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【74】1月25日


冷たい指先に吐く息が、世界を白く染まる。


寒さが一層に身に染みる季節になってきた。


お気に入りのローズピンクのマフラーを首に巻いて――。


小物ぐらい、女の子っぽくしてもいいよね、と思い切って、先日買ったもの。











「おはようございます!千星先輩!光星先輩!」



相変わらず、朝から元気の良い挨拶をするマコトに、私は「…おはよ」と低いテンションで返事をする。



「……どこか、具合悪いんですか?」



そんな私を心配してくれるのは、別に嬉しいけどさ…。



「手袋が見つからなくて、落ち込んでるだけだから」



私の代わりに答えるのは、弟の光星。玄関に鍵をして、きちんと閉まっているか確認した後、私とマコトの方へ向き合う。



「手袋…、ですか…」

「そうなんだ。朝から、見つからないって大騒ぎ」



(何よ!ついこの間、気に入ってセールで買ったばかりヤツだもん!!)



完全に他人事だという口調で話す弟を睨み付けるが、気付いてるくせに知らん顔。



(マフラーとお揃いにしたのに……)



自分の不注意とは言え、失くして落ち込んでいるのに、姉に対してそんな態度とは!!!!



「光星…、今日はピーマンの肉詰め」

「………!」



弟よ、大っ嫌いな、ピーマンをたらふく食べさせてやるっ!!


いくら鈍いマコトでも、微妙な空気を感じたらしく――。



「千星先輩!オ、オレも、一緒に探しますからっ!!ピーマンじゃなくて、…えーっと、きゃ、キャベツ!!ロールキャベツにしませんか?」

「何勝手に、ウチの晩ご飯の献立、替えるのよ」

「オ、オレが好きなんです!なので、ロールキャベツ!!」



(全く…――)



マコトの朝練が無い日は、こんな風に3人で登校するのが、当たり前になっている。











「千星ちゃ~ん、おはよ~ん!」



教室に着くと、五十鈴がパタパタと靴音を鳴らしてやって来た。



「おはよう、五十鈴」



条件反射で、自分の胸に五十鈴をぎゅうっと閉じ込めてしまう。



「ふごふご!ぬ~~っ!!!!」



温かく柔らかな五十鈴。意味不明な言葉を発して、ジタバタしてる。


それすらも、可愛い!



