【75】2月13日
その日は、あと1日にと迫っていた。
五十鈴から貰ったレシピ本を手に、何度も試作に試作を重ね……。
やっと完成した手作りチョコは、最高の出来上がりとなった。
(私だって、やれば出来る!!)
誰でも、口にする言葉。今、まさに、私の為に有るようなものだと、勝手に思ってしまう。
ラッピングは光星に手伝ってもらったが、綺麗な淡いブルーのリボンで飾ったチョコをそっと机の上に置き、明日の出番を待つ。
(好き…)
何度も心の中で、眠る夢の中でも、練習してきたたった二つの文字の組み合わせ。
マコトだって、私に何度も言ってるんだから、私に出来ないはずは無い。
(この私に、向かう敵無し)
自分は最強だと、自分自身に呪文をかける。
明日は、決戦だ。
必ず、勝利を挙げてみせる。
「姉さん、そろそろ行くけど」
よし!と気合を入れ、鞄を手に、弟と共に学校へ向かう。
「アレ、明日、渡すんだろう?」
「そ、そうだけど…」
「じゃあ、俺は先に帰ってるから」
「うん、分かった」
私の中では、敗走なんて――全てが、無駄になるなんて思っていなかった。
学校に着くと、流石に明日がバレンタインという事もあり、目には見えなくてもどこか特有の空気を感じてしまう。
そういう私も、その空気を作り出している一人なのだから仕方ない。
「千星さん!!」
教室に入ろうとした所で、つかさにしては、珍しく慌てた様子で私の腕を掴んでくる。
「千星さん!!こちらにいらして!!」
“おはよ”と挨拶する間も与えてくれず、人気の無い廊下へと引っ張られて行く。
「どうかしたの?つかさ」
いつものつかさとは、全く別人だ。
優美でおしとやかな振る舞いを常に身に付けているのに。
「な、何が、有ったの?!」
動揺を隠せず、大きな声で尋ねてしまった。廊下に、私の声だけが響く。
「その様子だと、まだご存知じゃないのね」
「……な、何を?」
つかさが、意を決して話し出す。
「実は、姫野くんの事」
「――マコト?」
「昨日あたりから、既に何個かチョコを貰ってるんですって」
「――っ?!!!」
つかさの言ってる内容が、一瞬分からなかった。
でも最悪な事に、その現場を目の当たりにしてしまった。
3階の窓から見える校舎裏にひと組の影。
どんなに遠くからでも分かる。あれは――マコトだ。
この私が、間違えるなんて有り得ない。
「秋頃から、背もぐんと伸びて、バスケもとても上手じゃない」
「………」
つかさの声は聞こえてるけど、遠くの方から聞こえてる感じがして上手く聞き取れない。
「それに、人当たりも良いし、ちょっとおバカな所も逆に人気を呼ぶらしいわ」
「………」
確かに、おバカで人懐っこい小犬のよう、頭をヨシヨシってしたくなるのは分かる。
――でも…。
頭の中で“何かの間違いだ”と、私が言う。
もう一人の私が“これは現実だ”と、叱責する。
一つの身体の中で、私と私の二人が言い争いをする。
まるで、それは天使と悪魔のように。
家に帰り着いて、独り想う。
今日は、なんて最悪な日なんだろう。
マコトは、今年の絵馬に何て書いた?
――“千星先輩が、オレの事、好きって言ってくれますように”
嘘つき。
少し困った顔して、でも満更でもないっていう風に女の子からチョコを受け取ってた。
やっぱり、一つより二つ。二つより三つって感じで、いくつも欲しいのかな?
もう何個も貰ってるなら、別に、このチョコはもう要らないよね。
ガコンっと乾いた音を立てて、存在意義を失ったチョコをゴミ箱に投げ捨てた。




