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魔女的エクアージュ~失恋した腹いせに世界を破滅させる物語~  作者: ゆいレギナ
三幕 懸命実習

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美青年が絶望したとき、黒い天使が舞い降りる

 ルキノが数秒まばたきを繰り返した後、発作的にその通信機を投げ捨てる。


 ――あのクソ教師っ!


 いつも、いつも、ルキノの出来ないことを難なくこなす。

 不愛想で、余裕で、完璧で。人間離れした教師が、今回も疑う余地もなく、彼女らが無事だと断言する。


「る……ルキノ……?」


 ルキノらしからぬ行動をしたからだろう。クラスメイトが、オドオドと名を呼んでくる。


「あぁ……すまない……」


 ルキノは嘆息まじりに、手で頭に触れようとすると、猛烈に痛みが走った。傷口に触れてしまったらしい。気が付けばあちこち怪我だらけだ。少しでも早く応急処置をしなければ、もしかしたら後遺症が残るような傷もあるかもしれない。


 ――まぁ、俺はそんな余裕すらないんだけど。


 自分に言い聞かせて、周囲を見渡す。

 スラムの暴徒たちは、すでに攻撃の手を止めていた。ただ、オロオロとどうすればいいか戸惑っているようである。根本的に誰かに焚き付けられただけで、ろくな指揮官もいなかったのだろう。同郷の子供だったルキノに頭を下げられて、判断ができないでいるのだ。


 ――武器と数を寄せ集めただけで、しょせん子供のやることと変わらないレベルだな。


 その時、背後にそびえていた、大きな塔から大量の水が噴き出した。

 その鮮やかすぎる青白い水が、噴水のようにあふれ出して、乾いたランティスの土地に雨のように降り注ぐ。曇天から漏れ出る日差しを浴びて、その雫は浮き出ているように異物だった。手で触れたその雫は、不気味なまでに生暖かく、しっとりとしている。


「マナが……マナの施設が破壊された!」


 誰かが叫ぶ。

 マナの貯蔵設備が破壊されて、このような現象が起きているらしい。


「みんな! なるべくこの雨に触れないようにして!」


 ルキノは咄嗟に、指示を出す。短時間で中毒になる恐れは少ないものの、傷口に触れたりすれば、どうなるかはわからない。ルキノは目を細めて、その人造的な雨を見上げる。


 ――もしかして、ユイがやったのか……?


 ノイズがかった映像の光景。ルイスが異様にユイのことを恐れていた様子。

 このことに、ユイが関係しているという考えが、頭から離れない。


 それに、ルキノは口角を上げる。

 マナ施設が破壊されたなら、暴徒たちの無限のマナ供給も止まるだろう。

 そして、暴徒たちの士気も明らかに落ちている。


 勝利は確定したのだ。


「さすが、僕らのリーダーだ」


 刹那。


 膨大な熱量と爆音が、辺りを揺るがす。

 ルキノの視界は、土煙と硝煙で黄土色に包まれた。

 悲鳴と驚愕の声がのちに響く。


 ルキノの額からは冷たい汗がじんわりと流れた。沁みるような痛みにウンザリしつつ、ルキノが目を開けると、


「まさか、学生の中に一味がいるとは思わなかったよ」


 その光景に眩暈を起こしそうになった。せっかく安堵出来るような状態になったというのに、まるでタイミングを見計らっていたかのように、絶望が立ちはだかったのだ。


 小規模な軍隊は、人数的には派遣された学生と変わらない程度である。

 だけど、全員が攻殻武装鎧(アーマードスーツ)を身に付けていた。身の丈ほどある重厚な武器を手にしている彼らが、白く光る巨大な虫のような戦車に乗っていた。昔、弟と共に見た図鑑というもので見た、角のある虫に似ている――ルキノはふと、そんな幸せだった頃のことを思い出していた。


