これが伝説の宿題
長期休暇には、宿題が付き物だ。休みに浮かれて遊び呆けた最終日に、地獄を見る者はクラスに一人はいるだろう。そんなことを毎年繰り広げていそうな典型的な人物が、ユイの隣でガッツポーズをしていた。
「さすがだぜ、師匠! その宿題、ぜってーオレが一番乗りで報告してやる!」
燃えている。タカバが熱く燃えている。
その手に乳白色に光る細身の筒を握りしめて、教室の後ろから、前に立つナナシに熱いアピールをしていた。
「間違っても、休暇中に報告しに来るなよ。面倒だからな!」
対するナナシは、冷徹に答えている。
ユイはその光景を頬を付きながら眺めていた。
もう呆れも通り過ぎて、ため息すらでない。
仕切り直しとばかりに、ナナシが黒板をバシンと叩く。
その黒板には、また今日も理解不能な古語が流々と書かれていた。
長期休暇前、最後の授業。その課題は『魔法の剣』だった。
「では、おさらいする! この魔力拡大器は貴様ら体内のマナを動力として発動する。思いのたけをマナに籠め、力の限り叫ぶのだ!」
――何を?
そこを言及してはいけない。
それなのに、ナナシはその筒を振り上げ、叫ぶ。
「光よおおおおおおおおおおお!」
――言っちゃった……。
ブオンという発動音と共に、筒の先から光の刃が現れる。
そして、雄叫びとともに容赦なく降り下ろすと、バキッと教壇が真っ二つに割れた。倒れることなく、ふたつに分かれてしまった木製の教壇がバランスよくお互いを支え合っている。その切れ口は、遠目から見ても綺麗だった。
「では、休み明けには皆がこの光の剣をマスターしていることを心より願おう! 学生最後の長期休暇、心して楽しみたまえ‼」
そうして最後に教師らしいことを言って、ナナシは教室から立ち去ろうとする――が、
「小僧――追加の課題だ。休暇明けまでに、この教壇を直しておくように。もちろん、買い直しは許さんぞ。額にねじり鉢巻き、口元にネジをくわえながら、トンカチをトントンするのだ。証拠の写真もしっかり添付するように。それが入院ごときで私の授業をサボった分の補講だ。異論は許さん。せいぜい、苦労するがよい!」
教室中央に座るルキノにそう言い残し、高笑いを上げながら教室からようやく出て行った。
その瞬間、教室にドッと深いため息が一斉に起こる。
そして、
「休みだあああああああああああああああ!」
皆が一斉に歓喜の声をあげた。
ガヤガヤと遊びの予定だ、帰郷の予定だ、模擬就労だの、各々がこの長いようで短い休暇の夢を語り出す。
その中で、ユイは今までの疲れを吐き出しながら、机にズルズルと体重を預けていた。
――こんな阿呆な宿題出して、何がしたいのよ……。
ユイは指先で滑らかな筒をコロコロと弄びながら、項垂れる。
こんなもの、ナナシはユイに一切何も相談していなかったのだ。
そして、簡単に今調べても、これはただ伝導率のよさそうな筒――つまり、今しがたナナシが実演してみせた刃を生み出す所業は、ただの魔法ということ。
なんとなく握ってみるものの、ナナシと同じことがユイにも出来そうな気はした。
だけど、出来てはいけない――それはつまり、自分が魔法を使えると誇示することと同じなのだから。
「光よォオオオオオオオ!」
その筒をタカバが両手で握りしめ、熱く叫んでいる。だけど当たり前だが、ウンともスンとも言わない。
力みすぎて疲れたのだろう。タカバが肩で息をしながら、額の汗を拭った。
「くそォ。ぜんぜん出ねェーぞ」
その様子を見て、指を差して笑うクラスメイトたち。その中からヒイロが前に出て来て、タカバの背中をバンバン叩く。
「そんなさぁ、ただの筒から光線が出るわけないじゃないのー」
「んだとー? わかってんのかァ。この宿題、オレだけじゃねェーんだぜ?」
苛立つタカバが眉をしかめながら返すと、ヒイロがクツクツ笑う。
「だからさぁ。わかってないのがタカバだけだって言ってんの! そんな魔法を使えるようになれなんて絵本みたいな宿題が、出るわけねぇーじゃん? これを基に改造して、あんな芸当が出来るような武器を作れっていう意味に決まって――」
言いながら、チラリとユイを見てくるヒイロ。
ポカンと口を開いていたユイを見て、ヒイロの言葉が一瞬詰まった。
「へ? もしかして……ユイさんも魔法使えるようになれって意味だと、思ってたん?」
言われて、ユイの顔が赤面する。それを隠すように、ユイは机に突っ伏した。
――そうなの⁉ 普通の人たちからしたら、この宿題をそうやって解釈するものなの⁉
クスクスとした冷ややかな笑い声が、ユイに向かって突き刺さる。
その中で、豪快な笑い声が嬉しそうにユイの背中を叩いてきた。
「そうだよなァ。普通、あんな説明だけだとこう思うよなァ! 劣等種、いつも馬鹿にしてすまなかったぜ! お前はオレの心の友だ‼」
「……そんなものになりたかないわよ」
ちょっとだけ顔を上げて、か細い声で言い返すと、周りの笑い声がさらに大きくなる。
そんな中で、ヒイロがユイの机の横にしゃがんで、覗き込む。
「ユイさん、ごめんよ。でも、ユイさんならあっという間に、なんかカッケ―感じなの出来るんじゃねぇ? 終わったらさ、俺のも手伝ってよ。俺こーゆーの苦手でさ」
――えぇ、すでに終わってるようなもんですけどね!
