92.めんどくさい出現条件
「イエナは前に話した大規模討伐のことを覚えてるか?」
そういえばそんな話を以前した気がする。記憶の棚から該当の話題をどうにか引っ張り出した。
「えーと、確か……ジャントーニさんのジョブの吟遊詩人について説明してもらった時の? ……まさか、それなの?」
カナタは神妙な顔で頷き、話を続けた。
「大きな魔物って言われると、真っ先に思い浮かんだのがそれなんだ。地方ごとに1匹ずつ設定されていて……この地方だと、でかい牛の魔物だったはず」
「牛……もしかして、いっぱい植物を食べちゃうとか?」
牛型の魔物は草食だが食欲が旺盛という話を聞いたことがある気がする。それが更にでかいとなれば、自然の植物だけでは飽き足らず植物系の魔物にまで手を出したとしてもおかしくない。
だから、遭遇した魔物は自力で動ける植物系が多かったのだろう。動けない種類の魔物は、きっと美味しく頂かれてしまったのだ。
謎がひとつ解けた気分だが、カナタは難しい顔のまま。
「う、うーん。俺もその魔物の生態まではよく知らないんだ。出現したらすぐに冒険者ギルド経由で大規模討伐依頼ってのが出回って、10分もあれば倒しちゃうから」
カナタの知る世界は、イエナの知る世界と色々と異なる。
それは頭では理解していたけれど、こうやって聞くとより一層その感覚が強まった。出現したらすぐにギルドに連絡が入り、ギルド員に連絡が伝わるシステムなんてどうやって構築するのだろうか。
(一番考えられるのは狼煙とか? 古代遺跡に離れた相手と連絡をとるようなものがあった気がするけど、あれって1対1の連絡だったような。それが使えたとしても、多数には無理じゃない? ホント謎だわ……)
それだけではなく、そのような大型魔物が10分もあれば倒されてしまうという事実も意味がわからない。
「あー10分っていうのは、あちらの時間で、だぞ。こっちとあっちは時間の流れがだいぶ違うみたいだから、ここは気にしなくていいと思う。あと、俺の知ってる世界の方は、全員が適正装備に適正の料理バフとかつけて、何よりきちんとステータス振ってるんだから当然っちゃ当然なんだ」
「あ、そっか。装備もステータスも違うんだったわ。……ねぇ、倒せるのかな?」
「どうだろう……。俺もそんな事態は想定したこともなかったから。そもそもなんで現れたのかが謎だし」
「? どういう意味?」
「あ、ごめんごめん。相手が今言った大型魔物だと仮定すると、何故現れたのかがちょっと気がかりで。っていうのも、この大型魔物って、出現条件っていうのが設定されてるんだ」
詳しく話を聞くと、確かに不可解だった。
カナタの知る大規模討伐対象の大型魔物というのは、自然に発生はしないらしい。何者かが意図して行動しないと、発生しないのだそうだ。
カナタがその具体例を挙げる。
「一定時間以内に特定の魔物を500匹狩る、とか。あと特定のペットを連れて出現地点をうろつく、とか」
「500匹って大量もいいところじゃない。そもそもそんなに遭遇できる気がしないわ。特定のペットって言ったって、つまりは魔物のことよね? 私たちのもっふぃーとゲンちゃんみたいな」
「そうそう。こっちじゃ魔物を連れてる魔物使いがいないみたいだから、多分無理ってことになる。大体がこんな条件だから、この世界では大規模討伐なんて発生しないと思ってたんだよ。その方が平和でいいしさ」
条件を聞けば聞くほど不可解だった。不可能と言っちゃっても良いかもしれない。
「ちなみに、今回の場合は?」
「出現地点の近くで、会心作のコーンサラダを50個作る」
「えっ……めんどっ……」
材料は、インベントリにたくさん準備しておけばできるだろう。コーンサラダの材料はほとんどが店で入手可能と記憶している。
料理スキルは日々の食事作りを引き受けてくれているカナタがメキメキと腕を上げているのを見る限り、上達はしやすそうだ。故に、会心作を作るというのも他のクラフタージョブに比べればマシだと思う。
それでも、50個も作るのはめんどくさい。