「そろそろ放して差し上げないと、口と鼻を塞いでいるわよ」



振り向くと、完成された微笑を見せた美少女が立っていた。



「つかさ、おはよ。今日も、隙が無く完全だね」

「おはよう。うふふ、私はいかなる時も完璧よ」



ふわりとした髪を揺らし、艶のある唇に笑みをのせる。



「それより、本当にこのままでは五十鈴さん、息が出来てないわよ」



ぱっと、腕の力を緩めると、五十鈴は「ぷは~~~っ」と息を吸って吐いてを繰り返す。



「もうっ!!千星ちゃん!!腕の力強過ぎ~!!!」

「ご、ごめん…。ちょっと力が入りすぎたかな」



頬をぷくっと膨らませて怒った顔をしても、五十鈴は可愛い。


どんな表情をしても可愛いなんて、さすが私の五十鈴だ。



「千星ちゃんの腕、カチカチだよ!」

「………」



いきなり二の腕を掴んで、何を言うかと思えば…。



「五十鈴さん。千星さんは、トレーニングされているのよ」



勝手に、つかさが私の事を答える。


確かに最近の私は、トレーニングと言うより、腕立てしたり腹筋背筋したり軽くストレッチしたりしてる。



「ず、ずるい~~っ!!千星ちゃん、ダイエットしてるんだ~~!!」



私の方から放したのに、今度は五十鈴から腕を背にまわして抱き付いてくる。



「千星ちゃん!!いつの間に!!細くなってる~!!痩せてる~!!私にも、そのトレーニング教えて~~~!!!!!」



“教えて~~~!!!!!”と言われても、体重は変化無し。


むしろ、脂肪減らし筋肉を付けようとしてる訳だから……。



「私も、最近運動不足だから、教えて頂こうかしら?」

「じゃあ、一緒に帰ろう!千星ちゃんもつかさちゃんもウチに来てね!」



と言って、タイミングよくチャイムが鳴り、五十鈴は隣の教室へ駆けて行く。



「久し振りね。放課後3人一緒なんて」

「そうだね」


「そうよ。いつも姫野くんと遊んでばかりで」

「…そ、そうかな?」


「うふふ、千星さん、幸せそうで羨ましいわ」

「え?!」


「だから、少し意地悪しても許してね」

「………」



つかさの意地悪は、真実をピンポイントで突付いてくるようなもの。


本当の事だけに、毎回言い返せない。


しばらく、じっと大人しく耐えるのが一番だと、心に固く誓った――。













久々に、3人で放課後を過ごす。


五十鈴は、家に着くと元気よく「ただいま~!」と入って行く。


その後をつかさと一緒に入って行く。


家の中は温かく「おかえり」という言葉が返ってくる。


五十鈴と同じで、相変わらず心落ち着く空気が漂っている。


つかさに続いて靴を揃えてリビングに向かうと――。



「あら、白澤くんの方が早かったのね」



何の違和感も無く、ごく自然に、さも当たり前のように寛いでいる白澤。



つかさが「お邪魔するわね」と言えば、白澤は「いらっしゃい」と和やかに挨拶をしてる。


白澤の視線が私に移り「千星も、ゆっくりしていってよ」とまるで、この家の住人かっ?!て、突っ込みたくなるような事をさらりと言う。



(あんたは、隣人でしょうがっ!!!)



と言いたくて、喉元まで出かかったのをつかさが止める。



「ささ、千星さん。五十鈴さんの部屋に行きましょう」



背中を押されて、階段に足が向く。



「まるで、火山と同じね」

「………」


「噴火すると迷惑が掛かるでしょう」

「………」


「鎮火する、こちらの身にもなって欲しいわ」

「………」



どうせ、私は年中、怒りのマグマを持つ活火山ですよ。



「でも、そういう感情を素直に出す事が出来る人って嫌いじゃなくてよ」

「………」



私も、こんな私の傍に居てくれるつかさの事、嫌いじゃないから!


何なら、私の貴重なマグマ、少し分けてあげてもいいよ。



「――遠慮しますわ」

「…え?私、何も言ってないけど…」


「だって、見ていれば、分かりますもの」

「………」


「千星さんと二人して、感情に身を任せてしまったら、この世界の全てを焼き尽くしてしまうわ」

「ひっ?!!!!」



つかさなら、やりかねない。


恐ろしい暗黒の世界の女帝になり、世界を統べる違いない。


やはり、ここは私が大人になろう。



「うふ、千星さんって、やっぱり分かり易いわ」

「それって、単純って事?」


「素敵な事だって、言ってるのよ」

「………」



上手くかわされたと思うけど、今さっき“大人になろう”と決めたばかり。


素直に「ありがとう」とお礼を言えば、「だから、千星さんって素敵なのよ」と再度言われてしまった。












五十鈴の部屋で、簡単なストレッチを教えるけど、五十鈴はすぐにバテてしまい、つかさは初めから興味が無いのか、ファッション雑誌をベッドに腰掛けて読んでいる。



「千星ちゃん、凄いね~。毎日、こんな事してるの~?」

「うん、まぁ、お風呂上りにちょこっとしてるだけだけど…」



ふと、つかさの横に数冊積んである雑誌に目が留まり、無意識に手が伸びる。



「あ、ああ~~~!!それは、ダメ~~~~っ!!!」



ぼふっと、ベッドの上にある雑誌にダイビングするように覆い被さして隠す五十鈴。



「これは、今年のチョコのレシピ本なの」

「チョコ?」

「そうだよ~。毎年頑張ってるんだからね~!」



エヘヘヘっと、笑う五十鈴は「今年も、楽しみにしててね~」と気合が入ってる。



「あ、そうか!!千星ちゃんに、コレあげるよ」



五十鈴は腕の中から、1冊抜き出して渡してくれる。



「千星ちゃんも、今年は作るでしょう」

「…誰に?」


「へ?だって、マコトくんにあげないの?」

「………」


「気持ちをちゃんと伝えるのに、いいチャンスだと思うよ」











学生鞄の中には、五十鈴から貰った手作りチョコのレシピが掲載された雑誌を1冊入れ、スーパーへ向かう。


つかさは、用事があるからと言って五十鈴の家を出て早々に別れる。



(チョコか……)



五十鈴は、チャンスと言った。


「好き」って言えるのは、きっとこの日しかない。


伝えたい。


ちゃんと言葉で、自分の気持ちを。


鞄を持つ手に、ぎゅーっと力が入る。


気合と緊張で、ゴクっと喉が鳴った。



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