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86.陸と海の交易状況確認

 アデム商会の建物までついていくと、何やら豪華なお部屋に案内された。

 確かに、イエナたちは大口取引を紹介した身ではある。なので、こういった部屋に案内される、というのは理解はできるのだ。

 だが、心情は別。

 イエナは一般家庭に育ったごく普通の人間であると自負している。要するに、なんか高級そうな物があちらこちらにある部屋は大変居心地が悪い。


(うっかりぶつかって壊したらどうしよう……)


 ちなみに、カナタは意外と落ち着いている、ように見える。彼はポーカーフェイスが得意なのか、それとも異世界でお坊ちゃんだったのか。イエナとしては、異世界の価値基準が違いすぎて豪華さがわからないに一票を投じたい。


「ようこそお越し下さいました! どうぞ我が家のようにおくつろぎください! そしてあわよくば今までの旅の話なども是非」


「坊ちゃん、本音が駄々漏れでございます」


 ツッコミを入れたのは先ほどからまめまめしく動いてくれているモーブだ。お茶やお茶菓子を出してくれたり、「ロウヤ様に使いを出しましたので」と言ってくれたので連絡係もしてくれているようだ。流石ジャントーニの秘書係、といった感じである。


「しかし君も聞きたいだろう?」


「興味がないといえば嘘になりますが、無理強いはよろしくないかと」


「そうだろう、君も興味があるだろう! して、お2人は今までどのような旅を!?」


「え、えー……と」


 ジャントーニの勢いに押されそうになるが、果たしてどこまで喋っていいか非常に難しい。特にジャントーニは歌にする気満々なので、下手に喋ってしまうと歌にされ大陸中に広まる恐れがあった。

 どうしたものかと悩んでいると、先にカナタが口を開いた。


「すみません、先に人魚たちとの交易の状況について伺ってもいいですか? 場合によっては連絡しに戻らなきゃならないかもなので」


「人魚の皆様がたの歌は素晴らしかったですねぇ! えぇ、彼女たちに不利益があっては大変! ……どうなのでしょう、モーブ?」


 人魚の話題を出すとジャントーニの食いつきがものすごく良かった。彼女たちの歌のお陰で復活できたという思いがあるのかもしれない。

 ただ、やはりジャントーニは商売に関しては興味がなかったらしい。心配はしているが、把握はしていなかったようでモーブに話を振っている。


「私も詳しくは存じておりませんが……交易そのものは順調と聞いておりますよ。多少難癖をつける輩がおりましたが、新規の商売とはそういうものですしねぇ。何より、ロウヤ様が全面的に協力しておりますので心配はいらないかと」


「難癖、というと……?」


 確かにロウヤがついているのであれば大丈夫という安心感はある。が、トラブルがあったのであれば聞いておきたいのが人情というもの。


「まず、取引相手は魔物なんじゃないか、という難癖ですね。それから、人魚というのは眉唾ではないかというもの。どちらも先日の人魚の歌でほぼ払拭されるかと」


「彼女たちの歌声を聞いてなお魔物である、あるいは偽物であるという主張をできる人間なぞいませんとも。もしもいたらそれは耳に障害を持っていると言わざるをえません!」


 ジャントーニが人魚過激派ファンのような主張をするが、それについてはイエナも同意だ。ごちゃごちゃ言う前にリエルたちの歌を聞いてみればいいと思う。


「ただ、そろそろ人魚見学対策をしないと今度は取引どころではなくなりそう、とは聞き及んでおります」


「あぁそうか。人魚見たさに人だかりができそうだ」


「集まってくる人たちが皆いい人とは限らないものね……」


 カナタの声にイエナも大きく頷いた。

 一昔前まで人魚攫いが横行していたのだ。あまり人間がいすぎてもリエルたちは怖いだろう。多分、怖いはず。だがイエナの脳内にはアッハッハーと笑ってるリエルしか思い浮かばなかった。何故だろう。


「その点につきましては……あぁ、どうやら説明に適任なお方がいらっしゃいましたね」


「え?」


 イエナがどういうことだと尋ねる前に、部屋にノックの音が響いた。既に立ち上がっていたモーブが応対する。


「お2人とも、お待たせしてしまい申し訳ございません」


 そう言って一礼したのはロウヤだ。慌ててイエナも椅子から立ち上がって頭を下げる。横のカナタは気配察知でわかっていたのだろう。慌てることなく笑顔を向けていた。


「前触れもなく押しかけたのは俺たちの方なんで。お忙しいところ時間をとってくれてありがとうございます」


「お2人がいらしたということは、人魚の皆様に何かトラブルなど生じましたでしょうか?」


「いえ、そういうことは起きていません。俺たちはまたそろそろ旅に戻ろうかと思っていたところで、旅立ち前の挨拶をしに。あと、人魚たちの取引にトラブルは起きていないか教えてもらっていたところです」


「父上! 最近人魚の歌聞きたさに人が集まりそうだとか! 人魚の皆様の安全は大丈夫でしょうか!?」


 ジャントーニがイエナたちに代わってズバリ聞いてくれた。


「えぇ大丈夫ですよ。まず人魚の皆様に合わせて海上での取引を計画しています。この近くにある岩礁地帯に我々が小舟で向かう案が採用されそうですね」


「えぇと……?」


 岩礁地帯、がイエナにはピンと来なかった。それと人魚の安全がどう繋がるのだろう。そんな疑問が顔に出ていたらしく、ロウヤが笑顔で教えてくれた。


「まず、海上で取引することにより、不慮の事態が起こったとしても人魚の皆様の退避が容易になります。最も大切なことは彼女たちの安全ですからね。岩礁……岩が多くある場所には大型の船は乗り込めません。なので、一度に大勢が押し寄せる事態は防げましょう」


「「なるほど!」」


 ジャントーニとイエナのセリフが被ってしまい、思わず顔を見合わせた。


「多少の距離なら人魚たちの歌は届くみたいですしね。海中よりも陸上の方が音の広がりが良いだろうし」


「それなら宣伝効果もすっごくありそうよね」


「えぇ、その通りです。ですので、お2人は安心して次の旅へどうぞ」


 ロウヤがそう言い切ってくれるのであれば何も心配はない。イエナとカナタは自然と見交わし、微笑み合った。


「ところで、どちらの方に行かれるのか伺っても?」


「人魚たちの村でちょっと面白い情報を入手したので北へ。かなり寒い地域に行くことになりそうです」


 ロウヤからの質問にカナタが答えてくれた。ルートを把握しきれていないイエナには大変ありがたい。


「寒い地域、ですか? ここですと防寒具の類は手に入りにくいでしょう」


 ポートラの港町はどちらかと言えば温暖な土地柄だ。取引先も南の方が多いらしく、防寒具などはほとんど見かけない。


「そうですね。途中の町に立ち寄って色々補充しつつ向かうことになるかと」


「なるほど、そうでしたか。では、私の方から提案させていただいてもよろしいでしょうか? お互いに損にならない取引だと思いますよ」


 ロウヤは変わらぬ笑顔でそんなことを言い出してきた。

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