90.成り行き人助け
「多いわね」
「多いな」
商業都市に向かう道中。イエナとカナタは似たようなセリフを口にしていた。
それもそのはずで、魔物の数が多いのだ。幸いなことに倒せないような強敵はいないのだが、それでもやはりおかしい数である。
備えておいてよかった、と心から思う。
今イエナは新兵器を装備していた。と言っても、専用武器を作り上げたわけではない。ポイズンスライムとの戦いでボツとなった、腕に装備するタイプのパチンコである。あのときと違うのは、セットする玉だ。
「特製『目に沁み玉』くらえー!」
そんな掛け声とともに、イエナは向かって左の敵に特製ボールをパチンコでぶつける。中身はその辺の雑草の中でも苦みとえぐみがヤバかったやつ、それから、塩。目に入れば痛いわ沁みるわで大変なことになるし、口や鼻から入っても同様になること請け合いだ。何せ製作中にうっかりイエナ自身が吸い込んでしまったのだから、効果のほどは折り紙付きだ。
本当はここに香辛料も入れたかったのだが、カナタから「もったいないから!」と止められてしまった。いつか香辛料を大量にドロップする魔物と出遭ってみたいところである。勿論、倒せるレベルという条件付きで。
「ネーミングセンス……いや、いいか」
ボソリと呟いたカナタは向かって右から順番にイチコロリを打ち込んでは倒していく。魔物の集団に出くわした際にどうするか、というのを事前に決めておいた甲斐があった。
作戦はシンプルで、イエナは向かって左から足止め。カナタは反対に右から倒していくというもの。とりあえず足止めしておけば順番に倒せるし、数が多すぎれば撤退だってできる。今のところ、撤退せずに全て撃退できているけれど。
イエナにはカナタのような幸運はない。だが、器用さのステータスはかなり高いため、魔物の顔面付近に当てるだけなら可能なのだ。
そうしてなんとか集団戦を乗り切る。
「ねぇ、ここまでくるとハッキリ『異常』じゃない?」
「だなぁ……」
ヴァナの都まであと少し。堅牢そうな壁の一部はもう見えているくらいなのだが、これは異常事態だと言える。通常、町や村に近ければ近いほど、魔物の数は減っていくものなのだ。大陸一の商業都市と呼ばれるほどの大きな街であればなおのこと。
それなのに、魔物の数は減るどころか増えている。
「ヴァナも近いし、ちょっと早いけどもっふぃーたちには一旦ルームに帰ってもらおう? で、街道を歩けばもしかしたら誰かと会って話聞けるかも」
「情報収集ができるとは限らないけどな。そうするか」
今はイエナもサポートする装備を整えたことでなんとかなっている。だが、魔物が増えてしまえば流石にどうにもならない。
遠距離攻撃が2人のパーティというのはだいぶ珍しいかもしれないが、これから向かおうとしているのは安全な都市部への街道。普段であればこのくらい軽装の2人組もいないことはないだろう。
そうと決まれば一旦ルームへと引っ込む。
大活躍してくれた2匹のモフモフたちを労ってから、戻ってきた。
「やっぱり徒歩だとスピードがね、遅いわよね」
「ゲンたちに感謝だなぁ。いっそのことペットの情報オープンにしてしまってもいい気もするんだけど……いや、やっぱだめだ。目立ちたくない」
「セイジュウロウさんの話聞いちゃうと、どうしてもねぇ……」
セイジュウロウの話は人魚の村を出たところでカナタから聞かされていた。転生者の知識で素晴らしい功績を残したセイジュウロウは、目立ちすぎたせいもあり陸を捨てている。人魚の村での暮らしは悪いものではなかっただろうけど、やはり誰かに追われるかもしれない、という状況は心が休まらなかったのではと思ってしまう。
異世界出身であるカナタも、カナタから知識を得た珍しいハウジンガージョブのイエナも、その能力を欲しがる人はいるだろう。やはり、カタツムリ旅は安心安全をモットーにしていきたいところだ。
「街道に出ると、少しはマシっぽいな」
「そうね、少なくともひっきりなしって感じではなさそう。まぁそれは移動速度が遅いせいもあるかもだけどね」
もっふぃーたちに騎乗している間は、ひっきりなしと言っても過言ではないほどに魔物と遭遇していた。種類も数も様々で、やはりその傾向は読めなかったけれど。
