【60】10月13日+④
「食ってけ~!」
――て、大河さんが言うから…。
なのに、光星がお米を研いで、私が玉ねぎをみじん切り。
今夜は、ハンバーグ。
「こ~せぇ~!」
「姉さん…、俺に言っても、無理」
「玉ねぎが、私を~~!!」
「だから、俺にもどうも出来ないって」
私が必死になって、玉ねぎを切っていると「ただいま」と玄関先で声がして、そのまま足音は台所に向かってくる。
「ただいま。千星ちゃん、光星」
「お帰りなさい、マサミチさん」
帰ってきたのは、この家の長男、真理さん。
返事をしたのは、お米と研ぐ私の弟の光星。
「何か、いいね。新婚さんみたい。千星ちゃんも“お帰りなさい、あなた”って言って欲しいな」
(ひーーっ!!い、誰が、言うかーーっ!!)
“新婚”って何だ?
しかも“あなた”って何だーー!!
第一、私は、今、それ所じゃない!!
この生意気な玉ねぎが、私の目を集中攻撃して、許せないのよ!!
「千星ちゃん」
「え?」
マサミチさんの手が私の頬に、慌てて手を止めてマサミチさんを見上げる。
スっと、優しくハンカチで涙を拭いてくれるマサミチさん。
「千星ちゃんの可愛い泣き顔が見れて、早く仕事を切り上げて正解だったね」
「ひーーーっ!!!!!!」
か、可愛い泣き顔だとーーー!!!
私は、泣きたくて泣いてるんじゃない!
目が!玉ねぎで、目が!!染みて痛いっていうのーーー!!!
「マサミチさん、そこまで!――じゃないと、姉さん、凶器持ってるから」
「あぁ、そうだね。千星ちゃん、みじん切り頑張って。次は唇で拭ってあげるよ」
「いっ、要らんわーーーっ!!!!」
泣きながら怒っても、迫力激減。
う~~っ、思い切って、グサっと一思いに刺してしまえば良かった。
「姉さん、殺人はダメ」
光星が私の心を読んだのか、どこか暢気な声でそんな事を言う。
そして、炊飯器のスイッチを押し、私から包丁を取り上げる。
「続きは、俺がするから、顔でも洗ってきたら?」
「うん、そうする…」
洗面所で、顔をと言うより目をしっかり洗う。
洗い終わって目の痛みが無くなったのは、良いんだけど…。
(あ、タオル…)
「千星チャン、はい、タオル」
「ありがとう――マサトモさん」
声で分かる。この家の次男、真智さんだ。
「まだ、前髪が濡れてるよ」
と言われ、鏡を見ながら前髪も拭く。
「髪の毛、梳いて上げるから、そのままで居なよ」
てっきり、ブラシで梳いてくれるんだと思ってたのに。
(て、手ぐしかいーーーっ!!!)
でも、頭を撫でてもらうの、すっごく気持ち良い。
「千星チャン、気持ち良い?可愛いな、そんな顔されたら、我慢出来ない」
「ひゃあーーーっ!!!!!」
可愛いな、だと?!
我慢出来ない、だと?!
どこを触って…、み、耳を触るな!!!
このっ――変態がーーーーっ!!!!!!
「マサトモさん、そこまで!――じゃないと、姉さんが凶器を作ってる」
「あ、ちょ、ちょっと待った!千星チャン!!イタっ!痛いっ!!悪かったって!!!」
「これでも、喰らえーーーーっ!!!!」
濡らしたタオルをぎゅーっと絞り、振り回して変態を撃退する。
傍から見れば、コントにようで情けないけど…。
う~~っ、このタオルで息の根を止めても良かったかも。
「姉さん、殺人はダメ!2回目だよ」
光星がまた私の心を読んだのか、抑揚の無い暢気な声でそんな事を言う。
そして、取り上げられたタオルは、洗濯機の中へ。証拠隠滅。
「姉さん、みんな帰って来たし、食べる準備しようか?」
「うん、分かった…」




