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魔女的エクアージュ~失恋した腹いせに世界を破滅させる物語~  作者: ゆいレギナ
六幕 最愛悪友

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助言が無駄に終わる時



 ◆ ◆ ◆



 ――だから言ったのに。


 モナは胸中で毒づく。

 あの魔女がここに来るとわかった時点で、ただでは済まないことがわかっていた。だからそれとなく忠告しておいたのに、案の定、ブライアン社長は無残な末路を迎えてしまった。


 ――いっその事、今日のパーティを中止した方が良かったかしら?


 モナは空を舞う小型回転翼機(ヘリコプター)から降ろされた梯子を上りながら逡巡する。


 今回のパーティの目的は、言わずもがな計画(プロジェクト)のお披露目だ。

 いつか起きる魔導戦争(マジックウォー)の切り札となる兵器の開発に目処が付いてきて、より多くの出資を要請するための経過報告会。


 研究がさらなる段階に進むにあたり、費用が潤沢するに越したことはない。だからこそ、モナも直々に赴いて軍資金調達に協力するつもりだったのだが。


 ――まぁ、別にいいか。


 風に髪とスカートを煽られながら、モナは眼下を一瞥した。


 若人たちは、今目の前で起きた事件に気を取られ、屋上の隅に固まっていた。そのさらに下の緑々しい地上で倒れているであろう紳士と御曹司について、問答を繰り返していることだろう。


 だけど、モナには関係ない。

 共同研究という名の企業が、そのトップを失ったことにより経営が傾くことは痛手ではあるものの、肝心な研究データは主に反政府組織(メサイア)が保持しているのだ。


 たとえ完成体(メグ)の一つが壊れたとて、また作ればいい。

 そして、また新たな資金源を調達して、研究を続ければいい――ただ、それだけの話。


 ブライアン社の代わりに、名乗りを挙げる企業は少なくないだろう。どの企業も、目の上のたんこぶがいなくなったとなれば、その地位に納まりたいと思うもの。そして、他所に力を奪われるくらいなら、自らそれを手に入れ、利用しようとするもの。


 そもそも、魔導戦争(マジックウォー)自体、反政府組織(メサイア)的にはどうでもいいのだ。

 魔法の根源たるは、神の力であり、すなわち救世主(メシア)様の力。それに歯向かおうとする魔導戦争(マジックウォー)自体が、根本的には教えに反する行為。


 だから反政府組織(メサイア)としては、ただ目先の利害が一致したから協力していたにすぎない。

 ブライアン社としては、かつて人々を狭いエクアへと追いやった『魔法使い』たちへ復讐するため。

 反政府組織(メサイア)としては、崇拝の対象である『魔法使い』たちへ、一歩近付くため。


 両者とも過程が同じだったからこそ、ひとまず協力体制を結んでいたものの、その後のことを話すことはモナの代ではまずなかった。つもり、先代がどうこの話を繋げてきたのか定かではないが、お互いに袂を分かつ時を待っていた――とも言える。


 ――それがただ、今だったということ。


 モナは梯子を登り切り、ひとまず安定した足場を踏みしめ一息吐く。


「だとしたら、あの魔女に感謝してもいいのかもしれませんね」

「へぇ……その魔女ってどんな美女?」


 操縦席から聞こえた女の声に、モナは即座に身構えた。


 前の操縦席には線の細いドレスの女と、その隣の席に項垂れている正装を身に纏った少年。気を失っている少年はまさにさっき、婚約者の父親を刺殺した金髪の御曹司だ。


 そして、操縦席の女が吐息と共にヘルメットを外す。


「あー暑苦しかった! やっぱりあんな髪型のまま被るものじゃないわねー。怠慢しなけりゃ良かったわ」


 開放された髪は乱れているとはいえ、その黒という色は変わらない。

 何にも染まらず。何にも映ろわず。

 ただ、モナの脳裏に警報を鳴らす――神に仇なす天敵が現れたのだと。


「あ、あなたは……」

「改めて、こんにちは……いや、こんばんは? どっちがいいですかね、モナ先生?」


 ――そんなもの、どっちだっていいわよ。


 胸中で毒づきながら、モナはバックミラー越しにニヤリと口角を上げる黒髪の女生徒を睨みつける。

 だけど、彼女は少しも怯まない。


「あいつが面白い茶番が見れるっていうから楽しみにしてたんだけど……期待はずれの面白さだったわね。先生の薄情な逃げっぷりなんて興味なかったのよね」


 その皮肉に、モナはこめかみを引きつらせる。


「その少年は、あなたの差金だったのですか?」

「……そんなの、あんたには関係ないわよね?」


 一瞬間を置いてから答えた彼女は、若干気まずそうに苦笑した。そして、全く起きる気配のない少年を抱える。ハンドルからは完全に手を離して。


「じゃあ、私はこれから最後の仕上げに入るから。ちょっと疲れてきたから、あんたの処理は手抜きさせてもらうわね」


 横目を向けてくる彼女は、悪戯した子供のように「私、こういうの運転苦手なのよ。整備は出来るんだけどさ」と自嘲して、パチンと指を鳴らす。蜃気楼のように歪んで消えた二人。残されたのは、自動操縦の設定もされていない無人の運転席だ。空のハンドルがゆっくりと意味もなく回り――同時に船体もゆっくりと傾き始める。


