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87.精霊証書

「この港町ポートラから北西の位置に、商いの都ヴァナという都市があります。実はそこへ届けたい物がありましてね」


「届け物、ですか?」


「えぇ、冒険者の依頼にもよく見かける宅配依頼となりますね。引き受けていただけるなら勿論正規の報酬をお支払いすることをお約束いたします。加えてお2人には少し耳寄りな情報を」


 耳寄り情報、と言われてちょっと身を乗り出す。


「ヴァナはこの大陸で最も商業が盛んな都市です。ここで手に入らないものはないと言う者もおりますね。そこには我がアデム商会の本店がありましてね。貴方がたにご入り用なものがあれば手配できるでしょう」


「今必要なものと言うと防寒具だな」


 カナタの言葉にうんうんと頷く。その他にも、イエナの脳内には欲しいなと思っていた素材がいくつも思い浮かんだ。


(そんなに大きな商業都市なら、ちょっと良い鉱石とかも手に入るかしら。やっぱり私専用の武器とか、そうじゃなきゃ護身具とか欲しいもの)


 今までの戦闘はカナタと2匹の頼れるモフモフたちでなんとかなっていた。けれど、今後もそれが通用するとは限らない。せめてきちんと自衛できるくらいの武器なり、護身具なりが欲しいと思うようになっていた。


「そうですね。あの都市であれば一般的な防寒具は一通り揃うかと。それと、私からお2人にお勧めしたいものがあります」


「おすすめ商品?」


 そういえば今まではイエナたちが売り込むだけで、ロウヤから何かを勧められたことはなかった。デキる商人がわざわざ勧める品、ちょっと気になってしまう。


「『精霊証書』というものをご存じですか?」


「いえ、ちょっとわからないです」


 この世界において知らないものはないんじゃないか、とさえ思えていたカナタが首を振る。カナタにも知らないものがあるんだ、と思いつつ、イエナも首を振った。


「私もわからないです」


「『精霊証書』とは魔法がかかった契約書のことを言います。もし契約内容を破った場合は証書に宿った精霊がペナルティを与えるのです」


 世の中には便利でちょっと恐ろしいものがあるのだなぁ、と思わず感心した溜め息が漏れた。

 ただ、ロウヤが勧めてきた意図がわからず、尋ね返す。


「あの、ロウヤさん。私たち、そんなすごい契約書が必要なほど商売をするとは思えないんですが……」


 確かに今回はたまたま大きな商売の話になったが、こんなことはレア中のレアだ。いくらカナタが高い運のパラメータを持つギャンブラーだからって、毎度こんなことにはならないはずだ。……たぶん。


「この証書は商売だけに限らないのですよ。何かの取り決めをし、それを精霊が保証するのです」


「商売のことだけではなく、取り決めに効果を発揮する? ……う、うーん?」


 そう言われてもイマイチピンときていない2人に、ロウヤは具体例を示す。


「例えば、お2人は今回の人魚の村での活躍をあまり人に知られたくない、とお見受けしましたが……」


 指摘されて2人とも大きく頷く。

 それを見てから、ロウヤは話を続けた。


「けれど、そうした実績がある、と知ってもらった方がすんなりと活動できる場合がありますよね。ただ、その実績は秘密にしておいてほしい。そういった場合にもこの証書は使えるのです」


「それはそうでしょうけども、そこまでしてやりたい活動ってあまりない気が……」


 説明はしてもらえたのだけれど、やはりピンとこない。基本的に安心安全なカタツムリ旅が続けられればそれでいいのだし。


「では、こういった話はいかがでしょう? 冒険者の2人パーティーというのは、ないわけではございませんが、なかなか珍しいのでは?」


「あーまぁ、2人だと補い合える範囲って狭くなりますから、普通はそうかな、とは思います」


 カナタが言葉を選びながら慎重に答える。

 やはりそこは違和感を持たれていたのだなぁと実感した。その上で、問い質すことなくアドバイスまでくれる優しさに頭を下げるしかない。


「私としては、お2人はパーティーメンバーを増やす気はないのだ、と推察しております。冒険者ギルドでもパーティー募集の欄は全く見向きもしていなかったとか」


「待ってください、それどこで情報を仕入れてるんですか!?」


 気配察知スキルを持っているカナタが焦って問いかける。カナタに気付けないのであればイエナにはお手上げだ。


「情報は商売の種になることですから。ただ、お2人に注目している方は多くないとは思いますよ」


 ロウヤにニコリと微笑まれる。付け加えられた情報に多少安堵するものの、言い換えればアデム商会には注目されているわけで。


(……ルームのこと、バレないといいんだけど。あ、でも単純に冒険者ギルドの人たちから話聞いただけ、ってことはあるか。とりあえず、ルームを出すときは今まで以上に慎重になろう)


