【66】12月4日+①
初めて会ったのは、4月。
あの日から思うと、月日が経つのはあっという間で…。
最初は、何なのコイツ!って思った。
でも、少しずつ変わっていくのを、もう見て見ぬ振りなんて出来なくて…。
妙に懐かれてしまった、わんこだったり。
一つ年下の友達になったり。
私たち双子を甘やかしてくれる姫野家の人たち。
そして、光星とマコトと三人で付き合うって……。意味が分からない!!
ただ一緒に居る事は私の中では、とても居心地の良いものになってきてるのは確か。
だから、この状況が続くものだと――。
このまま続いていけば良い、と思い始めていた頃。
今年も残すところ、あと僅か。
期末テスト。
12月になり、枯葉がカサカサと音を立てて、アスファルトの上を風と共に踊っている。
いつもなら、テスト前になると私と五十鈴は試験に向けて一緒に勉強するのが決まり。
私にとって、五十鈴と過ごす時間は最高の癒しの時間。
独占してるって感じが、たまらないって言うか――。
場所は図書室。時間は放課後。
目の前には、凄い集中力を見せる二人。
こんな二人――五十鈴とマコトは、なかなか見れるもんじゃない。
もくもくと問題を解く姿は、何か――わんこが必死におやつのミクルボーンをほお張っているのを連想させる。
「千星ちゃん!ここ、これで合ってる?」
「千星先輩!ここはこの公式ですか?」
「………」
いくら私でも同時に質問されても…って、考えてみれば何故にマコト!おまえがここに居る?
「ちょっと、その前にマコトに訊きたいんだけど」
「何ですか?千星先輩」
「今日の私は、五十鈴と二人だけで試験勉強してるんだけど」
「………」
マコトが返事をしない代わりに、五十鈴が答える。
「あ、あのね!千星ちゃん!!わ、わたしが誘ったんだよ。マコトくんも居るとわたしの復習にもなるかな~、と思って!!」
(復習ねぇ…)
「そ、それに、不思議とマコトくんと居ると、こう、何て言うのかな~?やる気が出る?って感じ?」
五十鈴、語尾に“?”が付いてるのを、私も不思議に思うけど。
「そ、そうなんです!!オレも五十鈴先輩と居ると、集中力が出るって言うか、闘争心が湧き出るって言うか」
マコト、集中力は確かに出てるけど、五十鈴相手に闘争心は理解出来ない。
「えーっと…」と五十鈴が考える。
「つまり……」と、マコトも考える。
「「相乗効果!!」」
何が、”相乗効果だ”と、息の合ったおとぼけ二人組に、突っ込みたい。
とにかく、言い切った!という満足感からかほのぼのオーラを漂わせ、ニコニコと見つめ合っている。
……見つめ合っている。
………まだ、見つめ合っている。
…………。
「そこの二人!!目と目で会話するな!って、いつも言ってるでしょう!!」
図書室に居るというのをすっかり忘れて、大きな声を出してしまう。
「しーーーっ!」
「しーーーっ!」
五十鈴もマコトも指を口に当てて“静かに”のポーズを取る。
相変わらず、天然と言うか電波系って言うか。
悔しいかな。
この二人は二人にしか通じない世界を持っている。
さすがに、周りの視線が気になって、場所が場所ばだけに、言いたい事も喉もと辺りで、ぐっと留めてしまう。
そんな私たちの――五十鈴の後ろの一つの影が止まる。
「五十鈴、迎えに来た」
私たち、3人だけにしか聞こえないほどの声量で、話し掛けてきたのは――白澤だ。
「あ、透!」
パっと、表情が柔らかくなる五十鈴。
いそいそと片付けとして、帰る準備をする五十鈴を、さりげなく白澤は手伝っている。
そんな白澤にマコトは、ペコと頭を下げて挨拶をしている。
「いつも悪いな、千星」
「別に白澤の為じゃない!五十鈴と私の為!!」
「千星ちゃん、いつも勉強見てくれてありがとう!」
「ちゃんと試験範囲、見ておきなさいよ!」
マコトくん、じゃあ、またね!と五十鈴は言って、図書室を白澤と一緒に出て行く。
その二人の後ろ姿に、ムカムカするような、イライラするような、シクシクするような…。
シクシク…。
まただ。
最近、自分でもよく分からない感情が生まれてくる。
どんな風に、この感情を処していいのか。
いつもの私なら、スカっと白澤に一撃を食らわしているのに。
「いつも仲良しですね、白澤先輩と五十鈴先輩」
出て行った二人の事を思いながら、ぽーっとした目になるマコト。
「二人だけの世界って感じで、誰も寄せ付けないって言うか…」
二人だけ?って、どういう意味?