「あの小娘っ!」


 後ろから身を乗り出して、無理矢理ハンドルへと手を伸ばす。


「私だって苦手なんですけど⁉」


 反政府組織(メサイア)で受けた教育の一貫で、各操縦技術を一通り学ばされたものの、とっさに出来るか出来ないかは話が別。それはまた、学生である彼女もまた同様。


 ――それがまた一層、腹が立つわ!


 モナが普段極力しない舌打ちをしても、船体は夕暮れ空の中で徐々に傾き、地面がおかしな方向から徐々に近づいて来る。


 魔女への憎しみが膨らむ中、モナを乗せた小型回転翼機(ヘリコプター)は木々をなぎ倒しながら下降する。そして――――



 ◆ ◆ ◆



 爆発音が、倒れた男の身体をわずかに揺さぶった。距離はさほど遠くないはずなのに、男はそれを音として認識することは出来ない。


 上に立つがゆえに積もった嫉妬にも似た人々からの恨みか。

 責務がゆえに切り捨てていった人々からの怨念か。


 愛娘に殺されることすら叶わなかった男は、ボンヤリと暁色の空を見上げながら苦笑する。


 ――まさか、彼に殺されることになろうとは。


 娘の婚約者として容易した御曹司。

 計画(プロジェクト)の害とならず、そして少しでも娘が幸せになれるようにと、権力者の中から自分が知りうる限り善良な相手を用意したつもりだった。


 だけどそれが仇となり、計画(プロジェクト)の失敗どころか、娘の必死の決意を無下にした結果に終わってしまった。


「貴様、腹黒娘が貴様を殺そうとしていたこと、知っていただろう?」


 暁を曇らせる黒衣を纏った死神が、慇懃無礼に男を見下ろしていた。

 エクア一の大企業の社長に対して、こんなに偉そうな男を、彼は他に知らない。


「僕の……可愛い娘を腹黒とか……言わないでくれる、かな……?」


 掠れる声で皮肉に反論するも、死神の表情は変わらなかった。

 昔と変わらぬ無表情は、言葉を紡ぐ。


「最後に褒めてやろう――娘の婚約者として、親殺しの罪を着せないために命を張る男を準備するとは、なかなかやりおるではないか。私なんぞ、ただのヘタレで見栄っ張りの救いようがない小僧が関の山だったからな。私に出来ないことをやるとは、見上げたものではないか」


 ――それはどうも。


 そう言い返したくても、もう声帯を震わすことすら難しかった。

 寒さを通り越して、何も感じなくなっていく。

 血が抜ける感覚は、痛みすらも無へと変えていく。


「アンドレ君には……悪いことをしたな……」


 世のために。多くを持って生まれた者の責務を果たすために。

 世界のトップとして君臨した男は、己の権威を誇張するかのような綺羅びやかに高いビルから落ちて、死んでいく。その道連れに、娘の伴侶として選んだ少年の命も連れて行くことになろうとは。


 ――哀れなものだ。


 自分は何を残せたのだろうか。ただ一人の愛する家族に見届けてもらうことも叶わず死んでいき、そして彼女を一人にするだけに終わってしまったのではないのか。


 だけど、死神は言った。


「私はとても器が大きい男だ。ついでに貴様も看取ってやるから、安心しろ。これは褒美だ」


 どこまでも上から目線の死神に、男は最期まで苦笑して。


「ああ……それ、は……」


 ――寂しくないな。


 死神がパチンと指を鳴らす。すると、男の周りに、赤く小さな花が次々と咲き誇った。

 大好きな娘のように可憐な花に包まれて、男はまた空を見上げた。


 眩しいまでの赤を目に焼き残して、男はゆっくりと目を閉じていく。

 たとえ娘に恨まれたままだとしても、自分は最期まで君のことを愛していたのだと。


 ――せめてこいつが、伝えてくれたらいいな。


 黒い外套を死にゆく自分に懸けてくれる友に、願いを託して。

 男は息を引き取った。

 

 



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