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魔女的エクアージュ~失恋した腹いせに世界を破滅させる物語~  作者: ゆいレギナ
六幕 最愛悪友

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偽りの愛を邪魔するモノ



 ◆ ◆ ◆



 ――最悪だ。


 ずっとルキノの気分は重かった。メグから今回の話を受けてから、ずっと。

 やらないでいいなら、もちろんやりたくない。だけど、弟を盾に取られて、断ることも出来ない。


『ルイス君が入院しているのは、うちの管轄の病院――その意味が、理解できないルキノ君じゃないよねぇ?』


 そう言って笑う彼女の顔が、なぜか苦しそうに見えてしまえば、より一層断ることなんか出来なくて。


 偽装結婚――いや、結婚までする必要はないというから、偽装婚約――することにより、ブライアン社とオスカー社の共同事業を反故させるのが、彼女の目的らしい。その事業内容をルキノは知らない。知る必要がないからと、彼女はルキノをはぐらかすだけだった。


 そんな恐喝にも似た要求に応じるため、ルキノはメグの小さな背中をすぐそばで見つめていた。社長の椅子に座る彼女の父親に対して、懸命に自分の偽りの愛(・・・・)を語る彼女。


 彼女のうわべだけの言葉は、ルキノの頭に全然入って来なかった。代わりに脳裏に浮かぶのは、昨日偽装婚約を告げた時のユイの驚いた顔だ。


 ――ショックを受けてくれなかったのかな。


 一度、自分は彼女を振った身の上。それでまだ、彼女が自分を好いていてくれているという認識がおこがましいことはルキノ自身も重々承知している。だけど、ルキノには自信があった。彼女の心が離れないように、今まで懸命に考えて動いてきたつもりだ。時に打算的だったかもしれないけれど、彼女を大事に慈しんできたつもりなのだ。


 それでも、彼女は他の男と付き合っているのだという。

 さらに、昨日も他の男と二日酔いするほど楽しく飲み明かしたのだという。その楽しい宴会に参加していたはずのアンドレは今、苦しそうな顔でルキノの隣に立っていた。下した手で自分のジャケットの裾が皺になることも厭わず握りしめている。


 ――俺も笑って飲み明かしたいよ。こんな面倒なのはこりごりだ。


 何の因果で、好きでもない相手との婚約を、本当に好きな相手の前で発表しなければならないのか。


 自分に対する恋心を捨てるか、捨てまいか――おそらくその狭間にいる彼女に対して、自分は追い打ちをかけるように婚約を告げなければならないのか。

 

 あくまで偽装。たった二日間だけの嘘。予定通りにいけば、今日の夜にはネタバレできる些細な嘘。

 それでも予想以上の罪悪感に、ルキノの胸が苦しくて仕方がない。


 ――今まで好きでもない相手に「好きだ」と言っても、どうってことなかったんだけどな。


「ルキノ君――さっきからメグばかりが話しているが、君から言いたいことはないのかね?」

「え……」


 ブライアン氏に言葉を投げかけられ、ルキノは我に返る。振り向くメグの顔が真剣だった。その目に浮かんでいる涙は、やはり偽物なんだろうけれど。


 必死に、結婚を許してくれと頭を下げるべき場面なのだろう。メグの機嫌を損ねれば、弟の命が危ないのだ。だけど、もう一つの可能性だって考えなければならない。


 ――社長の機嫌を損ねるのも、危ない橋ではないのか?


 メグの息がかかるということは、もちろん、その上の社長の息もかかるということだ。

 メグの伴侶の兄弟という観点でいえば、大事される可能性もある。だけど社長に邪険に扱われ、処分されるという点も考慮せざるを得ない。


 ルキノのため息は、本心からだった。


「ただ……人を好きになっただけなのに、どうしてこんなに苦しまなければならないのでしょうね」

「どういうことかね?」


 ブライアン氏の赤い目が細まる。メグと同じ愛嬌を感じることもあれば、残酷な血の色でもある。恐怖と表裏一体のその色は、その意思一つで血を流すことも、炎を起こすことも容易いだろう。


