【17】7月20日+③
あの後、どうやって家まで帰ったんだろう?
家の中は夏の熱が篭っていて息苦しい。
急いで窓を開け、空気の入れ替えと思っても、入ってくるのは熱い風と蝉の鳴き声だけ。
冷蔵庫を開けて、昨夜飲みかけのカオリーオフの炭酸水のペットボトルを取り出す。
空腹感はあるけど、食べる気がしない。
(買い物して帰るの、忘れてた…)
こういう時こそ、使わせてもらおう!我が弟よ!
姉のお願い聞いてちょうだい!
携帯電話を手にしてメール画面を開いた。
* * *
~♪♪~♪♪
メールの着信音。
(あ、姉さんからだ)
すぐ鞄から携帯を出して、確認する。
「な~に~?誰から~?」
少し不機嫌な顔で俺の隣を歩いているのは、藤堂理奈。
今現在、俺の彼女。
と、言っても付き合い始めて2ヶ月ぐらい。
件名:お姉さまからのお願い
本文:帰りにジャガイモとニンジンと炭酸飲料買って来て!
「なに?!そのメール!!“お姉さまからのお願い”って!まさか、今から買い物に行くつもりなの?」
いかにも信じられないという大きな声。
「勝手に見ないで欲しいな。――これから俺は“お姉さま”のお使いに行かないといけなくなったから。悪いけど、ここで」
俺は、にっこりと笑って別れを告げる。
何か藤堂さんは言ってるようだけど、気にせずこの場を後にする。
俺だって、言いたい事はあるけど――きっと、これで藤堂さんとも終わりかな?
毎回、パターンは同じ。
「付き合って」と言われて付き合い始め、「別れよう」と言われて終わる。
仕方ない。だって、姉さんは家族で、今まで一番長く一緒に居た家族。
他の女の子なんかと比べるなんて出来やしない。
買い物をして、家に帰る。
「姉さん!」
呼んでも返事無し。
お使いまで頼んでおきながら、居ないってどういう…。
「姉…さ…、!――こんな所で、普通寝る?」
呆れてしまう。
リビングのソファの影で丸くなって寝てしまっている姉。
(せめて、ソファの上で寝ればいいのに…。もしかして、ソファから落ちたとか?)
しかも、制服のままで……らしくない。
久し振りに見た姉の寝顔はどこか苦しげで、今にも泣き出しそうで…。
「姉さん、起きて!」
「あれ?光星?帰ってたんだ」
欠伸をして、伸びまでして、すっきりとした顔で起きてくる。
「あ、悪かったわね。買って来てくれたんだ」
「………」
無言でペットボトルを渡され、ジャガイモは専用ストックへ、ニンジンは冷蔵庫の野菜室へ。
「お、怒ってる…の?」
「先に着替えたら?いくら明日から夏休みでもさ」
すっかり皺が付いてしまったスカートを手で直しても、直る訳なんかないのに皺を伸ばそうとする姉さん。
「あ、もしかして怒ってる理由って…」
「……」
「デート中だった?」
と言って姉さんは「悪い事した!」と手を合わせて謝ってくる。
「別にいいよ。それより、姉さんの方こそ何かあった?」
俺の言葉に、姉さんは――笑った。
「な~んにも、無いよ!」
とだけ言い、着替えに2階の部屋に上がって行く。
やっぱり、姉さんは嘘が下手。
姉さんがあんな風に笑う時って、心配掛けないようにとする行動。
何か、あったんだ。
姫野と……。




