【83】3月14日+③
賑やかな声が、外まで聞こえてくる。
姫野家は、今日も元気です!と、ご近所に報告してるようで…。
ちょっと、恥ずかしかったりする。
だって、いつの間にかすっかり心は、ココの住人と化しているのだから。
「ただいま」
とマコトの後に付いて、私も同じように「ただいま」と言って姫野家の玄関をくぐる。
「お、帰ったか!」
「お帰りなさい」
「おかえり~!」
三人三様の言葉が返ってくる。
珍しく、今日は3人ともお仕事は休み?と、いぶかしむ。
「千星子が来ると分かっとる のに、仕事になど行っとられん!」
なに?その理由は!
仕事を休む理由に、私を使わないで!
メラっと、怒りの火が付く前に大河さんは――。
「明日明後日は、休み返上で、仕事に行くからの~」
次に、マサミチさん。
「明日から、本気で売り上げ記録更新目指しますから」
そして、最後にマサトモさん。
「バイト、頑張るよ!あ、勿論勉強も!学生だからね」
調子の良い言い訳に、ジロリと腕を組んで睨み付ける。
「ハイハイ、そこまで!姉さんも大河さん達をイジメない!」
まるで子供同士の喧嘩を、軽い感じで仲裁に出て来たのは光星。
菜ばしを持って、紺色のエプロン姿。
そして、左手の手のひらを差し出す。それは“ちょうだい”のポーズ。
「最後の1個。残ってるはずだけど」
「?」
「ホワイトチョコレート」
「!」
チョコの数は、光星が言った数だけ作った。
“これだけ、作ればちょうど足りるから”と、言われその通りに作った。
最後の1個――確かに、一個だけ残ってるけど…。
紙袋から、取り出して光星に渡す。
「食べたかったの?」
だったら、素直に言えば手伝ってくれた事もあるし、あげるのに…。
「まさか、今夜はコレを賭けて遊ぶんだから」
「………」
光星の目が、キラリと光る。
勿論、大河さん達の目も光る。
勝敗はもう目に見えてるのに、姫野家の誰もが奇跡の一勝が手に入ると思い込んでいる。
「光星先輩の、全戦全勝で終わるのに」
マコトはボソっと呟いた。
私も心の中で、同意する。
「そんなに欲しいなら、作ってあげてもいいけど」
今度は、私が呟く。
「光星先輩に勝つなんて、無謀過ぎです」
“無謀過ぎ”
ちょっぴり大河さん達を可哀想だなって、思ってしまった……。
食後、姫野親子3人と光星のゲーム バトルが始まった。
もうここまで来たら、カードゲームやボードゲーム。
テレビゲームや携帯ゲームまで持ち出して、とことん今夜は勝負するらしい。
着替えは、先月持って来たものをそのまま置いてあったので、お風呂から上ってそれに着替える。
濡れた髪をタオルで乾かしながら、廊下を歩いていると「千星子、こっち、こっち」と、大河さんの手が私を招いている。
「どうしたの?大河さん」
招かれた先は台所。
椅子に座らされ「コレ、千星子に」と言って、手渡された綺麗に包装された四角いもの。
B5ノート?10冊セットとか?
「開けていいの?」
大河さ んが、急須にお湯を注いでお茶を淹れてくれる。
色違いでお揃いの湯飲みが目の前に置きながら「気に入ってくれるかの~」と、向かい合う形で大河さんは椅子に座る。
「――手袋?」
オレンジ色の温かそうな手袋。
小さなリボンが手の甲に付いていて、可愛い。
「大河さん、これ?」
「千星子の手袋。鍋掴みを間違えて、使ってしまったからの」
「あ!あれは――」
「同じようなものを探していたんじゃが、なかなか無くての」
「………」
「すまなかったの。知らなかったとは言え…」
「ううん。オレンジ色も可愛い。来年、使うよ」
「ありがとう」と 言うと、大河さんはガハハっと豪快に大きな声で笑う。
「それはそうと、千星子。マコと付き合う事にしたのか?」
「っ!!!!」
今度はなに?いきなり、付き合うとかって訊かないでよ!
心臓に悪い!!
「長かった片思いも、これで終わったんじゃな」
「長かった?……片思い?」
大河さんの話は、とても簡潔で短かった。
マコトが、ある日を境に突然変わった。
いじめられても、精神的に強くなったのは5年生のあの日から。
小学校を卒業前に校区変更を知り、行くはずだった中学校が変わって落ち込んだ事。
中学3年になって、偏差値の高い高校を受験すると言 い、周りを驚かせた事。
そして、ギリギリだったとしても志望校に合格した時は、飛び跳ねて喜んでいた事。
「もう一度、会いたかったんじゃろうな――千星子に」
「………」
しんみり話していた大河さんは、ニヤリと表情は急変させ、ガハハと豪快に笑う。
「千星子のおかげで、ちっともせんかった勉強もするようになったしのう」
「………」
「しかも、千星子は強くて美人じゃし、光星も美人で料理上手じゃし」
「……っ」
「一度に可愛くて美人な2人と知り合えて…、ワシとも付き合わんかの?」
「――っ!!」
ダダダっと掛けて来る足音 が、台所で止まる。
「コラっ!!!オヤジ!!!!千星先輩に、ちょっかい出すなー!!!!!」
(ひぃーーーっ!!)