 だけど幸か不幸か、それに怖気づくほどルキノの心に余裕はない。


「僕はただ、好きになっただけです。大人しそうに見えて、実は無鉄砲。賢そうに見えて、実は短気。感情的に動くから、いつも僕が気付いた時には危険と隣り合わせ――そんな彼女を、誰よりも近くで守りたいというだけで、どうしてこんな苦労が多いんですか? ただ、彼女と笑いあって幸せに毎日を過ごしたいというのは、どんな世界であってもささやかな夢とはならないのですか?」


 そう訴えると、ブライアン氏はフッと笑う。


「君もまだまだ幼いね――生きるということは、何よりも残酷なのだよ」


 見下すように微笑むブライアン氏は語る。


「何も知らない君に、とても大事なことを教えてあげよう。夢だの恋だのという感情は、戦争の中ではただ邪魔になるだけだ。生き延びたいのなら、そんなものはさっさと捨てなさい」

「戦争?」


 結婚とは全く異なる次元の単語に、ルキノは眉をしかめる。それにブライアン氏は真面目な顔で答えた。


「閉鎖国家エクアが、ここまでの技術を持っているのも関わらずこんな狭い世界で閉じ籠もっているのも、あと少しの辛抱ということだ。ブライアンとオスカーの共同事業が成功した時、エクアの鎖国も終わりを迎える。外の広い世界で、その覇権を広げることになるのだよ」


 その話は、夢物語に聴こえた。

 だけど、エクア有数の大企業のトップであるブライアン氏の言葉は真剣だった。


「我らは、外の世界に戦争を仕掛ける。その力を見せれば、政府も納得せざる得ないだろう。でなければ、政権ごと破滅させられる危険性のある力だからな」

「そ……そんな兵器の開発が、進んでいるということですか?」


 その質問に、ブライアン氏は不敵に笑った。


「魔法だよ――かつて、魔の力によって追い詰められた我らが、とうとうその力を手にする時が来たのだ!」


 その言葉に、ルキノは苦笑を隠すことが出来なかった。

 魔法なんて、想像の産物でしかないのだから。それこそ、なぜか授業の教材にされていた魔法少女だとか、そういった幼稚な空想上の特殊能力――それがエクアでの一般常識。


 だけど、それを堂々と告げる有権者は、その笑みを崩さない。


「君は知らないことかもしれんが、エクアは魔法を使役できる奴らによって追い込まれて、こんな狭い世界で生きる羽目になったのだ。そして、現在も外の世界に奴隷を輩出して、その狭い幸せを守っているのが現状。そんな小さすぎる幸せだけを享受して生きるなんて、それこそ不幸だと思わんかね?」


 突拍子もない話だが、それにメグもアンドレも否定の言葉一つ上げない。彼らの表情はそれをすでに受け入れている。


 ――マジかよ。


 魔法。戦争。奴隷。


 非現実的な言葉を並べられたルキノの頭の中での結論は、いたって単純だった。


「でも、心底どうでもいいですね」


 こんな場所で、押し問答を繰り広げている暇はない。

 もしも、彼の言うことが本当で、今後魔法なんて力を使って戦争することになったら、その時に立ち振る舞いを考えればいいのだ。


 ――強いてやっておくことといえば、多少給金が下がったとしても、死ぬ危険の少ない内勤になるように就活した方がいいのかな?


