81.人魚の歌と復活のジャントーニ
「このオニーサンめっちゃ上手くない!?」
「この箱、どうしてこんな豊かな音がでるのぉ?」
「ねね、もっかいやって! もっかい!!」
「喜んで!!」
人魚たちの歌声にジャントーニが目を輝かせたあと、どうなったかというと……こうなった。
「……やっぱ天才なんだろうなぁ。知らない歌に即興で合わせられるって普通に無理だろ」
ボソリとカナタが呟いた通り、ジャントーニは人魚たちの歌に触発されていきなりリュートをかき鳴らし始めたのだ。
「リエルたちが面白がってくれて良かったよねぇ。アレ普通にやったら商談ぶち壊れそう」
「えぇ、本当にその通りです。帰宅後しっかりと言い聞かせなければ」
口ではそう言っているロウヤだが、その眼差しはとても優しい。
ああやって楽し気に弾き歌う姿を見ていると、イエナにもジャントーニは無理に商売をするよりもこちらの方が良いと思えた。
彼らが楽しそうにセッションを続けている間に、アデム商会の人たちがお茶会の準備をし始めた。
ロウヤ曰く「商談後に軽食をつまみながらの雑談は珍しくないし、何より人魚の好みも知れる」とのことらしい。
「マジヤバ! うっま!」
「このサクサクしたのメチャクチャおいし~い!」
「カナタくんのお茶も美味しかったけど、こっちも素敵な香り……」
「こんな味を知ってたんじゃあ、海底の料理はさぞ不満だったろうねぇ」
約一名、過去に思いを馳せてはいたものの、陸の食べ物はかなり口に合ったらしい。この場にいる人魚たちが特に気に入ったものを中心に今後取引を続けていくようだ。
「イエナ、カナタ~! マジ感謝! 海の厄介物がこんな美味しい果物になるなんて思ってなかった~!」
美味しい果物にうっとりした表情のまま、リエルがお礼を言ってきた。人魚を魅了するには果物が有効、なんて噂が立たなければいいけれど。今なら果物を仕掛けた古典的な罠にもひっかかりそうで不安だ。
「リエル、わかってると思うけど、美味しい果物に釣られて誘拐されるなよ? ここにいる人たちは良い人だけど、外の世界広いからな?」
「あと拾い食いもダメよ?」
「わ、わかってるし!」
カナタとイエナの忠告に、リエルはちょっと怪しい感じに慌てる。マジで人魚攫いにノコノコついていきそうだ。若手2人もわざとらしいまでに視線を外している。
「情報はどこかから漏れてしまうものではありますが、できるだけ人魚の皆様の嗜好を知られないよう注意いたしますね。それから、そちらがよろしければ信頼できる護衛をあと数人増やした方が良い気がします」
あまりにも頼りない人魚とのやり取りを見ていたハンスはそんな提案をしてくれた。これで少しは安全性が増すと良いのだが、人魚たちが自覚を持ってくれなければどうしようもない。
「それにしても、こちらの製品、元は海の厄介物だったのですね」
海ウール加工品を手に取って、ハンスがしみじみと呟く。
「そうそう。やっぱ黒いモジャモジャが浮いてたら景観台無しじゃん? 貝も全然育たなくなっちゃうし。なんで海スライムそんなに大量発生してんだか……」
「大量発生の原因はわかりかねますが、最近東方との交易が盛んであることが遠因にはなるかもしれません。海スライムは船にぶつかるだけでも死んでしまう弱さと聞き及んでおりますので」
リエルの愚痴めいた言葉を引き取った形のロウヤの考察に、皆があーー……という顔をした。
交易が盛んになれば船の行き来も増える。そして、その船にぶつかって海スライムが偶然倒されている、というのは確かに考えられるかもしれない。
「その厄介物が今じゃ人魚と人間を繋ぐ架け橋になってんだろう? 面白いじゃあないか。長生きはするもんだねぇ」
ちょっと微妙になりそうだった空気を、長老様があっはっはと豪快に笑って吹き飛ばしてくれた。
そんな話の流れの何かが琴線に触れたらしい。ジャントーニがいつになく真剣な表情で質問をしてきた。
「あの、もしよろしければ、皆様の出会いの話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「えっと……何故って聞いてもいいですか?」
イエナたちとしては、あまり詳しくは言いたくない。今後の旅の妨げになりそうだからだ。
ただ、ジャントーニはものすご~く見覚えのある表情をしている。
イエナから見た、前世の好きなモノや蘊蓄を語るカナタだとか。あるいは、カナタから見た、新素材を手に入れた時のイエナだとか。
要するに、オタクの顔。
「人の心に残る歌というものは、やはり救われる話に尽きます。勿論、時と場合によっては悲劇の恋物語や背筋も凍るような歌が流行ることもあります。ですが、どんな時代でも人の胸を打つのは、救われる話であると私は心の底から信じております。たった今伺ったところによれば海ウールなるものの被害に困っていた人魚の村が、とある旅人の知恵によって救われるとのこと。これはもう、歌にするしか! なので是非! どうか詳細を!」
そして何度か目にしたことがある、オタク特有の怒涛の早口語り。しかもジャントーニは吟遊詩人でありその様はまさに歌うようっていうか、半分歌ってなかっただろうか今。それでも聞き苦しいことがなく、きちんと頭に入ってくるのでなんかもう才能だと思う。
そして、ジャンルは違えどオタクな2人はこういう人間の頼みを断りづらい。
どれだけの熱意があるか、わかってしまうので。
「えぇと……個人がわからない範囲であれば、いい、かな?」
「そう、だな。あまりに詳細だと人魚たちも困るだろうし……」
冷や汗をかきつつ、カナタと目で相談しながら言える範囲を探る。とても幸いなことに、事情を知っている長老様が適宜助け舟を出してくれた。
「人魚にも事情ってもんがあんのさ。その辺りは語られなくとも問題ないだろう?」
なんて言ってくれたときは思わず拝みそうになってしまった。流石に挙動不審なのでしなかったけれど、もう足を向けて寝られない。
リエルたちもこの場は長老様に任せて口を噤んでくれたので助かった。口を噤んでいたというか、口にモノが入ってたので喋らなかったというか。
熱の籠もった表情でメモに書き留め、時には突然歌い出すジャントーニを、ロウヤは嬉しそうに見つめていた。
「ありがとうございます! あぁ、今にも歌い出したい気分です!」
いや、もう既にすっかりばっちり歌い出してはいたのだが、そこを突っ込むのは野暮というものだろう。たぶん。
ぼかしてほしい部分は遠回しな表現をしてもらう約束を取り付け、詳細を言いたくないところは伏せまくった。それでも。ジャントーニは満足そうだ。
「完成した暁には是非お聞きください」
「そうね、是非聞かせてもらいたいわ」
変な情報が流出しないためにも、完成された歌は是非聞かせてもらいたい。質問攻めで少々ぐったりはしてしまったけれど、なんとなくこの歌は流行りそうな気がした。
実際、この歌はその後流行りに流行ってあちこちで口ずさむ人を見かけるほどになる。人魚のイメージアップと共に、独占契約を結ぶことに成功したアデム商会の偉業を讃える歌として各地に知れ渡ることになった。
だが、何よりもジャントーニが再び歌い出したことに、誰よりも嬉しそうな笑顔を浮かべるロウヤがいたとか。
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