 だけど、その思い出に酷似した機械は、ルキノたちに敵意を向けていたのだ。


「ルキノ君、大丈夫⁉」

「あ……あぁ」


 メグに身体を支えられ、ルキノは自分が倒れそうになっていたことに気付く。

 彼女の小さな手に支えられる自分に苦笑する。たとえ、自分よりも大きな男を簡単に投げ飛ばせるような相手とはいえ、自分はなんて情けないのだろう。


 ――俺が、もっとしっかりしなくては。


 少なくとも、今はスラム暴徒も自分を信じてくれている――そう自身を鼓舞するため、ルキノは振り返る。


 そして目を見開いた。口の中が凍てついたように、言葉が出ない。


 百人近くいた人々が、死滅していた。

 血塗れのような阿鼻叫喚もなかった。

 彼らは、ただ炭のように黒くなっていた。ただの無機物となり果てていた。どんな表情かも分からず。どんな肌かも分からず。どんな髪色かも分からず。せめて分かると言えば灰から覗く骨が白いということ。


 絶対的な熱量を受けた。

 そんな単純な答えに、ルキノはこみ上げてくる酸を堪えることができない。


「……ごめんね」


 メグの悲痛な呟きに、ルキノは口の中の物を全て吐き出してから、瞳を閉じる。


 ――なんなんだ、この光景は。


 ルキノが目を開く前に、野太く響いたのはタカバの声だった。


「テメェらは誰だ⁉ なんでこんな真似したんだァ、おい!」


 捻りも何もない言葉。

 ルキノは目を開けて見渡すと、近くにいた仲間たちは皆、無事のようである。

 他は、もう見ない。見ている時ではないと、ルキノは自身に言い聞かせる。

 見てしまっては、動けなくなるから。


 そして、前を見据えた。


 立ちはだかる敵の一人が、かつて教室にもあった重い立体映像投影機(ホログラフィ)をやすやすと掲げる。それに映し出されたのは、赤毛の紳士だった。


 落ち着いた貫禄がそこにはあった。だけどその赤い瞳は、明らかにルキノたちを見下している。


『その必要はないと思うがね。私が言うことはただ一つだ――メグ、こちらに来なさい。君の役目はここで終わりだ。十分にデータは取れた』


 名指しされた当人は一瞬怯み、唇を噛みしめていた。


『メグ、事前に言っておいただろう。彼らは我らの新兵器の実験台だと。趣味で彼らに加担するのは、ここまでにしておきなさい。遊びの時間はもう終わりだ』


 ――新兵器の実験……?


 メグの父親、ブライアン伯爵からすれば、きっとこれは茶番なのだろう。

 ゲリラ暴徒の鎮圧、および内通者の撃破。それはきっと、兵器の宣伝に大いに役立つだろう。


 ルキノはこれ以上出血しないために、無意識に抑えていた手を離す。

 胸の鼓動と共に、力が抜けていくのが分かった。

 出る言葉がない。その解決策もない。

 伯爵からしてみれば、彼の娘の安全さえ確保できれば、あとはゴミと同じである。虫で排除すればいいのだ。


 ――内通者と見なされているのは、俺になるのか?


 ルキノは笑うしかなかった。

 この状況を打破する方法が、何も思いつかないのだ。


 ふと、空を仰ぎ見る。

 変わらず降り続くおかしな色をした雨は、ペンキを散りばめてしまったかのような失敗作の絵画のようだ。だけど、そんな絵の中にさらなる汚点があった。


 ――あれは……?


 ルキノは苦笑する。


「ほんとに空飛ぶのかよ」


 彼女はいつも唐突だった。


 そして今も、砂色の世界に降る異質な雨を押しのけて、黒い羽根を広げた彼女がルキノの元へと舞い降りようとしていた。


 果たして、それは黒い天使か悪魔なのか。

 宗教じみた思想なんて漫画に出てくる魔法くらいの夢物語でしかないと思っているものの、それでもルキノにとって、彼女は紛れもなく前者だった。


 たとえ色が黒かろうとも、裏表のない真っ直ぐな性格はいつもハッタリだらけのルキノにとって、眩しいものなのだから。


 ――本当に君はいつも、どうしようもないくらい……。


 ルキノは全く優雅さのない自分だけの天使に向かって、両腕を広げる。


 眼の前の新兵器だとか、絶体絶命の状況よりも、大切なモノが降ってきてしまったのだから仕方がない。腕の痛みなんて、彼女を見た途端に吹き飛んでしまっていた。


 ルキノの腕は、猪突猛進な彼女を抱き止めるためにあるのだから。


 





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