 よくよく考えてみたらルームだけじゃない。カナタの素性や、今回手にしたイキマモリのことも。モフモフたちのことだって、知られればまずいことになるかもしれない。こればかりはロウヤを信用するしないという問題ではないのだ。


「とまぁこのように、他言しないで欲しい、という契約にも利用できるのです。少々値は張りますが、今のお2人にはさほど難しい金額ではございません」


 確かにイエナたちには秘密にしたいことが山ほどあるし、何より目立ちたくない。今回の場合は最初に出会ったリエルが既に転生者やハウジンガーなどの知識を持っていたため、さほど問題にはならなかった。海底にある人魚の村、という特殊な環境にも救われたかもしれないが。

 けれど、この先、誰かの助力が必要になる日が来ないとも限らない。そんなときにその『精霊証書』があれば他言無用の約束ができるかもしれないのだ。


「確かに。あると何かと便利そうですね」


 とカナタが納得したように答えた。


「ヴァナにある本店であれば、取り扱っておりますので是非お買い求めいただければと。では、こちらの依頼も受けていただけますでしょうか?」


「はい、勿論! 何を届ければいいんですか?」


 どうせ行くならば依頼もこなした方がお得だ。それに、耳よりな情報をくれたロウヤに少しでも恩返しがしたい。


「では、今から用意いたしますので少々お待ちください。……そうですね、冒険者ギルドに指名依頼として出しましょうか。その方がギルドでの実績にもなるでしょうし」


「そんな……いいんですか?」


 イエナたちとしてはその方が正式な依頼として実績になる。だが、ロウヤとしてはギルドを経由する分、料金が高くなってしまうと思うのだが。


「商人ですので、きちんと天秤は平らにしておりますよ。では少々お時間をいただきたく存じます」


 イエナの心配をロウヤは柔和な笑みで受け止め、そのまま退室していった。


「えぇと……?」


「商売の世界では『きちんとした取引』のことを天秤で表すのです。商売は相手あってのこと。どちらかが利益を貪るのではなく、お互いに納得できるように天秤は平であるべき、と。ロウヤ様は貴方がたに依頼を出すことで、不利益を被ることはない、と言われたのだと思います」


 唐突に出てきた天秤の話に、?マークを浮かべていると、モーブが解説してくれた。


「商売用語みたいなものでしたか。教えてくださりありがとうございます」


「いえいえ」


 流石のカナタも商売の用語までは知らなかったらしい。感心しながら礼を言っている。


「お2人はヴァナへ行かれるのですねっ! あそこはこの町とはまた違った熱気があって良いですよ。果たして2人の旅人はそこで何を見るのか……物語の始まりのようでワクワクしますねぇ」


 今まで大人しくしていたジャントーニが唐突にリュートをかき鳴らす。まさか今のやり取りだけで何かインスピレーションを得たとでも言うのだろうか。


(まぁ確かにワクワクはするけどね。何に出会えるかってのは旅の醍醐味だもん)


「あ、本店があるってことはジャントーニさんはもしかしてその都市で育ったんですか?」


「えぇ、その通りでございます!」


「じゃあ、ちょっと都市の様子とか聞いてもいいですか? 近づかない方が良い場所とか……」


「勿論! このモーブが全て答えてくれますとも!」


「そこはジャントーニさんではないんだ」


 ちょっとガクッとしながらも、カナタは2人から情報収集を始める。質問にはモーブが的確に答えてくれていた。

 ジャントーニの幼少期の話も交えつつ、粗方聞き終わったところでロウヤが優雅な足取りで戻ってきた。


「お待たせいたしました」


 そう言って彼はヴァナの宿屋の紹介状を差し出してきたのだった。

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