とりあえず、イチコロリが効かない相手がいなかったのは不幸中の幸いだった。ドロップ品もかなり大量に溜まっている。
「道が開けてきたわね。あともう少しってところかしら」
歩くこと数十分。その間に魔物と遭遇したのは4回。いずれもイチコロリで一撃の単体での登場だったため、特に問題はなかった。
そうこうしている内に、堅牢そうな壁と門が視界に入る。もう少し歩けば到着だ、と安堵していると、突然カナタが後ろを振り向いた。
「……イエナ、後ろ警戒!」
「!?」
言われてすぐに武器を構えながら振り返る。そこにはものすごい勢いで向かってくる馬車が見えた。
「ど、どいてくれー! 助けてくれー!」
泡を吹きながら走る馬と、思わず「どっちやねん!」とツッコみたくなる相反したことを叫びながら迫りくる御者台の男。そしてその荷台には魔物が迫っていた。
「ソクラッテか!? あれ、あんまり攻撃性高くないはずなのに」
「でもさっき私たちも襲われたじゃん! 助けられそう?」
ソクラッテというのは通称「走る木」だ。無数に枝分かれした根が多足虫の様に蠢いて植物系の魔物にしては高速で動き回ることで有名である。
残念ながらソクラッテには明確な呼吸器官はないようで、イエナの足止めは役に立たない。だが、イチコロリの毒は効いたはずだ。
「馬車が邪魔だけど……なんとかいけるか!」
言いながらカナタが毒針を発射する。きちんと上げていたステータスと、日頃の訓練の賜物か。普段よりも激しく動き回る相手にもカナタはバッチリクリティカルを叩きだしたようだ。
攻撃されたソクラッテが苦し気にもがいたあと、ドッと倒れこむ。そして地面にはやはりドロップ品が落ちた。
同時に、爆走していた馬が止まる。というよりも、どちらかと言えば馬が疲れてしまったように見えた。
「大丈夫ですか?」
「あ、あぁ。助かった、ありがとう。もしや君たちも商機を狙ってきたのかい?」
ピンチから脱した男がペコリと頭を下げてそんなことを言ってくる。商機という言葉を口にしてるし、なんか羽振り良さそうな印象だしで、きっと彼は商人なのだろう。確かに商業都市なのだから商機はいくらでも転がってそうだが、なんというか、そういう漠然とした話ではないようだ。
不思議に思ってイエナは問い返す。
「商機、ですか?」
「いや、徒歩だし違うか。良かったら礼代わりに乗ってくかい? もっともこの馬が疲れちまっててゆっくりになるがね」
「あ、ありがとうございます。是非」
「助かります」
好意に甘えて馬車に乗せてもらう。馬車内は荷でだいぶ狭かったが、なんとか2人乗り込めた。
「しかし、狙ったワケじゃないなら君たちも不運だったね。今ヴァナの向こう側の草原で、ドデカい魔物が暴れているらしいんだ。私はそれの応援物資を持ってきたんだよ」
「ドデカい魔物、っていうと……? この辺りにそんなのいたかしら?」
カナタと一緒に魔物の情報は一応頭に入れている。冒険者ギルドから貰った情報なので信憑性はあるはずなのだが、その中には大型の魔物の情報はなかった。一番大きくて、トレントが育ちすぎたエルダートレントくらいだろうか。
「あぁ、なんでも冒険者グループをぶっ飛ばしたデカイヤツらしい。このあたりはそこまで強い魔物はいないから、強い冒険者も少なかったんだろうけど……冒険者ギルドでも商業ギルドでも招集がかかってるんだ」
「そんなことが……」
「もしかして、ソイツのせいでさっきの奴ら逃げてきてる、のか?」
「だろうなぁ……。私も準備不足だったよ。早馬でさっさと支援物資を届けるつもりだったんだが、街道にまで影響が出てるとは……。すまないがまた現れたら頼むよ。ドロップ品は勿論君らの物でいいし、短い時間だが正当な護衛報酬も払うと約束しよう」
「それくらいならお安い御用です」
カナタが即快諾する。イエナとしても異論はなかった。
それにしても、突如現れた大型の魔物、とは。本当はカナタに色々と聞いてみたかったけれど、商人の手前話すことができなかった。
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