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83.次の目的地に向けて

 海賊船探索が終わった日の夜。ルームへ戻ってカナタお手製の夕飯を食べ、もっふぃーとゲンのブラッシングもきちんと終えたあと、2人は作戦会議を開始した。

 お題はズバリ『銀世界ルートへ向けて』である。


「銀世界って言われても全然わからないです!」


 イエナはハイ、と元気よく挙手をして発言する。

 比較的気候の良い内陸で生まれ育ったので、寒さ対策に関しては全くの無知だった。


「うーん、俺も北国育ちじゃないからあんまり……。あ、でも俺の世界の便利グッズは知ってる」


 そう言ってメモ用紙に色々書き込み始める。

 布を被せた座卓型の暖房器具や、発熱する素材で作られた肌着、振ると温かくなる砂など、見たことも聞いたこともない製品たち。


「うーん、発熱する素材、あるのかもしれないけど聞いたことないなぁ。砂もわかんない、こっちはもしかしたら火山ルートで手に入るかもしれないけどちょっと難しいかな。でも、座卓なら作れる気がするよ」


「マジで!? すごいな!」


「要するに、布で区切った空間を温めればいいわけでしょ? 直接足を入れることになるならあんまり熱すぎない方が良さそう。火の魔石1つでいけるんじゃないかなぁ。……でも、これって家具だから正直いる?」


「う、うーん。ルーム内快適だしなぁ」


 そう、ルーム内はいつだって快適な温度と湿度が保たれている。寒い外から帰ってきて改めて温まる必要があるかというと疑問だ。


「いっそのことその仕組みを身に着けられればいいのかもね。ドライヤーほど勢いがない温かい空気が出続ける、みたいな」


「あ、そういえば寒さ対策で一番いいのは温かい空気の層を作ることって聞いたことある気がするな。ゲンたちの羊毛も、温かい空気を逃がしにくいから防寒具としていいんだって」


「ふーむ。空気の層ね。ちょっと考えてみる」


「あ、あと、俺が体験した寒さだと、耳とか頬が冷たいってか痛いんだよな。指先足先も冷えるっちゃ冷えるんだけど、それよりも顔がヤバい。覆うと視界が悪くなったり、聞こえづらくなったりで危険だろ? まぁ俺たちの場合はゲンたちが先に気付いてくれそうではあるけど」


「あー、風が強い日って耳痛くなるものね。そういう感じかな? 指先足先とかも冷えるなら動きを阻害しない手袋とか靴とかもいるわね。うーん……防寒具系はこんなところかな。あとは、他で情報収集した方がいいかも。それこそ冒険者ギルドを頼りましょ」


