【79】2月14日+④
大河さんが、帰って来た。第一声が――。
「マコ!何じゃ?その顔は!」
少し腫れた左頬に、口元は赤色に変色してる。
「それに、部屋の中でマフラーなんかして」
しかも、マフラーはピンク色の女物(私のもの)。
「また、千星子に殴らたのか?」
――っ!!失礼な!!!!“また”って、どういう意味?
私は一度だって、マコトを殴った事は……、あれ?……でも!顔は殴った事はないはずっ!!!!
「大河さん、ごめんなさい。俺が、勘違いして…」
と、光星が謝ると――。
「どうせ、マコが要らん事したんじゃろ?」
大河さんは、私たちの事を怒ったり問いただしたりせず、「いくら仲良くても、たまには喧嘩も必要じゃ!」と、意味有り気にイシシっと豪快に笑う。
「それより、さっきからマコが、ニヤついててキモ過ぎじゃ」
大河さんが、そう言うのは最もだ。
さっきから、マコトはマフラーに顔を埋め、ぽわ~んとしてる。
幸せ独り占めしてます!って言ってるような感じだ。
「食ってくじゃろ?光星も千星子も」
買って来た食材を冷蔵庫に入れながら、大河さんは「今晩は、何にするかの?」と訊いてくるから――。
「俺が、作るよ」
「私も、手伝う」
双子揃って、声を合わせた。
姫野家の今夜の献立は、ロールキャベツ。
残り物の野菜をごろごろと、一緒に煮込んで完成。
マサミチさんもマサトモさんも帰って来て、やっぱり第一声は――。
「マコト!何が有ったんだ?その顔!」
「マコト!誰に、やられた?その顔!」
本気で心配する態度で、マコトに詰め寄る兄二人に光星が――。
「ごめん。俺が――」
と、言い掛けた所で、すっとマサミチさんとマサモトさんの怒りがあっという間に消えていく。
「まぁ、今日はバレンタインだしな。色々あるのも仕方の無い事だ」
「もしかして、三角関係のもつれ?光星くんもモテるから大変だね」
勝手な想像で、勝手な結論。
いちいち訂正するのも面倒だし、勿論、本当の事も話せないのでそのままスルーしておく。
5人で囲む晩ご飯。
明るくて楽しくて、他愛ない話なのに自然と盛り上がる。
こういう時間は、好き。
光星と二人だけでは、体験出来ない時間だ。
「さて、今年も恒例のヤツ、やるぞ!」
と大河さんが、片付けが終わったテーブルの上に、いくつもの可愛く包装された小箱を出す。
大河さんに倣って、マサミチさんもマサトモさんも同じようにいくつかの箱を出す。
「ワシ、5じゃ!」
「俺は、6個です」
「俺も、6個だよ」
ふ~ん、そういう事。
毎年、貰ったチョコの数を競ってるんだ。
それなら、私も!
「私は、これだけ貰ったよ」
と、チョコが溢れて毀れそうなほどの紙袋を3つ、ちょっと胸を張ってどーんっと置いてみせる。
「千星子~!」
「有り得ない!」
「うわ、完敗~」
ちょっとした優越感。
たかがチョコ、されどチョコ。
女子である私が、女子から貰うってどうなもよ?って、思ったけど。
勝利の気分は、どんな時も最高だ。
こういう勝負があるって知っていたなら、もっと喜んで受け取れば良かったかも。
「マコは、何個じゃ?」
マコトは、光星と私に視線を泳がせ、こう言った。
「今年は、千星先輩から、このマフラーを貰いました!!!!」
「何じゃと?!」
「まさか?!」
「う、うそ?!」
驚く姫野家の3人の男ども以上に、驚いてしまったのは、私。
「な、何、勝手な事、言って!!!そのマフラーは!――噛ん――ううっーーー」
両手で自分の口を自ら押さえて、その先の言葉を発するのを遮る。
だって、噛んだ歯形が消えるまで貸しただけ!って、言えるはずも無い。
(……やられた、マコトに)
大河さんもマサミチさんもマサトモさんも、羨ましそうにマコトを見るな!
