93.アデム商会本店
商業都市ヴァナにあるアデム商会の本店は、この街の商業ギルドから徒歩数十秒という大変な好立地にあった。お陰様で迷うことはなかったものの、その佇まいにいささか緊張してしまう。
「お高級そう……」
「なんだよ、お高級って。とりあえず行ってみよう」
緊張しているイエナとは対照的に、カナタは随分と落ち着いているようだ。イエナの発言に苦笑しながらツッコむ余裕があった。
あとで理由を聞いてみたのだが「まぁあっちにも高級デパートとかあったしなぁ」というよくわからない返答だった。異世界少年、感覚がやはり謎である。
「アデム商会に何かご用でしょうか?」
いざ突撃、といったところで『待った』がかかった。
流石高級店、エントランスには目立たぬように配置されていた警備の人間がいたようだ。それも複数人。その中の一人がこちらに声をかけてきたらしい。
街の外で色々起きているからだろうか、柔らかな物腰と言葉ではあるが少し空気がピリついている気がする。
「すみません、届け物にきた冒険者です」
そう言ってカナタがロウヤからの預かり物を見せる。すると、相手は一度その荷物を預かり
「少々お待ちください」
と一礼して建物の中へと入っていった。
他にも警備の人はいるため、念のため小声でこっそり呟く。
「高級店ってそうだよねぇ」
「俺は裏口に回るべきか一瞬迷ったよ。けど、流石大手商会の本店だよな。当然のように警備の人いるんだもん」
「いかにも警備! って感じじゃなくて温和そうに見える人っていうのも配慮行き届いてる感じする……」
大手商会の警備ともなれば、やんごとなき身分の方たちと接する機会もあるだろう。そういう場合、いかにも筋肉ムキムキで威圧感バリバリな人間よりは、今の彼のような一見穏やかそうな人物の方が好まれるのではないだろうか。勿論、警備力が高水準であることは言うまでもないに違いない。
そして、アデム商会はわざわざそういった相手を選べるくらいの力がある。
2人で改めてアデム商会の規模の大きさに驚いていたところで、先ほどの警備の人が戻ってきた。
「大変お待たせいたしました。応接室にご案内いたしますので、どうぞ中へ」
「へ?」
そう言われてキョトンとする。イエナとしては届け物をしに来ただけで、応接室に通されるような用事はなかったのだが。
「精霊証書のことかも」
横でカナタが小声で話しかけてくれる。
ロウヤの届け物の中に精霊証書の話も入っていたのかもしれない。それであれば納得できなくもない。
一瞬ポカンとした表情を浮かべてしまったものの、どうにかリカバリーして何でもないような顔で案内についていった。
「ふわぁ……これはまた……」
ポートラの港町で案内されたお部屋から、更に2ランクくらい上がっている気がする。ただの一般通過冒険者の2人が何故こんな場所へ、と思わなくもないけれど、通されてしまったからには仕方がない。
せめてあちこちを汚さないようにしなければと細心の注意を払って席に着く。
宿でも感じたいい香りがこの部屋でも使われているようだが、とても香りを楽しむ余裕はなかった。
「精霊証書ってそんな大層な物なんだなぁ」
カナタも多少の緊張はしているようだが、イエナほどガチガチではない。カナタが高級慣れをしているということか、それともイエナが貧乏性なのか。
一度店の人がお茶とお茶菓子を出しに来てくれたのだが、カナタはそちらにも平然と口をつけていた。
(ううう、いつかはね、こういう風に扱われる職人になりたいなーって思ったこともあるわよ。でもいざ扱われると困る! ものすごい困る! ううう、早く脱出したいー)
名の通った職人であれば、こんな風に商人や貴族に招かれることもある、とは聞いていた。だが、見習いの頃はそんなの夢のまた夢だった。だがこうして現実になると、逃げ出したくなるとは。何事も経験してみなければわからないものである。
