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魔女的エクアージュ~失恋した腹いせに世界を破滅させる物語~  作者: ゆいレギナ
六幕 最愛悪友

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父と娘と



 ◇ ◇ ◇



 あたしは人間ではない。

 それを知ったのがいつだったか、あたし自身今ひとつ覚えていない。


 だけど、大抵の人はあたしのことを番号や記号のように呼ぶから。

 他の人にはちゃんと個々の名前があるのに、あたしのことは可愛くも何ともない『一号』とか『完成体』とかって呼ぶから。


 ある人を除いては――――


『ほらぁ、メグ(・・)ちゃぁーん、パパでちゅよぉー』

『……社長、その光景を記録に残しても宜しいですか?』


 中年と呼ぶにはまだ少し早い背の低い赤毛の男性が、あたしの入っているカプセルに張り付いている。カプセルのガラスがハァハァとした吐息で曇っているのが気持ち悪いと思うのは、あたしだけではないらしい。


 少し離れた位置にいる女性が、嘆息混じりに手のひらサイズの四角い機械を構えていた。


 振り返る男性が言う。


『本当に撮るの?』

『子供の成長はあっという間だと言いますから。でも社長の言動が気持ち悪いので、静止画にしておいてあげます』

『……助かるよ』

『社長の親バカっぷりが露呈して、我が社のイメージが崩れたら困りますから』

『うん、本当に助かるよ』


 淡々と感謝を口にした男性は、再びあたしの方を撫で回すように見てくる。


『可愛いねぇ』


 あたしに対して、そんな不確定なことを言うのは、この男しかいない。

 定期的にあたしの観察(・・)に来る白衣を着た人たちは、確かなことしか言わないから。


 検査値は基準どおり。能力値は推定以上。ただしマナ受諾量は予定値以下。


 気にするのは、数字だけ。

 あたしの見た目よりも、大事なのはあたしが出す数値のみ。


 色々な人の話を統合するに、この男性があたしの父親ということは間違いがないらしい。

 遺伝子上の父親。ゆくゆくは、あたしが何かしらの成果を出し、その権威と立場を保持するために、社長自らの遺伝子で実験体を作ったらしい。その代わり、遺伝子上の母親は完全に必要な能力値重視にしたのだとか。


 全く、人間は面倒臭いものである。


 だけど不思議なもので、何より面倒臭そうなハァハァしている男のことは、まるで嫌悪感を抱かない。

 これも、遺伝子が成すわざなのか。


 あたしはまだ、わからない。





 あたしが作製(・・)されて三年くらい経った後は、カプセルの外で過ごす時間が増えてきた。

 とはいっても、外といっても、四面ガラスで囲まれた如何にもらしい子供部屋。

 そこでやることも、やっぱり実験ばかり。


 あれやってみて。これやってみて。それわかる?

 屈んで色々訊いてくる研究者たちはみんな優しそうな笑みを浮かべているけれど、必ず脇には記録機(タブレット)を抱えて、あたしが何かするたびにそれに打ち込んでいく。


 あたしはあくまで記録対象。

 あたしは所詮、実験サンプル。


 その中で、絵本の音読を易々とこなしていると、またガラス越しに赤毛の男性がカメラを向けつつ、ニヤニヤとあたしを見つめていた。最初は秘書に撮らせていたものの、いつからか自分自身でシャッターを連打し始めたあたしの遺伝子上の父親(パパ)


『いやぁ、メグは本当に賢いねぇ。僕に似たのかなぁ。嬉しいなぁ』


 ――いや、そういう風に(・・・・・)に造られただけだと思うけど。


 でも、あたしは敢えてそれを言わずに、パパ(・・)に向かって笑顔で手を振ってみた。

 すると、その男はカメラをポロッと落として、嬉しそうにブンブンと両手を振ってくる。


 ――どっちが子供なんだろう?


 そう思わないでもないけれど、手を振っただけでこんなに喜んでもらえると、あたしの胸の中が少しだけあたたかくなる。


 この気持ちは一体、何なのだろう?


