88.イキマモリの秘密
ポートラの港町の冒険者ギルドにてアダム商会からの指名依頼を受け、イエナたちは商いの都ヴァナへと旅立った。
その夜のこと。
風呂上りのイエナはリビングにいるカナタの元に突撃していた。
「カナタ、聞いて!! 今、大丈夫?」
「料理の仕込みも終わったし、大丈夫。なんかいいことでもあった?」
ちなみにだが、カナタは最近夜の時間は料理の仕込みの他に体を鍛えているらしい。らしい、というのは本人が何も言わないのでイエナの憶測だからだ。
お風呂の時間を寝るギリギリにして、腕立てなんかをしているのを目撃している。最初はなんでリビングで? と首を傾げたけれど、よく考えたら彼の部屋は最低限の広さしかなかったからだと思い直した。だから最初に提案したのに、と思いつつも、密かに努力している姿をイエナはひっそり応援していた。
「え? なんでいいことってわかっちゃったの?」
「えらい声がはしゃいでるから」
「うっ確かにはしゃいでたかも。で、でも内容まではわからないでしょ?」
「そりゃあな。で、何かいい感じの製作したのか?」
イエナが喜ぶことと言えば製作だろう、とアタリをつけられている。図星なのが悔しいところだが、今回ばかりは喜びが勝ったので素直にピースサインをつけて報告した。
「そうなの! イキマモリ完成したよ! さっきお風呂で実験したから、性能もバッチリ」
そう言ってゴソゴソとポケットから作りたてホヤホヤのイキマモリを取り出す。
これにはカナタも驚いたようで口をあんぐりと開けていた。
「えぇ……早くないか? だって、人魚の村出発したのついこの間じゃ……。あ、でもだから今日風呂長かったのか」
ここは誤解のないように言っておきたいのだが、イエナのお風呂時間が短いわけでない。カナタが長すぎるのだ。
だが、この主張をするよりももっと報告したいことがある。抗議するのは次の機会にしておこう。
「ふっふっふ。驚くのはこれだけじゃないんだなー」
「まだ何かあるのか? もう完成してるってだけで十分ヤバイと思うんだけど」
「なんと! イキマモリの仕組みを解明しました!」
「仕組みを……解明?」
イマイチピンと来てない様子のカナタに、イキマモリを見せる。イエナが先ほど作った物と、見本にと貰った物の2つをテーブルに並べる。
「イキマモリって装備した人を薄い空気の膜で包むのだけれど、それがどうやらこの貝の模様にかかっているらしいの。このメインの貝以外は、それらの働きを増幅させる効果みたいなのよね」
「貝そのものじゃなく、模様が大事?」
貝殻が成長していくに連れて、年輪のように模様が刻まれていったのだろう。それがたまたま空気の膜を作ったらしい。ただ、自然にできた模様だけでは不完全なこともある。それを他の素材で補ったのがイキマモリの始まりなのだとイエナは考えている。
「勿論素材として効果を発揮しやすい、しにくいとかはあると思うわ。でね、この模様をキレイにトレースできれば……って考えたワケ!」
「あー……やりそう。解明できたあと、手あたり次第に実験してそう」
行動をバッチリ読まれている。
「ううう、なんでバレるのー」
言いながらイエナはインベントリに隠し持っていた実験成果をバラバラとテーブルの上に出した。
その数、ざっと20種類。あからさまにボツだったものは除外している。
「……うわあ」
カナタが若干引いたような気もするが、構わずに話を進めることにする。
まずはビチャビチャに濡れた紙や布を指さした。
「色々試してみたんだけど、まず水に潜ることを考えたら紙や織物にインクで書くというのはやっぱり効果が薄かったわ。っていうか実験中溺れかけちゃった」
水に浸かった瞬間はまだ効果があった。だが、その後インクが水で滲んだようで、イキマモリの効果がすぐに切れてしまった。
効果が切れるということは、吸えていた空気がなくなるというわけで。なかなか苦しかったし、なんなら目も痛かった。
「風呂で溺れるなよ……。ていうか、そういう時はちゃんと声をかけろって。マジで溺れてからじゃ遅いぞ」