実は、カナタが多少なりとも落ち着いていられたのは、元の世界の生活水準がこちらよりも高めだったことによる。流石に芸術品などは比較できないが、調度品あたりだとイエナが大騒ぎしていた宿のものとほとんど遜色ない。つまり、カナタにとっては通常運転に等しかったわけだ。が、勿論イエナはそんなこと知る由もない。
居心地の悪さにイエナが脱出経路を妄想していると、部屋にノックの音が響き渡った。
「大変お待たせして申し訳ありません。イエナ様、カナタ様。ようこそアデム商会本店へ。私はシャルルと申します。この度は父と弟が大変お世話になりました」
そう挨拶をしてくれたのはジャントーニと同じような緑の髪と、ロウヤと似通った面差しの人物だった。自己紹介のあと深々と頭を下げられて、イエナは狼狽する。
「え、あ、会頭さん、ですよね。そんな、頭を上げてください」
「ありがとう存じます。ですが、お2人は商会の恩人です。少々波乱万丈だった愚弟を復活させて頂いたばかりか、父をもう一度商売の場に引っ張り出してくださったのですから」
「えぇと、たまたま、ですよ」
「そうですそうです。カナタの言う通りたまたま運が良かったというか……」
そこまで大層なことをしたつもりはない。しいて言うならギャンブラーのカナタの幸運スキルがこういった機会を引っ張ってきたのかもしれないけれど。
「まだまだ感謝をしてもし足りないところではありますが、そうおっしゃっていただけるのはありがたいことです。お2人は精霊証書と防寒具をお求めだとか。整い次第お届けにあがりますので、宿でごゆるりとお過ごしいただければと思います」
「あ、あの! 実は、街の外のことが気になってるのですが、アデム商会では何か情報はありませんか?」
シャルルの口調はよどみなく、それ故に口を挟む隙がなかった。なんとかねじ込んだのだが、慌てすぎて食い気味になった気もする。
「強い魔物が現れて、大変な状況と聞きました。イエナは色々と製作もできますし、あとポーションもいくつか持ってきています」
「ポーションを、ですか?」
カナタがイエナの補足として言葉をつづけた。その中のポーションという言葉にシャルルが反応する。
「失礼ですが、一度見せていただいても?」
「はい、勿論です」
売りにきたものを見せるくらいはなんてことない。嘘だ、採点されるようでちょっぴり緊張する。しかし、その緊張を押し隠してインベントリからポーションをとりだした。
製作手帳に書かれていた、一番オーソドックスな水薬タイプである。
シャルルはそれを無言で受け取り、何やらルーペのようなものを使ってじっくりと観察した。
「素晴らしい……」
コトリ、とポーションを置いて一言。
「素晴らしい品質です! これがあれば今怪我に苦しんでいる冒険者たちは回復するはず! もしかしたら再び戦いの場に立つことも可能かもしれません」
「あ、あの、もしかして戦況ってあまりよくないんですか?」
「詳しい情報があれば教えてください」
シャルルは一度頷いてから話を続ける。
「ヴァナの街を北上したジャロン草原のあたりに、今まで見たことのない魔物が現れました。その魔物は恐ろしく大きく、そして強いのだとか。姿形は牛型の魔物と酷似しておりますが、大きさはそこらのものとは比較にならないと聞いています。しかも、姿が大きくとも愚鈍ではなく、特に突進攻撃をされると重鎧を着た戦士であっても吹っ飛ばされ命が危ういとか……。冒険者ギルドにて、即席の討伐部隊が組まれましたが、失敗しております」
「とうばつ、しっぱい……?」
その言葉を聞いて、背中を冷たい汗が流れた。討伐の失敗ということは、挑んだ人はどうなってしまったのか。
「すでに数人の重傷者が出ている、という情報は入ってきています。その方々も、このポーションがあれば救えるかもしれません。どの程度お持ちでしょうか? 誠心誠意努めさせて頂きますので、どうぞ買い取らせてください」
街を守る熱意を持った商人が、そう断言する。
なのでイエナも誠意を持って答えた。
「いくつくらい必要ですか? 足りなければ頑張って作ります!」
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