【31】8月29日+①
夏休みも残り数日となった。
今年は夏期講習に申し込んだから、特に何処かへ出かける事も無く。
だから、ゆっくり過ごせるだろうって…――過ごそうっと思っていたのに…。
今日は夏期講習、最終日。
窓の向こう、少しだけ空が見えた。
(雨、降るかな?)
あんなに晴れていた青い空は、ゴロゴロという音と共に、灰色の雲がモクモクっと空を覆っていく。
傘は持ってきてるから、問題無い。
そう、問題は別に有って――。
最後の講習が終わり、挨拶が済み、帰り支度をする私に光星が「買い物して帰るから、先に帰って」と言って、ささっと教室を出て行ってしまう。
外へ出たと同時に大粒の雨が降り出した。
熱せられたアスファルトからは、湿気を含んだ空気が上昇し身体に纏わりついて来る。
問題は、そう、ここから。
折りたたみの傘を広げ、足元を気にしながら一歩進もうとした時、車のクラクションが鳴った。
振り向くべきか、無視するべきか。
「お~い!千星子~!」
(やっぱり…)
雨が勢いを増しているというのに、軽トラの窓から顔と手を出している。
あの日以来、何故か、講習帰りの私をこうして大河さんが迎えに来る。
しかも、毎日。
最初は、分かり易いほどの偶然を装っていたくせに…――。
姫野家に着く頃には、通り雨は上がってしまった。
水溜りを避け、駐車スペースから玄関に向かう。
改めて見ると、姫野家は純和風、雨上がりだけにしっとりした雰囲気が漂っている。
「早く~、千星子~!!中に入れ~!!」
大河さんの大きな声に背を押され、一歩踏み出した。
「千星ちゃん、お帰りなさい」
「千星チャン、これ、美味しいよ」
マサミトさんの手には、大量の花火セットを持っている。
マサトモさんの手には、ピンクと青と黄色の巨大かき氷。
少しずつだけど、確実にこの家に慣れてきてる私が居る。
そして、台所には――。
「あ、お帰り!姉さん!」
「………」
こっちは、すっかりあっさりこの家に馴染んでしまった我が弟。
違和感無く、当たり前のように食事の準備をしている。
「今日は、庭でバーベキューだって」
「…光星…、何で?先に帰ったんじゃ…」
「う~ん、それが、スーパーでマサミチさんとマサトモさんに会ったと言うか、待ち伏せされていたと言うか」
「………」
「サプライズもいいけど、一歩間違えたら、拉致?誘拐?と思われるよ。あれは」
「………」
光星は、あははって気にする様子もなく笑って「実は、毎回毎回楽しみだったんだ」と言っているけど、私が姫野兄二人に冷たい視線を投げる。
血の気の無い顔をしてマサミチさんは両手をブンブンと振る。
マサトモさんは、両手を合わせて許しを請うている。
(………)
一体、どんな風に毎回、光星を連れて来てるのよ?
夕方になり、庭先でバーベキューの準備を始める。
家が和風なら、勿論、庭も純和風。
庭と言うより“庭園”と言う方が正しい感じがする。
ここでバーベキューなんて似合わないけど、気にしてるのは私だけのよう…。
「ところで、マコはまだかの~?」
お肉を焼き始めた大河さんが暢気にそう言った。
(え?…)
「マコのバイト、何時までか知ってる?ミチ兄?」
「もう、終わってるだろ。帰りに焼肉のたれ買ってくると言っていたからな」
(え?…バイト?――焼肉のたれ?)
じゃあ、お肉や野菜が焼けても、たれが無きゃ食べれないじゃない!――じゃなくて、あいつがバイト?
ちらりと視線を光星に向けると、目が合う。
さも、知っていたさ、といった感じの瞳――なんか生意気!!
それより、知らなかったのは私だけ?
なんか、胸の奥がモヤモヤすると言うか、ムカムカすると言うか。
「ちょっと!マコトが帰って来るまで待たないの?」
「そろそろ、帰って来るじゃろ――お、帰って来た!帰って来た!」
玄関ばかり気にしていたら「ただいま」と裏口から入って来たマコト。
いつものラフなスタイルに手にはスーパーの袋。中身はきっと“焼肉のたれ”だ。
「――お、お帰り」
「ただいま、先輩」
全員揃った所で、バーベキューは始まった。




