【68】12月9日+①
自分で自分を褒めてあげたい。
小さい頃、テレビでアスリートが口にしたセリフだったと思う。
今、本当に本気で、自分自身を褒めてあげたい。
あんな事があったのに、取り乱す事無く、平常心で、この期末テスト期間を乗り越える事が出来そうだ。
もう、この先、何が有っても大丈夫。
悟りを開いたかも。
今なら、修行僧にでも勝てる!!
(――こんな時でも、勝ち負けを考えてる、私って…どうなのよ?!)
今日は、期末テスト、最終日。
あの屋上でのキスから5日過ぎた。
「千星さん、かなりの寝不足ね」
朝、教室に着いた私の顔を覗き込んでくる、つかさ。
相変わらず、柔らかな温かみのある微笑みの中に心配気な表情が見える。
「…うん、まぁね」
テスト勉強の為に、ほとんど寝てない状態。寝不足なのは目に見えても仕方が無い。
曖昧に返事をすると、つかさは自分の鞄から化粧ポーチを出す。
「少し、動かないで下さいね」
「え?ちょっと、なに?つかさ?」
「クマを隠すだけですから」
「………」
椅子に座らされ、つかさの手の中にはコンシーラー。
「まだ?」
「あと少しですわ」
「……まだ?」
「もう少し、お待ちになって」
クマを隠すのに、どれだけ掛かるの?
そ、そ、そんなに、手強いわけ?私のクマって!!!!
さすが!
私のクマだけあって、侮れない!!!
「………」
手鏡の中の自分自身を見て思う。
私って学習能力が無い?!
あの嵌められた(?)水族館デートの時と同じじゃないっ!!!
「つかさ、この顔で、テストを受けろって事?」
「短時間で、この出来栄えって、凄いと思わなくて?」
つかさは微笑む。私のメイクの腕は最高で最強でしょう、と。
確かに、あの時ほど別人には、なっていない。自然で、パっと明るめの柔らかなメイク。
だけど――。
「妙にキラキラしてない?何なの?このファンデーションは?」
「撮影用のものだから、専用のメイク落としじゃないと落ちなくてよ」
つかさはそう言って、「帰りに私のマンションに寄ってくださいね」と――うふふっと微笑を浮かべる。
(この!エセ天使めっ!!!!)
テスト終了のチャイムと共に、後ろの席から解答用紙が回収される。
全ての試験が終わり、生徒たちは緊張と不安から解放されたかのような顔をして、足早に家に帰る者やこれから遊びに行こうと話し合ってる者などと色々だ。
朝、つかさに“寝不足”を指摘されているので、今日のところはこのまま家に帰ることにする。
本当なら、五十鈴とつかさと一緒に遊びに出掛けるけど、その前に、つかさのマンションに寄らなければならない事を、五十鈴と光星に伝え、階段をつかさと並んで降りていく。
「千星先輩」
「?!」
振り返って見上げてみる。
窓からの冬の微かな日の光が差し込んでいて、逆光で眩しくて見えない。
影が、影だけが揺らめいている。
前にも、こんな事が有ったような気がする。
それって――デジャヴ。
……ち、違うっ!!!
デジャヴっていうのは、一度も体験してないのに、過去に体験したような感覚を感じる事で――。
前にも一度、ココで私は振り返り、その後は――。
あ、あれ?――揺れてる?
揺れる。
それは、影が?それとも、校舎が?
まさか、地震?
ふわふわと揺れてるのは、どうやら私自身のようだ。
「――っ??!!」
階段を降りている途中っていうのが、いけなかったんだ。
そのまま階段を踏み外してしまった私は、右足首を捻挫してしまった。