今すぐこの能天気な頭をぶった切ってやりたいが、ユイは机に転がる筒を握ることはできない。
その瞬間に、魔法が発動しかねない気がするからだ。
――そんなこと言ったら、ナナシに『平常心が足らん!』なんて怒られるんだろうけど。
そうしてユイが動けないでいると、今度は机の前に誰かがしゃがむ気配があった。
スカートを押さえながらピョコンと小さくなった彼女が、微笑みながらユイの額をツンツン突いてくる。
「ユーイっ。長期休暇だけどさぁ、一緒にお出かけしませんか?」
「はぁ?」
その、まるで友達のような気軽なお誘いに、ユイは怪訝な顔を上げる。
「来週、あたしの誕生日でね。親がささやかなパーティを開くことになってるの! パパがぜひお友達にも来てもらいなさいって言っててさ……ユイ、どうかなぁ?」
――なんで私がそんなものに……。
ユイが半眼で見返すものの、メグの上目遣いが負けじとキラキラしている。そのあどけなさと愛らしさに耐え切れず、ユイは視線を逸らした。すると、故意ではないのだが、横にしゃがんでいたヒイロと目が合う。前と横。小柄な二人に机を囲まれ、八方塞がりなような心地にユイは窓の方へと向き直した。
今日も面白味がないくらいの晴天。休暇を祝うような青々とした空模様が、ますますユイを追い詰める。
そして、どうやってこの二人を追い払うべきかと思案していると、
「メグちゃん。それ、俺も行きたいなぁ」
ヒイロが猫なで声でメグにおねだりしている。しかし、メグは笑顔のまま「ダメ」と即答していた。
「パパからね、身分がない人は連れて来ないようにって言われてて」
「身分って……」
愕然とするヒイロをよそに、メグはニコニコと笑ったまま立ち上がる。そして小走りにタカバの傍に駆け寄っては、
「タカバ君。もしよかったら、タカバ君も一緒にどうかなぁ?」
後ろで手を組みながら、首を傾げる。
タカバは耳を赤くしながら、眉根を寄せていた。
「お……でも、オレだって大層な家じゃ……」
「パパにタカバ君んちのパンの話をしたらね、提携して新商品を出さないかって言いだして。その挨拶も兼ねてさ、あたし、来てもらいたいんだよねぇ」
「そ、そうなのか?」
「うん。そうなの!」
戸惑うタカバに対して、笑顔でメグはグングン押す。
ますます顔を赤らめたタカバが「お……おう」と答えると、「やったぁ」と小さな両手をあげて喜んだメグはクルッとスカートを翻した。
「ルキノくーんっ! もちろん、ルキノ君も一緒に行こうねぇ‼」
「え?」
教室の中心の席に座ったままのルキノが、小型通信機片手に不機嫌そうに振り向いた。
いつも通りの輝かしい金髪に、一切の曇りはない。
休暇前ギリギリに退院できたルキノが、久々に登校したのが今日だった。
朝は女の子たちに囲まれて、機嫌よく対応していたのをユイも遠目で見ていたのだが、今ではあまりの不機嫌さに、女の子たちが遠目で怯えている始末だった。
そんなルキノを、メグが笑い飛ばす。
「あははー。ルキノ君、顔が怖ぁーい」
「……君だって聞いていただろう? なんだい、僕だけのあの追加課題は?」
「なんだっけ? トンカチとんとん?」
「止めてくれ。考えたくもない……」
「言いだしたのはルキノ君じゃーん!」
項垂れるルキノに対して、メグが頬を膨らませた時だった。扉がバーンと開き、派手な少年が長い前髪をバッと払う。
「やぁやぁ、麗しのメグよッ! 長期休暇が始まって嬉しいこの時に、このアンドレ=オスカー! 爆ぜる気持ちを抑えきれずにキミに会いにきたよッ!」