 だけど、そんなに悪いものではなさそうだ。





 また数年経つと、研究者以外の人たちと会うことが増えてきた。

 色々な知識を教えてくれる人。

 色々な技能を教えてくれる人。

 そして、あたしの実験台になる可哀想な人々。


 知識面であたしと比べられる人たちは、まだ良かった。

 ガッカリする人。あたしのことを気持ち悪そうに見てくる人。泣きっ面で睨んでくる人。

 様々な人がいたけれど、みんな自分の足で立って、歩いて帰っていったから。


 だけど、技能面で比べられる人たちは悲惨だった。

 大抵あたしに下される命令は『目の前の人を倒せ』というもの。

 様々な格闘技術を持った人たちらしい。彼らがどんなプロなのかは、その動きを少し見れば大体把握出来たけど――そんなもの、あたしには関係がなかった。


 相手と同じ技能で倒しても。

 相手と違う技能で倒しても。

 とにかく、研究者たちは相手が動かなくなるまでその実験を止めなくて。

 だからあたしも、攻撃し続けるしかなくて。


 実験が終了する時には、いつも相手は血まみれ。

 もちろん自分で立つことが出来ないから、タンカーなどで運ばれていく。

 その姿を見ると、いつも胸が苦しかった。

 あたしの実験に付き合わされて、酷い目に遭って、死にそうになるなんて理不尽だなって、可哀想だなって思った。


 ――そういう風に(・・・・・)造られたあたしに勝てるわけがないのに。


 ふと、その日も実験が終わってガラスの外を見やると、今日もカメラを持ったパパがあたしを見ていた。

 こういう実験の時だけは、パパも笑っていなくて、いつも少し寂しそうな顔をしていた。


 その顔を見て、あたしはいつも思っていた。


 ――あたしも、悲しんでいいんだな。


 研究者たちは、あたしが相手を容赦なく叩き潰すほどに喜ぶみたいだけど。

 あたしの胸が苦しくなるのも、間違いじゃないんだな――こういう時のパパを見るたびにそう思えて、あたしは内心ホッとしていたんだ。





 一通りの狭い場所での実験が終わり、時期に一般社会での実験を始めようとする少し前から、あたしの環境はガラリと色を変えた。


『学園に行くまでに、たくさんの楽しい思い出作ろうね!』


 パパは嬉しそうにそう言うけれど、あたしは知っている。

 時期に始まる学園生活であたしという存在が目立ちすぎないように、人並みの生活をさせておこうという魂胆なのだ。

 同時に、一般人と馴染めるかどうかの実験を兼ねての、親子の触れ合い。


 人並みの親子のように、プールではしゃいでみたり、動物と触れ合ってみたり、美味しいものを食べてみたり。


 とりあえず、パパはあたしがニコニコしていれば、終始嬉しそうに笑っていた。そして同時に、コッソリと観察している研究者たちも、『問題なし』とチェック項目を進めていった。


 ある日、研究者たちに聞こえないように、聞いてみたことがある。


『あのね……ずっと疑問に思っていたんだけど』

『ん? なんだい⁉』


 大抵、話題提供はパパからだったので、あたしが話を切り出した時はすごく嬉しそうに破顔していた。食べようとしていたフォークをすぐさま置いて、ネクタイがお皿に付いていることも厭わず身を乗り出してくる。


 その様子に少し呆れながらも、あたしは小声で質問を投げかけた。


『どうして、そんなにあたしのこと好きなフリしてくれるの?』

『……どういうことだい?』


 パパの顔がしかめられる。だけど、あたしは食器を動かす手を止めずに続けた。


『だって、あたしはパパの遺伝子から造られているとはいえ、ただの実験体でしょ? 着々とあたしの複合体も作製されているみたいだし……ただの道具(・・)相手に、どうしてそんな嬉しそうに笑いかけてくれるのかなって……』


 言っていて、あたしはふと閃く。

 それもまた、実験の一つなんじゃないか――と。


 親からの愛情を受けた実験体(あたし)が、どのような反応をするのか。

 そのことにより、どんな影響を受けるのか。

 能力が上がるのか。下がるのか。言動に変化が出るのか。


 ――だったら、我ながら馬鹿な質問したなぁ……。


 あたしとて、失敗作と破棄されるのはゴメンだ。

 勝手に作製されて、勝手に処分される。

 一応、人造人間(ヒューマノイド)だとしても、人間と同じように血は流れ、人間と同等かそれ以上の思考能力は保持しているのだ。

 それなりに、『処分()されたら嫌だ』という生存願望も持ち合わせている。

 だからこそ、今までの実験でも良い結果となるよう、素直に従ってきたのだ。


 ――もしかして、今の馬鹿げた質問のせいでペナルティが発生しちゃうかな?