そして、物欲しそうな目で私を見るな!
「ちなみに、ココに姉さんが作ったチョコが一つだけ、あるんだけど」
光星がテーブルの上に、すっと差し出したチョコは、ゴミ箱行きになったはずのチョコ。
全員の目が、そのチョコだけに集中する。
ギラギラと獲物を狙う肉食動物の如く、ほんの僅かな動きでさえ見逃さないという感じだ。
「欲しい人は、俺と勝負して勝ったら、あげるよ」
今夜は、徹夜でカードゲーム?
それとも、ボードゲーム?
誰も光星には勝てないと分かってて、挑む根性は賞賛に値する。
そして、明日が土曜日で良かった、と思うのは私だけ?
という事で、今夜は姫野家にお泊り決定。
何となく、こういう流れにも慣れてきてる自分もびっくりだと思う。
「千星先輩、これに着替えて下さい」
「うん、ありがとう」
マコトの着古したジャージを、寝巻き代わりにする。
相変わらず、マコトの首にはピンク色のマフラーが巻かれている。
確かに、ずっと巻いてなさいって言ったけど、タートルネックの服とかに着替えればいいでしょう。
「もしかして、寝る時も外さないの?」
「当然です!千星先輩の匂いがして、良い感じです」
ひっ?!!!!!!
匂いって?匂いって、なにっ!!!!
「バカ!返しなさい!!」
「歯形を見られたくないって言ったのは、先輩です!」
ガシっと掴み掛かる私に、マコトは抵抗を見せる。
「洗濯する!今すぐ洗う~~!!!」
「イヤです!今は俺のものです」
剥ぎ取ろうと手を伸ばしても、上手くかわされる。
「だったら、匂うな!息をするな!!」
「ムリです!匂いも俺のものです!!」
両手首を、きゅっと掴まれたら、攻撃は繰り出せない。
「マコト…」
さすがに私だって、これ以上マコトに怪我させてはいけないと思い、戦う気が無いというのを示す為に、瞳を閉じる。
視界が暗闇に堕ちても、神経が研ぎ澄まされて全てを感じる事が出来る。
あと数ミリで、キス。
――ん!?視線を感じる…。
「俺の事は気にせず、続きしていいから」
光星は、ニコニコして機嫌が良いみたい。
「はい、着替え」
スポーツバッグを渡される。いつ取りに帰ってたんだか。
「…ありがとう」と、一応お礼を言う私に――。
「今日は、ピンクに黒のレースのヤツ、入れといたから」
私にだけ聞こえる声で、我が弟は囁く。
「ひっ!!」
内容が内容だけに、真っ赤になり小さな悲鳴をあげてしまった。
弟と言っても、家族と言っても、あ、あ、姉のぱんつを何だと思ってるんだーーーっ!
「ズルい!」
「は?」
ズルいって、いきなり何なの?マコト。
「俺の前で、姉弟で内緒話はダメです!今後、一切禁止です!」
「――だってさ、姉さん。どうする?」
と、ふっと笑って爽やかに片手を挙げて去っていく。
この状態のままにして行く気?
放ったらかし?
丸投げ?
信じられないーーーーっ!!光星ーーっ!!
「何の話してたか言うまで、離しません!」
「はぁ!?」
離しませんは、とても嬉しいけど。
ぱんつの話なんて、出来る訳ないでしょう!!
マコトって、こんなに諦めが悪くて、聞き分けがなかったっけ?
正直に話す?
誤魔化す?
それとも、黙秘?
今夜の姫野家は、全員徹夜で、翌朝、寝不足決定!
私は、ゆったりとマコトのお古ジャージに身を包んで、心地良い眠りの世界に旅
立つつもりだったのに…。
今夜も、姫野家では各々違った意味で熱い戦いが繰り広げられる事になった――。




