91.お高そうなお宿
魔物に襲われていた商人を助けるために成り行きで戦うというアクシデントはあったものの、イエナたちは無事商業都市ヴァナに到着した。
堅牢な壁と門がある都市だが、今回に限り中へ入る際の細かなチェックはない、と門番から説明があった。現れた大型の魔物を速やかに討伐するために、退治に来た冒険者と物資を届けに来た商人はフリーパスで通す、と市長が決めたのだとか。
「なんていうか……凄い状況だね」
「だな。前もって宿に紹介状くれたロウヤさんに感謝しないと……泊まれれば、だけど」
都市の中は様々な人でごった返していた。重そうな剣を腰に下げたいかにも戦士風の男や、逆に男女の別もつかないほどきっちりローブを着こんだ魔法使いらしき人物。人種は様々だが、皆忙しそうにしている。商業都市だというのに、店を見て回るような人影はほぼ見かけなかった。
空気もピリついており、緊急事態であることが窺える。
「あぁそうか。討伐に向かう冒険者でミチミチかもしれないものね。じゃあ先に宿に行っとく? 泊まれなくなったら困るし」
「そうしようか」
ロウヤがくれた紹介状を取り出して、場所を確認しながら歩くこと数分。到着したのは妙にキレイに見える宿だった。
メインストリートに面していながらアプローチを長くとり、生垣など植物をふんだんに配置することで喧騒からの隔絶を演出している。まぁ要するに、一言で言うと……。
「「高そう」」
イエナとカナタの声がピッタリと重なった。
特別華美というわけではない。けれど、立地や佇まいから感じられる品の良さが、ただの冒険者である自分たちが入っていいのかと躊躇わせる。
何より、いつも泊まっている宿と違って宿であるという自己主張たる看板やお値段が書いていないのだ。
「でも、折角紹介してもらったし、ねぇ」
「そうなんだよな……俺ら安宿でいいのに……」
ルームがあるから、宿は最低限の安全保障があればそれでいい。それが2人の共通認識ではあるのだが、今回ばかりは認識をかなぐり捨てるしかない。
根が一般庶民である2人としては、切り詰められるところは切り詰めたいが、何しろ散々お世話になった、且つ現在も依頼を受けているロウヤの紹介なのだ。
腹を括って、紹介状を手に宿の入口を潜る。
「こ、こんにちはー」
宿の中は、やはり今までとランクが違った。お高そうな壺やら芸術的なのだろう絵画が手の触れる位置に当たり前のような顔で飾られており、しかもなんだかいい匂いがする。
(柑橘系で爽やかさを出しつつ、ちょびっとスパイス系もかな? まだ入口なのにもう香りまでオシャレとか……ど、どのくらいのお値段なんだろう、こわい)
入口で怖気づいていると、すぐさま係の人がやってきた。
ただ、その表情はちょっと申し訳なさそうである。
「大変申し訳ありません、お客様。市外に大型の魔物が出没しておりまして、現在一般のお客様をお泊めすることが……」
「あっはい! そういう事情ならもう! ね、カナタ!」
「うん。緊急事態だからシカタナイ」
一応訪問はしたが緊急事態だったので泊まれませんでした、という言い訳がこれで立つぞ、とばかりに撤退しようとした2人。カナタに至ってはカタコトになっている。
だが、係の人はイエナが手に持っていた紹介状を見つけたらしい。
「おや、それは……紹介状でございますね。失礼いたしました。拝見させていただいてもよろしいでしょうか」
「あ、はい……」
こうなってはもう逃げられない。いや、悪いことをしているわけではないので逃げなくてもよいし、堂々としていればいいのだが、なんというかこう、心情的に。
観念して紹介状を渡す。
「これはこれは。ロウヤ様のご紹介でしたか。今すぐご用意させていただきますので暫しお待ちくださいませ」
そう言うと受付の人は一礼して奥へと引っ込んでしまった。
「無理しないでいいのに……」
「こういう時のために、普段から数室空けてるんだろうな。そういうところも、高級店って感じ……」
「お値段……」
「考えるのやめといたほうがいい。無心になって払うんだ」
ロウヤはイエナたちの懐事情はよーくわかっているはずである。無茶な金額でないことだけは確信できる。小市民であるイエナが、お財布からその金額が出て行ってしまうという事実に卒倒しそうになるだけで。
ちなみにだが、イエナとカナタのお財布事情は「イエナ・カナタ・共有財産で三等分にし、共有財産をイエナが預かっておく」ということになっている。高額な素材に出会ったときに、すぐさま決断できるように。当然ながらここの支払いは共有財産から。つまりイエナが支払うことになるわけだ。
金額が、とても怖い。
「大変お待たせいたしました。こちらへどうぞ」
程なくして、先だっての係の人が戻ってきた。案内されたのは、身構えていたよりかは普通の部屋だった。
もちろん、普段の数倍豪華ではあるのだけれど。
「緊急事態故このような部屋になってしまい誠に申し訳ありません」
「いえ! すごく良いお部屋で嬉しいです、ありがとうございます」
「俺たち普通の冒険者ですから、とてもありがたいです」
イエナもカナタも間違いなく本心だ。実際、いつもの2人であれば泊まろうと考えもしないだろう部屋である。
まず大きめのベッドが2つある。しかも衝立がきちんと用意されており、男女パーティへの配慮もバッチリだ。そしてカナタには嬉しいであろう大きめの浴室も完備されており、独立した洗面台まである。また来客を告げるベルが設置されており、イエナお手製の防犯グッズは出番がなさそうだ。セキュリティがとてもしっかりしており、冒険者にとっては破格もいいところである。
もし、今が緊急事態でなかったらどんな部屋に案内されていたのか。想像するだけで怖い。カタツムリになってルームに籠もってしまいたい気持ちになることは間違いないだろう。
「そうおっしゃって頂けて恐縮です。お食事に関しましては併設しておりますレストランをご利用ください。お申し付け頂ければお部屋にお届けもできますが、いかがいたしましょうか?」
「あ、いえ、自分たちで向かいますので。丁寧にありがとうございます」
「さようでございますか。では、ごゆるりとお寛ぎくださいませ」
また一礼をして、係の人は部屋を出ていく。
パタンとドアが閉まったのを見届けてから、2人は揃って大きく息を吐いた。
「つ、疲れた……何もしてないのに緊張疲れした」
「まだやるべきことが残りまくってるのにどうしような、これ。いつもの旅の倍疲れた感じがする……」
思わず座り込んだ床はフカフカのカーペットが敷かれている。高そうな宿だとわかった時点で靴の泥なんかは落としたつもりだが、それでもいたたまれない。正直このカーペットの上なら寝れそうだ。
「ちょっとだけ休憩する?」
「いや、体力的にヤバいわけじゃないから動こう。あ、でも無事に宿は確保できたわけだし、イエナの装備だけでもルームに入れていいんじゃないか?」
「あ、そうよね。それに私のゴチャゴチャなインベントリも一旦ルームに出しちゃおう」
「じゃあそっちは俺が整理しとくよ。……緊急事態だっていうし、もしかしたら薬系の需要あるかもしれないな。持ってくか?」
「あ、確かに。じゃあロウヤさんの依頼こなしがてら、持ち込んでみようか。って、そうだそうだ。カナタに聞こうと思ってたんだけど、今回のその大きな魔物? って何か心当たりある?」
今までは周りに人がいたため、迂闊に聞くことはできなかった話題だ。
異世界から来たカナタであれば、この異常事態はどうして起こったのかわかるのではないだろうか。そんなイエナの考えは、見事的中したようだ。
「……あまり考えたくはないけど、ひとつだけある」
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