 ともあれ、所詮まだしがない学生でしかない以上、そんなことしか出来ることはないだろう。

 そう即座に検討した上で、ルキノはどうでもいいと思うのだ。


 ――そんなことより、今大事なことは……。


 チラリと、メグを見やる。彼女は少しだけ、不安そうな顔をしていた。だから、大丈夫だと言う代わりに、微笑を浮かべてやる。


 ルキノがメグから頼まれていることは、ほんのわずかなことだった。

 ただ、メグのそばで、彼女のことを本当に愛しているように振舞うだけ。出来る事なら、なるべく自分が優秀であるかのように見せるだけ。


 メグが何をするつもりなのか、詳しいことは教えてはくれない。

 だけど、彼女は笑って言ったのだ。


『心配なんかしなくていいよぉ。あっという間に、あたしが片付けちゃうからさ』


 だから、ルキノは彼女を信じて話すだけ。


「僕が大切なのは、メグさんと幸せになることだけです。その障害として戦争やれ魔法やれが立ち塞がるのだとしたら、その時に全力で対処するだけだ」

「それが、君みたいな若人にできるとでも?」


 挑発するように目を細めるブライアン氏に対して、ルキノは口角を上げたまま即答する。


「僕という若人だから出来ることもあるんですよ。こう見えても僕、自分の利益以外はどうでもいい主義なので」


 すると、ブライアン氏は声を上げて笑った。


「はっはっは! 君みたいな無鉄砲ながらも確固たる覚悟がある若者は、本来ならば私も好きなのだが――どうだね、ルキノ君。メグのことは諦めてもらうけど、代わりに我が社に入らないか? 経験を積み次第、ゆくゆくは僕の片腕になってもらいたいところだ」

「お嬢さんの将来のことを僕に任せてもらえるなら、ぜひ一考させていただきますが?」

「はは、君に営業させたら、素晴らしい成果が期待できそうなのに残念だよ」


 そう言って、ブライアン氏は立ち上がる。


「もっと話していたいところだがね。時間切れだ。メグ、諦めなさい」


 ルキノが時計を見やると、確かにパーティの準備を始めないといけない時刻だ。社長なりに、挨拶まわりなどやることはたくさんあるのだろう。社長室を出て行こうとする父親の背中に縋りつくように、メグが食らいつく。


「パパ、聞いて! 本当にルキノ君との結婚を許してくれないとあたしは――」

「メグ。パパだって本来ならば、君の連れてきた男に反対なんかしたくないんだよ。確かにルキノ君は立派な青年だ。だけど、それとこれとは話が別――これ以上ワガママを言うのは、勘弁してくれないか」

「パパ……」


 ブライアン氏が扉を開ける。そのあとに続いてメグが外に出た直後だ。


「メグちゃん、聞いてくれっ!」


 その野太い声にはルキノも聞き覚えがあった。ルキノとアンドレは顔を見合わせて、後から外に出る。


 すると、屈強な警備員二人に押さえ込まれながらも、タカバが力の限り叫んでいた。


「オレは、メグちゃんのことが大好きだああああああああああああ!」


 声が割れるほど全力で叫ぶタカバに、メグの足が止まっている。


「我が娘もなかなかモテるものだね」


 鼻で笑って、その場を立ち去るブライアン氏をチラチラ見ながらも、メグは動けないでいた。追い打ちをかけるように、タカバは告げる。


「ルキノみたいな口だけの奴なんかと結婚するなよ!」


 ――俺がいつ口だけだったって?


 そう言い返したいものの、ルキノもタカバの気迫に口を閉ざす。彼はいつも以上に真剣だった。


「オレはしがないパン屋の三男だし、メグちゃんに格闘で一回も勝てたことないけど、これからぜってェー強い男になるから。だから――!」

「タカバ君っ‼」


 メグが俯いて、タカバの名前を呼ぶ。彼女の握る手が震えていた。

 だけど、上げた顔はいつもの無邪気な笑み。


「ば……バカなこと言わないでよぉ。あたしがタカバ君なんかと釣り合うわけないじゃん……」


 そして、彼女は小走りでルキノのそばまで来ては、手を引いてくる。


「ルキノ君。ちょっといいかな?」


 小さな手だとは思えないほどの強い力で引かれるがまま、ルキノも足を動かした。

 背中越しに聴こえて来るのは、タカバの雄たけび。


「それでも、オレはメグちゃんのことが大好きなんだあああああああああ‼」


 首だけで振り返ると、涙ながらに叫ぶタカバの元へ、アンドレがヨレヨレと近づいていた。


「どきたまえ」


 静かに警備員に命令して、解放されたタカバをアンドレが抱きしめている。


「カッコいいぞ、タカバ氏! たとえ世界中の誰もがキミのことを批難したとしても、ボクはキミのことを尊敬するッ‼」

「アンドレ……」


 上からタカバもアンドレを抱きしめては、二人の男泣きが通路にどこまでも響いていた。


 そんな彼らを振り返ることなく、メグはルキノを引っ張りながらズンズン進む。


「ずるいよ、タカバ君……」


 しかしルキノには、彼女が小さく鼻を啜る音もまた、しっかりと届いていた。






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