「わぁーい! 鬱陶しいのが来ちゃったぁ」
笑顔のまま貶すメグの元に、後輩のアンドレが他のクラスメイトを押しのけながら寄ってこようとするも、嘆息を吐くルキノに気付いた彼が、目を丸くして立ち止まった。
「どーしたんだッ、生徒会長殿ッ! ため息を吐くと、幸せが逃げてしまうというだろうッ⁉ ま、まさか……快気祝いで盛大に祝ってあげるつもりだったんだが、先にメグへの要件を済ませてしまおうというボクの薄情さに辟易してしまったのかッ? これは何と言うことだ……このアンドレ=オスカーッ! メグへの愛もさることながら、最大の好敵手に対する最大の忠誠心を疑われてしまうとは――待っていてくれたまえ生徒会長殿ッ! 今すぐ――」
「あー……君に対してとやかく言うつもりはないから、とりあえず静かにしてくれないか。会計君」
ルキノは頬杖付きながら半眼を返すものの、それでアンドレの声量は収まるわけがなかった。
「な……スッポン料理は好みではないのかッ⁉」
ユイが呆然と顔を上げてその光景を見ていると、ユイの袖をヒイロがクイクイと引っ張る。
「なぁなぁ、ユイさん。すっぽん料理ってなんすか?」
「えーと……」
訊かれて、ユイも小型通信機を取り出して検索する。すると、ヒイロはその画面を覗き込むようにユイに顔を近づけてきた。彼のオレンジのツンツン固められた髪がベタッと顔に触れ、ユイは顔をしかめる。整髪料の無駄に甘い匂いもユイは嫌だった。
「へぇー、滋養と強壮にいい珍味なんだ。ユイさん食べたことある?」
「……とりあえず、離れてくれない?」
「何、ユイさん照れてるんすか?」
おどけて笑うヒイロを、ユイは冷たく一瞥する。すると、ヒイロはビクッと肩を竦めて後退った。
「ユイさん……ごめんっす。怖いっす」
「だったら、バカなこと言わないでちょうだい」
ユイがため息を吐くと、ヒイロが怯えた声音で言う。
「なんか今……ナナシ先生みたいだったっすね」
「え?」
突如言われたその言葉にユイは目を向けるものの、目の前にいたのは赤毛のご機嫌な少女。
「ねぇねぇ、ユイぃ。ルキノ君が嫌がっているトンカチとんとんって、そんなに大変なことなのぉ?」
「……自分で調べれば?」
そう答えても笑みを崩さずまっすぐ見つめてくるメグ。ユイは再び嘆息を付きながら検索する。
そして出てきた、ねじった細い布を頭に巻いたオジサンがラフすぎる恰好でしゃがんでいる画像を見せると、メグとヒイロが「ぷっ」と吹き出した。
「ル……ルキノ君……カッコいいねぇ……」
「ほ、ほんと……ルキノっち、絶対似合うって……」
笑いを堪えながら、かろうじて褒める二人。
教室の中心では、アンドレとルキノが未だに無駄な押し問答をしていた。
――メグに会いに来たんじゃなかったのかしら?
それでも、なんだかアンドレと話すルキノがとても楽しそうに見えて、ユイは首を傾げる。
――やっぱり、ルキノなんか変わった?
キザではなく、落ち込みながらも生き生きと話すルキノは、決して格好悪いわけはではない。それは、ごくごく普通の同級生の姿。
そんな彼からユイが目を離せないでいると、ふと耳元でメグが囁いてきた。
「ルキノ君、退院出来てよかったねぇ」
ユイがビックリして顔を向けると、
「あの時のお願い、覚えているよね? 改めて――お誕生日会、来てくれるかなぁ?」
メグは、ニコニコと微笑んでいた。