 お互いに、寒い地方についてはあまり知識がないようだ。ここは大人しく外部の手も頼らせてもらった方が良いだろう。カナタも異論ないようで、大きく頷いてくれた。

 今まで挙がった案はとりあえず全てメモできたので、議題は防寒対策から次へ移る。


「あとは魔物対策だなぁ……。氷の魔石を落としやすいアイスフェアリーは確か毒耐性があったはず」


「えっイチコロリ効かないってこと!?」


「毒って結局全身に回って倒すってことだろ? 妖精とか幽霊とかそういう実体がない魔物には効かないことの方が多いんだよ」


「あーなるほど……。えっじゃあどうするの?」


 現在、イエナとカナタのパーティの主力はイチコロリだ。勿論2匹のモフモフだって頑張ってくれるとは思うけれど、決定打がないまま戦うことは避けたい。


「イチコロリが効かない魔物は、大体雪の精っぽい奴だ。で、そいつらには共通の弱点がある」


「火とか?」


「もちろん、火魔法もかなり効く。でも、俺たち魔法はムリだろ?」


「そうか、任せて! 火炎放射器を作ればいいのね!」


 火の魔石を複数使い、出力を上げればきっと作れるはずだ。ちょっと危ないので試運転をしづらいのが難点だが、理論上は製作できる。

 むん、とイエナが気合を入れたところでカナタが大慌てで止めてきた。


「ストップ。俺が悪かった。確かに火炎放射器は魅力的だが取り扱いが難しそうだし、なによりゲンたちにあたったら危ない」


「あっ確かに! あのモフモフが焦げるだなんて許せないわ! ……でもじゃあどうやって?」


 毎日心を込めてブラッシングしているあの見事なモフモフが、万が一にも焦げる可能性があるだなんて耐えられない。

 だがそうなると、どうやって氷や雪の精とやらを倒せばよいものか。


「そいつらの弱点は塩なんだ」


「へ? 塩? あの料理に使う?」


「そう、その塩。それを弱点というか、そいつらの核に当てる。要するに、クリティカルを出すと一発で倒せるんだ」


「クリティカルを出すならカナタの得意分野じゃない。それに塩ならポートラの港町でお得にたくさん手に入りそう!」


 港町では塩産業も盛んで、他の町よりも安く仕入れられるはずだ。お得、とても良い響きである。


「じゃあ私は塩を当てやすく加工すればいいってことかな?」


「なんだか作るモノがたくさんで申し訳ないな。その分俺は情報収集なり、料理なりに励むことにするよ。なんだかんだでお財布が潤ったから、バフがつく料理のレパートリーも増やせるだろうし」


 製作手帳に載っている料理であれば、器用さアップなどの嬉しい効果がつく。今までは材料が手に入らなかったから作れなかったものも多い。だが、ポートラの港町は様々な交易品が行き交う場所である。ちょっとお高いかもしれないけれど、色々手に入る可能性は高い。


「温度が上がるバフってないの?」


「ごめん、それはない……あったら良かったのになぁ。でもそうか。ショウガとかって体を温める効果があったはず……。そうじゃなくてもあったかい食べ物があれば嬉しいよな」


 便利なルームがあるとはいえ、移動中は外の天候に左右される。

 あまりにも悪天候であればルームに丸一日滞在することも視野に入れられるが、イエナの想像する北国は年がら年中雪なるモノが舞い散っているイメージだ。天気がいい日が稀なのではないだろうか。

 であれば、少しでもマシな天候の間に寒さに耐えながら進む必要がある。どれだけ寒いのか見当もつかないが、体を温める食べ物があるのはきっと嬉しいはずだ。

 そのためにも、色々と材料を仕入れなければ。

 何より、カワイイ2匹のモフモフのために果物の大量購入が必要である。銀世界はキレイなイメージがあるけれど、そこに美味しい果物がある気がしない。


「じゃあ人魚の村を出たら暫くはポートラの港町に滞在かしら?」


「それがいいかもな。人魚たちの海ウール加工品の様子も見れるし、悪くないと思う。それに……」


「それに?」


 カナタは切なげな表情を浮かべて言い淀んだ。それはまるで恋でもしているかのよう。

 しかしながら、実態はというと……。


「新鮮な魚、食べ納めだからな……」


 ただの食い意地だった。

 何事かと身構えていたイエナは思わずガクリと崩れてしまう。


「……鮮魚、インベントリに入れておいたら?」


「いやなんかそれは……傷まないってわかってるんだけど、気持ち的に嫌だ」


「あ、そ」


「でも、魚の干物とかはいいかもしれない」


「鮮魚はダメで干物はオッケーって……ニオイは?」


 指摘するとカナタはうっと詰まってしまった。今までニオイが強い物はインベントリに入れたことがなかったけれど、どうなんだろう。実験してみたい気持ちもあるが、ニオイが残ってしまった場合消す方法がわからないので厄介な気がする。

 同じようなことを考えていたのか、カナタは干物も却下する方向に舵を切ったようだ。


「……北にも氷の漁港っていう場所があるからあっちの魚も脂がのってて美味しいかもな!」


「そんな場所あるんだ? 楽しみね」


 まだ見ぬ銀世界に期待が膨らんでいく。雪とは物語で出てくるように冷たくてふわふわなのか、かき氷とは違うのか。そして、どのくらい寒いのか。

 楽しみでもあり、怖くもある。

 まずはきちんと準備をせねば、と気合を入れるイエナだった。


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