「ごめんごめん、気が逸っちゃって。今度からは実験するときはちゃんと言う」
正直言えば、風呂で溺れるとはイエナも思っていなかったのだ。この点は大いに反省すべきだと自分でも思う。たかが風呂、されど風呂である。
同じように何か実験するときはカナタにも相談すべきだ、ということは頭の隅に置いておきたい。なお、製作に夢中になっているときに、頭の隅に置いてある注意事項に目が向くかは別問題である。
「で、続きね。やっぱりこの模様って、インクで書くだとちょっと効果が薄いみたい。インクという素材自体が向かないのかは実験を重ねないとわからないんだけど。それより、何かに刻む方が相性が良かったわ」
「確かに書くよりは刻む方が、本来の貝とも近い気がするな。でも、かなり複雑な模様だよな。……まぁ、イエナならいけるのか」
「それが結構苦戦したんだってば」
見本となるイキマモリは1つ。
恐らくだが、長老様もイキマモリの秘密はメインの貝の模様にある、とまでは知らなかったのだろう。材料はわかってるから、それらを全部渡せばイエナが勝手に完成させるはずだ、くらいの。人魚らしい大らかさが感じられる。
貝殻は自然の産物である。故に、似通った模様に育つとしても、全く同じになることはない。もう1つイキマモリがあれば、2つのイキマモリに共通する模様をピックアップすることができた。だが、手元にあるのは1つなため、どれが重要なラインなのかを見極められなかった。
「で、一番出来が良かったのがコレ」
手のひらサイズの金属板に、貝の模様を平面化して刻んだものを指さした。
「おー。すごいな。でも、持ち歩くにはちょっとデカイか?」
「まだ試作段階だからそこは改善できると思う。もっと模様を細かくしたり、簡略化っていうか、必要のないラインを消したり。そもそも素材をもっと薄くて軽いのに変更もできるはず。……そうなると素材と模様の相性から考えなきゃだから、うーん……」
1つ改良すると、今度はまた別の問題点が出てくるのはよくあることだ。
他にも空気の膜を作るという点から考えれば、風属性の素材と相性が良さそうだ、と推察することもできる。それらが手に入れば実験の幅はまだまだ広がるはずだ。
「まだまだ改善の余地はたくさんあるってことだな。そういや、イエナって裁縫? 編み物? も得意だよな?」
「え? うん、それなりに一通りはできるよ」
「素人考えだけど、そういう刺繍だったり、模様を最初から編んだ布だったりはできないかな? それができたら、イキマモリの効果を持つTシャツなんてのができそうなんだけど」
「カナタそれグッドアイデア! やってみるわ!」
やはり相談する、というのは良いことだと思う。自分一人だと気が付かなかったアイデアが出てくる。
イエナは大元が固い貝という素材だったことから、模様を書くか刻むという考えに囚われていた。固定観念というのは恐ろしい。
カナタのお陰でまだまだ色んな実験ができそうだ。
「人魚たちの秘伝がほんの数日で解明されてしまうとはなあ……」
「んー、なんかもっふぃーに乗ってるときって、色々アイデアが浮かぶのね。騎乗中は危ないからメモできないのが玉にキズだけど」
愛しのモフモフは撫でてヨシ、モフッてヨシ、そして乗ってヨシなのである。素晴らしいペットだ。
「そういやどっかで聞いたことあるけど、馬の上とか移動中って良いアイディアが浮かびやすいらしいな。そういうことなのかも。とはいえ、夜更かしはほどほどにな? もっふぃーの上で寝たら転げ落ちて怪我どころじゃ済まないぞ」
良いアイデアを貰ったのでこれから思い切り試作に耽ろう、と考えていたのがバレていたのか、しっかりと釘を刺されてしまった。
「うっ……ワカッテマース」
「消灯時間くらいに声かけにいくよ。大発見お疲れ様」
「ありがと。じゃあもう少し頑張ってくるわね」
カナタの労いの言葉に、イエナはいそいそと製作部屋に向かったのだった。
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