「美味しい匂いにつられてってこと? コーンサラダがそんなに美味しい匂いするかはちょっとわかんないけど……野生の嗅覚? それとも50個も作れば嗅覚が反応するってことなのかしら」
「そこまではわかんないけど、まぁ設定理由はそんなとこな気がする。だけど、どう考えてもめんどくさいだろ? だから、あり得ないと思ったんだけど……」
そこでカナタが一度言葉を切った。何かを考えているような素振りをしてから、再び言葉を紡ぐ。
「短期間に魔物500匹討伐やペットを連れ歩くよりは、まだできなくもない条件でもあるんだよな。少なくともイエナと俺が分担して作れば可能だろ?」
「た、確かに? 大量の材料があればそりゃできる、けど……それってルーム内じゃなく普通に野外で調理を始めるってことよね?」
イエナの料理スキルはそれほど上がっていない。けれど、カナタにコツを教われば2人で会心作を量産すること自体は可能だと思う。
けれど、それはルームであればの話だ。
「そうなるな。ルームは別空間扱いになるはずだから、条件には当てはまらないと思う」
野外で会心作の料理を作ろうとすれば、かなり労力がいるはず。
まず、天候。穏やかな晴天であれば問題はないが、雨の日も風の日もある。料理に雨が入ったり、風で吹き飛ばされればそれだけで今までの努力がオジャンのジャンジャカジャンだ。料理を守るために掘立小屋を作る方が心の安寧が保たれるレベルである。
更に、調理器具が野営用になってしまう。例えコーンサラダという比較的簡単な料理であっても、器具が違えば難易度がグッと上がるのは容易に想像できた。
その上魔物がいつ現れるかわからない環境だ。そんな場所で50個の会心作を作り続けるのは至難の技だろう。
「なんだか話を聞いてると、カナタの知ってる大型魔物じゃなさそうな気もする……」
「だよな。俺もここまで言っといて自信はない。あくまで可能性だ」
「ちなみに、その魔物だったとしてイチコロリで倒せる?」
「いや、無理だ。こういう特別な魔物は大概の状態異常に耐性がある。毒にも耐性があるから、クリティカルは出せても普段のようには倒せないよ。ダメージはそこそこ与えられるとは思うけど」
「なるほど。そこまで美味しい話はないのね」
「俺がイチコロリで倒したらそれはそれで問題じゃないかな。何せここまでおおごとになってる魔物を一撃で倒すってことだから……」
「目立つのはんたーい! とはいえ、何かできることあればしたいわよね」
快適カタツムリ旅を脅かす行動は慎むべきである。だが、それはそれとして、何かできることがあればしたい、というのが人情だろう。
「じゃあまずはアデム商会に届け物に行こうか。大きな商会だし、きっと色々情報も入ってると思う。不足物資があればイエナが作ることだってできるだろうし」
「あ、それもそうね。緊急事態ならポーションとか麻痺治しとかも放出しちゃっていいかもしれない」
「あの牛だったら麻痺は使ってこない、かな? 突進の威力がヤバイ感じだから……まあ無難にポーションか?」
そんな話をしながらインベントリの中身を整理する。
いらないものはルーム内にとりあえずポイだ。緊急事態なので、ちょっとばかり乱雑でも許してほしいところである。
癒しのモフモフたちにも事情を説明することも忘れない。
「夜にはきちんと帰ってくるつもりだけど、万が一遅くなったらあっちに置いてある非常用おやつ食べていいからな?」
「食べすぎたらダメよ? じゃあ行ってくるね、もっふぃー、ゲンちゃん!」
普段用の果物と、万が一を考えて別の場所にも非常食を置いておく。
「メェッ!!」
「めぇ~~~」
今後ルームを出す余裕すらもなくなるかもしれないので、非常食は多めに置いておいた。2匹のモフモフは可愛い上に賢いので、うっかり食べすぎる、ということはないはずだ。たぶん、きっと。
元気な鳴き声に背中を押され、イエナたちはアデム商会へと向かった。
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