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85.海鮮食べ納め

 人魚たちに見送られ向かった先は、ポートラの港町。何度も足を運んだので、もはや勝手知ったるとはこのことか、と言える気がしてきた町だ。

 本日はあいにくの曇天だが、このところちょっと暑かったので丁度良いかもしれない。雨さえ降ってなければ露店は開いていることは確認済み。通りにある店を冷やかしながら足を運んだのは例の店だ。カナタご執心の生魚食べ納め会である。そんな言葉があるのかは知らないけれど。


「おう、らっしゃい。いつものかい?」


「もちろん! お願いします!」

「私も同じので」


 海洋丸の店主には、すっかり顔を覚えられてしまった。やり取りもこんな感じ。特にカナタは最初に作ってもらった海鮮丼定食ばかり食べている。イエナはカナタと違い、色々と他のものも試していた。しかし、今日は食べ納めということもあって、カナタイチオシの『いつもの』である。

 最初は恐々と食べた生の魚だが、カナタが取りつかれたように食べ続けるのも納得できる美味しさだった。暫くこの美味しさを味わえないというのはカナタでなくとも惜しいというもの。


「この美味しさを永久保存するにはどうしたら……」


「そう言って貰えるのは嬉しいがなぁ。生魚は鮮度が命。インベントリに入れときゃ劣化はしねぇんだが……やっぱ乾いたり風味が落ちる気がしてなぁ」


 インベントリはやはり万能ではないらしい。

 ついでに、イエナも気になったことを聞いてみる。


「お魚の干物とかもやっぱりインベントリに入れない方がいいんですかね? なんか、他のものにニオイがうつっちゃいそうで」


「試した輩は多いが反応はマチマチだったな。他のモノにニオイがうつったって大騒ぎするヤツもいれば、このくらいなら許容範囲ってヤツもいたし。逆に全然ニオイはうつらなかったってヤツもいるから、これは個人差なんじゃないか? ま、やらない方が無難だと俺は思うがな。どうしても食いたきゃまた来りゃあいいってもんよ」


「そっちの方が儲かるからだろ、大将」

「ちげぇねぇや」


「うるせぇやい!」


 微笑ましい店主とお客さんの掛け合いを聞きつつ、舌鼓を打つ。

 食い意地がはっているのはカナタだけではないようで、干物をインベントリに入れた猛者も複数いるようだ。だが、その結果はまちまち。少なくともイエナは自分のインベントリが一生干物臭いのは耐えられないので、そのギャンブルはしないつもりだ。

 カナタがやる分には止めないけれど……。


「こんな感じらしいけど、やるの?」


「いや、やめておく」


 カナタも一生干物臭いインベントリはイヤだったらしい。しょんぼりしながら海鮮丼の残りを食べていた。折角の美味しいモノだがこればかりはどうしようもない。


「なんだ、お前さんらもどっか行くのか?」


「はい。また旅に出ようと思って」


「大将の料理を食べ納めに来ました!」


「それを先に言ってればちょいとサービスしてやったのになぁ」


「「えー!?」」


 店主とのやり取りも最後か、としみじみ思ってしまう。旅をするというのは、新しい出会いがたくさんあるけれど、その分別れもあるんだなぁと感慨深くなってしまった。


「それじゃあ、また」


「お世話になりました! めちゃくちゃ美味かったです!」


「おう、良い旅を!」


 最後のご挨拶をして、イエナたちは町の賑わっている方へと向かう。

 目的はジャントーニだ。


「人だかりできてるから、もしかしてーって思ったけどビンゴだったね」


「目立ってなんぼだからなぁ。にしても凄い人だ」


 人がたくさんいるのだから喧噪もさぞかし、と思ったのだが人がたくさんいる方へ歩いていくにつれて、ざわめきは次第に聞こえなくなっていく。代わりに聞こえてくるのはリュートの音色と一段と艶を増したようなジャントーニの歌声だ。


「……すご」


 思わず声を潜めて賞賛する。

 商談の最中に歌っていたときは、なんだこいつ、とは思ったもののうるさいとか下手糞とは感じなかった。むしろ、こちらの聞く姿勢が整っているときであれば是非聞いてみたいと思わせる魅力があった。

 だが、人魚と一緒に歌い弾いた彼は、なんというかレベルアップしたように見える。いや、音だから聞こえるか。


「これで歌ってるのが俺たち関連じゃなきゃ素直に聞き惚れるんだがなぁ」


 ボソリとカナタがぼやいた。イエナはそれに全力で同意する。

 今ジャントーニが歌っているのは、人魚の村が賢者によって救われるというストーリーだ。色々と注文をつけ、ぼかしまくってもらい、流石にこの歌から自分たちにはたどり着けまい、というくらいにはなっている。けれどやはり、賢者だのなんだのと持ち上げられているのを聞くと背中がむずがゆい。実態はただのハウジンガーとギャンブラーなのだから。

 そんなことを考えながら聞いていると、曲が終わったようだ。

 と、同時に。


「これはこれは! イエナさんにカナタさんじゃありませんか!」


 吟遊詩人の声量が2人を襲う!

 しかも今ジャントーニは歌い終わったばかり。人々の目も必然的に2人の方へと向く。


「ひえっ……」


 ジャントーニはビジュアルも良い。この町でも既に固定ファンがついているらしく、一部の女子からイエナに向かって「何よあの女」のオーラが駄々漏れだった。あまりにあからさまなオーラ、というか最早殺気に等しいのだが、何故だかジャントーニは気付いていない。


「ジャントーニ、久しぶり。そろそろ俺たちまた旅に出るから挨拶に来たんだ」


 カナタがわざとらしくない程度の大声で、旅に出ることを強調する。それで多少は女性ファンからの視線が和らいだ。サンキュー、カナタ。


「おお、なんということでしょう。私はまだ恩を返し切れてないというのに……っ!! しかしながら、旅人を留めるということもまた無粋というもの……ハッ、もしやまたお2人の行く先々に新たなる物語が紡がれるのでは!?」


「いや、ないから」


「またまたご謙遜をッ! ワタクシ、新たなる物語のためなら例え火の中水の中草の中森の中……」


 歌うように抑揚をつけ、リュートをかき鳴らしながらジャントーニが語る。ついでにクルリとターンもする。一人歌劇かなにかだろうか。

 かろうじてカナタが一言突っ込んだけれど、それくらいではジャントーニは止まらない。どうしたものかと考えていると、彼の背後から声がかかった。


「坊ちゃん、積もる話もあるでしょうし、商会においでいただいてはいかがでしょう?」


「それは名案ですね! さぁさぁお2人とも遠慮せず!」


「あ、ありがとうございます。えーと……」


「ロウヤ様より、ジャントーニ坊ちゃんの秘書のようなものをさせていただいておりますモーブと申します。坊ちゃんはお1人ですと何かとトラブルに巻き込まれるかもしれませんので」


 そう言って初老のモーブは苦笑した。ジャントーニの過去を考えれば、秘書がいるというのは良いことだろう。細々としたことは任せて、自由に歌わせた方が彼の真価を発揮できそうだ。


「お2人が顔を出してくれれば父も喜ぶこと間違いなし。さぁさぁ、遠慮なく!」


 確かにこの場に留まるよりは、余程ありがたい提案だった。とりわけジャントーニファンにロックオンされたイエナ的に。

 再びリュートをかき鳴らすジャントーニについていくことにする。

 カナタが横にいるイエナにだけ聞こえるような声でポソリと呟いた。


「ハーメルンの笛吹みたいだな」


 なお、イエナにはまるで意味がわからない。おそらくいつもの異世界言葉だろうと流していた。


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