【67】12月4日+②
ギギギーっと、錆び付いて重そうなドアをゆっくりと開けるマコト。
空は高く、秋も終わり――冬の空。
白く真っ直ぐな飛行機雲が、薄青い空を走っている。
少し、落ち着いて、さっきの一連の出来事を思い出してみよう。
マコトが私の名を呼ぶから、びっくりして…。
その拍子に、私が消しゴムを落とした。
だから、消しゴムを拾おうと席を立ち、しゃがんだ瞬間――。
ゴツンっ。
お互いのおでこをぶつけてしまって…。
あまりの痛さに顔を上げた瞬間――。
ちゅ!
かーっと顔が、いや、全身が熱くなっていく。
やっぱり、思い出すんじゃなかったーーーっ!!!!
「千星先輩」
「…ひっ?!」
何かが、騒いでいる。
私の胸の中で。
「ど、どうして?ここの鍵、マコトが持ってるの?」
この胸のざわめきを知られたくなくて、こんな言葉をマコトにぶつけてしまう。
「……麻生先輩が、“しばらく預かってくれないかしら?”と言うので」
でも、いつまで預かればいいのかな~?と、間の抜けた事を言っている。
(つかさ!!一体、何を考えてる?――って言うか、ここの鍵、どこから手に入れたーっ?!)
「ここ、静かで誰も居なくて、気持ちいいですね」
「……」
「空に近付いてるっていう気になりませんか?」
「……うん」
マコトが笑むから、素直に肯定の返事をする。
私は、空が好き。空に、近い所が好き。
二人して、すっと顔上げ、空を見上げる。
「先輩…」
「………」
「さっきのは、無しです」
「………」
「だから、ちゃんと許可を下さい」
「…!」
私とマコトの距離が無くなっていく。
「許可を」
「…っ!!!!」
目の前のマコトの瞳が揺れている。睫毛が震えているのが分かる。
大きな二つの柔らかな瞳が迫ってくる。
その瞳に吸い込まれそう。
何をどう答えればいいの?
何をどう考えればいいの?
何をどう伝えればいいの?
折角、勉強したのに全てが頭の中から消えていく。
真っ白になっていく意識の中、私の意思とは反して、訳も分からないまま目を閉じて一歩踏み出す。
触れる。
柔らかな温もり。
そこはイライラもモヤモヤも、シクシクも、感じない世界。
息苦しかった水の中で、ようやく酸素を得たような感覚。
ゆっくり目を開けて現実に戻ると、マコトが口元を手で隠して、有り得ないほど真っ赤な顔をして立っている。
「――?マコト?」
「…せ、せ、せ、先輩がっ!!オ、オ、オレにっ!!」
今、私、完全に意識が吹っ飛んでた。
その間、何をしてた?
――キス~~~~~?!
「マ、マ、マ、マコト~~~~っ!!!今のも、無しっ!!!!絶対、無しっ!!!!!!」
「先輩!!無しに、なんて出来ません!!!!オレ、滅茶苦茶、嬉しいー!!!!」
いつもの仔犬のような、ほわんっとした笑顔から、フっと色気のある男の笑みに変わる。
マコトの腕が、私の身体を捉えて放さない。
腰に、頭の後ろに、力強い腕は、私に逃げ場を与えない。
「千星、……好き…」
「マコっ、ちょっ、待っ、――んぅ!!」
覆いかぶさるように抱きしめられ、無数の小さなキスの星が降る。
このまま後ろへ倒れないように、つま先に力を入れ、必死にマコトの腕にしがみ付く。
「マコっ、――んーんーんー!!」
“マコト、――ヤーメーテー!!”
と、叫びたいのに、言葉は奪われていく。
全身の力が抜けていく。
上がどっちで、下がこっちで、右も左も分からなくなっていく。
この感覚、まるで――ゼロ グラヴィティ。
無重力状態の中で、狂おしいほどのキス。
(宇宙飛行士も、夢じゃない!)
こんな状況で、そんなバカな事を考えてしまっていた――。