 またカプセルの中に逆戻りとか嫌だなぁ、とか思いながら視線を上げると、あたしは思わず食器を落としてしまった。


 なぜなら、パパがメソメソと泣いていたからだ。


『どうして……どうして、そんな寂しいことを言うんだい?』

『え、えーと……やっぱり、おかしな質問だったかなぁ?』


 戸惑いつつも首を傾げると、パパはブンブンと首を縦に振る。


 ――やっぱり、この質問は失敗だったんだ。


 だけど、どう弁解するかあたしが脳を動かし始めるよりも早く、パパは言った。


『そうだよ……パパがメグのことを好きだなんて、当たり前のことじゃないか! だって、僕はメグのパパなんだよ‼』

『遺伝子上の、でしょ?』


 確かに、あたしはこの目の前の社長の遺伝子と、どこぞの世間では『劣等種』と呼ばれている黒の遺伝子を持つ女性から生産されたらしい。


 このエクアにはない『魔法』という超常的な力を持ち、かつ他の企業が成果を横取り出来ないような絶対的なブライアンの地位を保持するための兵器。それがあたしの理想的な存在価値。だが、結果として『魔法』なんていう未知の力は手に入らなかったものの、代わりに遺伝子操作によって超人的な知能や格闘センスは身に付けられた。


 そんな人間の形をした人間でないあたしの遺伝子上の父親(パパ)は、とても世界規模の会社のトップに君臨しているとは思えないほどに悲しい顔であたしを見つめる。


『遺伝子だけが……僕らを繋ぐモノなのかい……?』

『……道具と保有者?』

『僕は君を道具や兵器だと思ったことはないっ‼』


 突如声を荒げるパパに、あたしは顔をしかめる。だけどパパはそれに厭わず、言葉を続けた。


『君に僕の遺伝子を使用したのは、何も営利目的だけではない! 僕が子供を欲しかったからだ‼ 本当なら好きな女性を探して、その人と子を成すことが出来れば理想的だったけど……下手に社長夫人を作ったとしても、その女性を幸せに出来るとは限らない。常に監視の目は付くだろうし、少しの論争で命を狙われることだってザラだ。だから、本当の意味での母親を君に用意出来なかったことは、大変心苦しくあるのだけど――』


 チラリと聞いたことがあった。

 パパの母親は、利権関係のトラブルに巻き込まれていた時に、いかにもな不慮の(・・・)事故に遭って亡くなってしまったらしい。そして、パパの父親――前ブライアン社社長――もまた、ブライアン社内部で少し揉めていた頃に、突如(・・)持病が悪化して亡くなってしまったという。


『それでも、僕は子供が欲しかったんだ。夢だったんだ――僕が僕として存在する、小さな証。ブライアンの社長ではなく、一個人としてこの世に生まれたという証。君を作ろうという話が持ち上がった時、僕は内心歓喜したよ。もちろん、君がどんなにか弱い存在だとしても、僕は全身全霊で君を守るつもりだった。だけど、それにも限りがあるから……君自身が強くあってくれれば、それだけ君も、危機的状況が訪れたとしても、乗り越えてくれるということだろう?』


 パパのテーブルに乗せている手が、固く握られている。その細かな震えが、テーブルを少しだけカタカタと揺らしていた。


『君は僕の夢そのものなんだ。あたたかい家族が欲しい……僕個人の持つ、唯一の生きがいが君なんだ、メグ。今まで、なかなか会いに行けなくてすまない。こんな男が父親だなんて実感はなかなか持てないかもしれない。だけど――』


 目に涙をたくさん溜めた情けない男の顔は、ただの父親(パパ)そのものだった。


『これから、少しずつでいい。僕を、本当の父親だと思ってもらえないだろうか? 君のためだったら、僕は何だってしよう。君のワガママなら、僕は何だって笑って叶えてやりたい。僕はこれまで以上に全力で君のことを愛するから……だから、僕と親子になってはもらえないだろうか?』


 そう言って、娘に深々と頭を下げるパパ。

 それに、あたしはケラケラと笑うしかなかった。今までたくさんの本を読んで、それなりに知識も常識も覚えてきたつもりだったけど、ここまで真剣に頭を下げる父親がいるなんて情報を得たことがなかったから。


 このむず痒い気持ちを表す言葉を、あたしは知らなかった。

 だから、あたしは代わりに片手を差し出す。


 『ありがとう』とあたしの手を握るパパの手は、汗でジットリとしていた。





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