言ってませんでしたっけ?我が家は伝書鳩ならぬ伝書ギガントイーグルを採用してまして、このように大きな荷物でも冷凍のものでも簡単に届けられるのです」
「最初に実家からハンバーグのタネを送ってもらったって君から聞いた時に抱いてた疑問がたった今解けた」
よく腐らなかったなって思ってたんだ、とリオルが感心したように呟く。
「それにしてもブラッドカラスやキングフクロウなら聞いたことあるが、ギガントイーグルを手懐けてるなんて凄いな。その気になれば大の男の一人や二人、楽々捕まえて運べるくらいの魔物だぞ?どうやって躾けたんだ?」
基本人を襲うことはないが人に従うこともないギガントイーグル。これを伝書鳩代わりに採用しているのはおそらくクレイディア家ぐらいだろう。
「我が家の調教師のアポロンが動物も魔物も手懐ける天才でして、お父様が言うには面接の時に我が家の番犬を全て従えて現れて一発合格にしたと」
「また出たよ大層な名前のクレイディア家使用人。いや下手すりゃ一発退場だからなそれ!?」
「えっ何故?」
「いや……自分ちの番犬だろ、それをまだ部外者の奴に簡単に従えられたら貴族の面子丸潰れじゃないか……」
人肉食以外の魔物なら大抵は手懐けられる、クレイディア家自慢の調教師であるアポロン。
クレイディア家に来るまで、何故かどこの家からも一発退場をくらったと愚痴るアポロンを、皆で不思議に思いながら慰めたものだ。その理由がまさか今更判明するとは。
「あ、ギガントイーグルはその当時から手懐けてたらしく、退場時はかの鳥が運ぶゴンドラに乗って帰って行ったらしいです」
「確かに大の男一人や二人楽々運べる鳥だって俺もさっき言ったけども……!」
「というか今も遠出する時の交通手段として使ってまして、私も偶に乗せてもらったことが」
そう話してるうちに裏庭の大きな木の下まで来た。腰掛けるのにちょうどよく盛り上がった木の根の土を払い、二人で並んで腰掛けようとしたところで。
「え?」
すっと目の前に黒い影が差した。太い木の幹に浮かび上がる長い髪の女の影。それも一つ二つではなく、地面に映ったものも合わせれば全部で四人分。
「……どうやら、私の忠告を聞く気は無いようですわね」
続いてつい昨日散々聞いたばかりの冷たく鋭い声。
「……ロザリンヌ様……」
どうしてこんなところにと口の中だけで呟いて、バスケットを抱えたままシャリーナが驚いて振り返る。
ロザリンヌ・アーリアローゼ。この国の第一王子の婚約者筆頭が、今度は他の候補者達も引き連れ、またもや目の前に立ちはだかっていた。
「彼女に何かご用でしょうか、ローズ・ガーデンの皆様」
すかさずリオルも姿勢を正して応対する。いつから背後にいたのだろうか、二人共声をかけられるまで気づけなかった。全員隠密の素養があるのかもしれない。まさか妃教育に気配の消し方も含まれてるとか。
「相応の覚悟が無いのなら、金輪際殿下に近づかないよう言ったはずですわ。もう忘れたとは言わせませんわよ」
「はい?」
「え?」
思わず二人揃って目を瞬かせる。『殿下に近づかないよう言ったはずですわ』とか言われても、今日はまだアレに出くわしてはいない。
「この場所で殿下と待ち合わせしているのでしょう?貴女のことはうちの者に調べさせているのです。このくらい私が知らないとでも?」
初耳ですけどとシャリーナが言いかけるも、思いっきり被せてロザリンヌが言い募る。
「手作りクッキー、手作りサンドイッチ。一流シェフの料理に慣れた殿下にはさぞ物珍しく映ったことでしょう。ですが貴女は、根本的なことがわかっていない」
キッとバスケットを睨みつけ、演説を続けるロザリンヌ。会話をする時は相手の返事を待つべきという根本的なことがわかってない。
「何故殿下に何人もの一流のシェフがついていると思いますか?何故私達が貴女と同じことをしないと思いますか?貴族令嬢に料理の腕は不要である、との考えだけではありません」
後ろの三人も同じくこちらを睨みつけている。ロザリンヌワンマンリサイタルのせいで彼女達は一言も発せてないが。
「いくら手作りお菓子が、手料理が、世の男性の間で持て囃されていようとも!」
何ということだ。昨日のテラスと違い今は昼間の裏庭であり月も星も見えない。これでは星座を探して暇を潰すこともできない。
「殿下の口に入るものに、万が一のことがあってはならないのです。素人の手作りなど以ての外。私達は自身をアピールすることより何より、殿下の御身を優先せねばならないのですわ!」
棒立ちのまま死ぬ程興味のない演説を聞かされるなどただの苦行である。相変わらず口を挟む隙を与えてくれない。
実はさっきからずっと「いえ、誤解です」「そんなつもりは」「よっ!立て板に水!」などと言い返してみてるのだが、ことごとく被せられる。ちなみに三言目でリオルに「正気か?」という顔で腕を掴まれた。デジャブである。
「私の義弟であり従者であるエドワードが止めてくれましたが、殿下はやはりこちらに来ようとしていたご様子。貴女の手作りサンドイッチを食べるために」
何を言っても跳ね返される。仕方ないので俯くフリをして足元のクローバーを数えることにする。一ニ三四五六七八。隣り合った葉が重なっていて案外数え辛く、やり甲斐がある。
「殿下のことを真に想うのであれば、万が一にも殿下の身を危険に晒す行為はおやめくださいませ!」
あ、四つ葉だ。
「万が一殿下が食中毒になってしまったら、貴女は責任を取れるのですか!」
ロザリンヌが拳を振り上げ、髪を靡かせ、演説も佳境に入った頃。その他バックコーラス隊が一つの仕事もできずに終わりそうな頃。シャリーナの四つ葉探しも佳境に入った頃。ちなみに三つ見つけた。
「……そこまでだ」
ザッ……と雑草を踏み抜く足音と共に、シャリーナが見つめていた地面に新しい影が伸びた。
「殿、下……」
とどまるところを知らなかったロザリンヌの演説が初めて途切れる。
四つ葉探しを中断しシャリーナが顔を上げたその先には。
「待たせたな、俺の猫」
全く持ってお呼びでない全ての元凶である男が、飛び蹴りしたいくらい腹の立つドヤ顔で立っていた。