誰も寄せ付けない?って、私だって、五十鈴の事――。
「ホント、千星先輩が女の子で良かったです」
――えっ?!
「先輩が男だったら、五十鈴先輩を巡って決闘とかしてそう」
「………」
マコトは、ひとり妄想で笑っている。
「白澤先輩が、本気で挑んできたら、どうなるんだろう?」
「………」
挑んでくる?それこそ、臨むところよ!!!
……ん?それって、逆に言えば、いつもは挑んでないって事?
私、白澤に相手にされてないって、意味?
つまり、私が五十鈴の側に居られるのは――。
(私が女だから?)
私自身、女だからとか、男に生まれたかった、とか強く思った事はない。
確かに、小さい時は光星の服を着たり真似ばかりしてたけど、それは光星だったからで。
でも、背も高くて活発だった私には、性格的にも男の子っぽい姿の方が自然で違和感が無いと周りの人がそう思ってるわけで――。
本当の私は…――。
「…せ…ぱい…、先輩、――千星先輩!!!!」
「…え?――あっ」
考え事をしていた私に向かってマコトが私の名を呼んでいるのに気が付いて、ちょっと驚いてしまう。
――コロン、コロコロ…。
だから、手の中にあった消しゴムを床に落としてしまった。
拾わないと。
――ゴツンっ。
――ちゅ。
え?
ほんの一瞬だけど…。
今、触れた?!
「マっ!!!!!」
「先輩~!痛い~!!」
私の顔は、真っ赤なのか?真っ青なかの?そんなのはこの際、どっちでもいい。
今、目の前のマコトは平静に自分のおでこをさすっている。
「マ――コっっっっ!!!!!!」
「千星先輩!石頭過ぎ~!!」
私は声にならない声を、ただ口をパクパするだけで、息もきちんと出来ているのか。
なのに、マコトが気にしてるのは最初の“ゴツンっ”の方で、次の“ちゅ”には気にもしてない。
「マ、マコ、マコ、マコっ!マコっ!!!!」
「はい?いや~~、そんなに、何度も呼ばれると嬉しいです!」
ちょっと、何、照れてるのよーー!!連呼したくて、してるんじゃないっ!!
「い、い、い、今、今!!今のは!!一体、どういう――」
「え?あ、あぁ、あれは、ちょっと、ぶつかっただけですよね?」
はぁーーーーーーーーっっ!!!!!!!!
ぶつかっただけだとーーーーーーっっ!!!!!
しかも、“ちょっと”って言ったなーーーーーーっっ!!!!!
「マコト、私の許可無く!!!じゃなくて――バカーーーっ!!!!!!」
「せ、先輩っ!!しーーーっ!!!!」
さっきと同じように指を口に当て“静かに”のポーズを取るマコト。
そして、机の上の有る物を全て、自分の鞄の中へ乱雑に入れていく。
「行きますよ」と言って、私の手を引く。反対の手には二人分の鞄。
図書室を出る。てっきり、階段を降りて帰るんだって思っていたのに。
私はマコトに手を繋がれたまま、階段を上って行く。
「マコトっ、何処へ行くつもり?」
「………」
答える気が無いのか、前だけを向いて上って行く。
だって、このまま階段を上り詰めても、この先は屋上。
つまり、行き止まり。
マコトは鞄からゴソゴソと鍵を出して、屋上へ続く錆びた鉄のドアを開けた。