完全に風呂上り。
柔らかな色素の薄い髪は、濡れて滴がキラリと光っている。
頬は、十分温まってきたのか、ほんのりとピンク色。
下はトレーニングパンツを履いているけど、上半身はヌード。
これが、妙に色っぽくて、目のやり場に困る。
「あ、大河さん。ここに居たんだ」
光星が、空の湯飲みを持ってやって来た。
湯飲みをテーブルの上に置くと、マコトの首に掛かってあったタオルを取り、濡れた頭に乗せゴシゴシとマコトの髪 を拭きながら大河さんに話しかける光星。
「将棋しようよ、大河さん」
「…光星は、強すぎじゃ!」
そう言って大河さんは、口を尖らせ、拗ねた口調。プイっとそっぽ向く。
「う~ん、手加減するよ」
「勝たせてくれるかの?」
「仕方ないな~。いいよ」
大河さんと喋ってる間、ずっとマコトの髪を拭いていたタオルを私に渡してくる。
「は?」
「姉さんも、拭いてあげなよ」
光星と大河さんは、台所を後にして、残された私とマコト。
「千星先輩、お願いします」
マコトは、私が拭き易いように、頭を少し下げていくる。
「光星に拭いてもらったんだから、もういいんじゃない?」
丁寧に、しかも優しく拭いて貰っていたんだから、別に私まで拭く必要は無いでしょう。
「それより、先に服を着なさいよ」
誰かさんに倣って、口を尖らせて、プイっとそっぽ向く。
別に拗ねている訳じゃないと、自分自身に言い聞かせながら――。
洗面台の鏡の前。
マコトを椅子に座らせて、ドライヤーを片手に、手ぐしで湿った髪を乾かす。
茶色の柔らかな髪は、思っていたより早く乾いていく。
「マコトは、どこのトリートメント、使 ってるの?」
指と指の間をすり抜けていく髪を見ながら、尋ねてしまうほど綺麗で手触りの良い髪。
「?――トリートメントって、何ですか?」
「………」
姫野家のお風呂場を、思い出す。
シャンプーは有った。コンディショナーも有った。
ボディソープだって、有った。
でも、よく考えてみれば、それら達は自宅で使っている物と同じで……。
「もしかして、私たち(光星も含む)専用?」
呟いた言葉に、マコトはが言う。
「オレ、そういうのって面倒だから、石鹸で全身洗ってますけど……」
「っ!」
石鹸で髪の毛を洗って、この手触り。
しかも、グリーン系の爽やかな匂い。
羨まし過ぎる!!!!
「千星、せんぱい、の方が、いつも、フルーツっ、ぽい、匂いで、いい、かおり……」
「っ!!!」
匂いって…、嗅がれてるの!!!!
いつも、どんな匂いかって、クンクンされてるのーーーーっ!!!!!
「……」
「マ、マコト?」
かくっ、かくっと、首が前に横に動く。
そう言えば、さっきの話し方、舌足らずで上手く話せてなかったような…。
「マコト?もしかして、眠い?」
「ん~、千星せんぱ、い、の、手、気持ちいい、から…」
(わ、わ、私の手が気持ちいいってーーーーっ!!!!!)
一人であわあわしてると、すーすーっと聞こえてくる寝息。
マコトの顔を覗き込むと、完全に瞼を閉じて船を漕いでいる。
「ここで、寝ないでよ。さっ!立って!!」
「ん~、せんぱい、いっしょに、ねよう…」
「いいよ」
…え?
今、「いいよ」って、言った?
わ、私?
ううん、私じゃない!
でも…、確かに。
「いいよ、一緒に寝よっか」
えぇ?!
また!
もしかして、私の心の中の気持ちがダダ漏れ?
「――って、言 おうとしてたでしょう?姉さん」
「ひっ?!!!!!!!」
恐る恐る振り返ると、そこには腕を組んで壁に背を預けている、我が弟。
にっこり笑ってるけど、まさか、ちょっと怒ってる?
「最近、少し目を離すとコレなんだから」
目を離すとコレ?って…――“コレ”って、何なのよ?
「わ、私は、そ、そんな事、思ってないってば!」
私の否定を完全無視して、マコトを運んで行く光星。
「ちょ、ちょっと、光星、待ちなさい!!」
「姉さん、マコト重い。そっち持って」
かなり納得いかないけど、 すかさず光星の反対に回ってマコトを支える。
こんな雑に運ばれているのに、起きる気配が全く無いほど爆睡のマコト。
部屋まで運んで、掛け布団をそっと掛けてあげる。
「さて、俺も寝ようかな」
「え?」
「姉さんも、寝れば?」
「えっ?!」
「狭いけど、くっ付いて寝れば寒くないって」
(そういう問題じゃ…)
部屋の明かりを消した光星が、マコトの左側に横になる。
「俺、ここの家、 落ち着く」
落ち着くって…――姫野家は、賑やか過ぎて騒がしくてうるさいけど。
「うん。私も、ここ、好き」
私もマコトの右側に身を寄せる。
「おやすみ」
「おやすみ」
ここは――まるで、スイートホーム。
それは、3人で過ごす甘い生活。
ずっと、3人でもいいかも。
3人だから、楽しいのかも。
幸せも3倍に、なればいい。
翌朝。
マコトの絶叫で、目が覚めた。
「うわわっ?!何で、光星先輩と千星先輩、オレの横で寝てるんですかーーーっ?!!!」
駆けつけた大河さん達の騒ぐ大声が、頭に響く。
姫野家は、これぐらい朝から賑やかでなくちゃ。
こういう目覚め方も――たまになら、良いかもしれない。
ここで、謎が二つ残った。
「そう言えば、最後のチョコ、結局、誰が食べたの?」
「ああ、あれね。俺が頂きました。ごちそうさまでした」
(……やっぱり)
「でも、何で1個だけ残るって、知っていたの?」
「それは、麻生さんに個数確認して貰ったから」
「はぁ?」
「会員番号4番」
「ひ!」
「ちなみに、俺は5番」
「ひぃぃっ!!!!」
しばらくは、立ち直れそうにないかも……。




