80.商談と人魚の歌
ポートラの港町付近は今日も快晴。絶好の商談日和である。
雲一つないのは少々暑いが、大雨よりは良いだろう。
ロウヤとの商談以降、イエナとカナタは人魚と人間の交易のために文字通り奔走した。主に、連絡係として。
「もっふぃーとゲンちゃん頑張ってくれたのに晴れ舞台はルームの中かぁ……」
人魚の村とポートラの港町の間を移動するにはモフモフたちの活躍が欠かせなかった。が、この商談に限ってはお留守番だ。
「しょうがないよ。俺たちがこれから旅をするにあたって変に注目を浴びるのは嫌だろ」
魔物使いでもない2人が羊に乗って移動する、というのはどうしても目立つ。安心安全がモットーのカタツムリ旅は目立たないのが一番だ。
もっとも、2人とも薄々今回の件でちょっと目立ってしまったかも、という意識はある。認めるのがどうにも恐ろしくて口には出していないけれど。
そんなワケで移動の際大活躍してくれた2匹は今ルーム内でのんびりしていることだろう。移動でたくさん走ってくれたお礼も兼ねて丁寧なブラッシングをして、好物の果物をたーんとあげた。
「ちょちょちょちょっとー! お2人さんー! タスケテー!!」
2人がモフモフに思いを馳せていると、後ろから声がかかった。リエルである。
「助けてってどうしたの?」
「緊急事態か?」
「キンキューキンキュー! マジキンキューだって! 心臓口から出そうなんだけど!? ニンゲンいっぱいすぎない? こっわ!!」
浜辺から身を乗り出し、尾びれでベチンベチンと砂を叩くリエル。見た目は可憐な美少女で間違いないのだがどうしても動きがコミカルだ。
「こわいー干からびる~~!!」
これから人間と交渉ということで、緊張が限界に達しているのだろう。
「俺たちの前に姿を現したときこんなに緊張してなかっただろうに」
「大丈夫、干からびないように水路も天幕も完備したよ! 水槽はちょっと怖いかなと思って作らなかったけど」
出会いの場面を思い出して苦笑するカナタに、干からびないように準備はバッチリだと胸を張るイエナ。
人魚たちの安全に配慮して、イエナも頑張ったのだ。
まず、今回の目玉商品である、伸縮性抜群の海ウールを使用した天幕。多少の雨ならば防げる上に、日よけとしての効果はしっかり保証できるので干からびることはないはずだ。そして、それを支える支柱の強度にも拘った。
天幕から海に続く水路は人魚の緊急避難用。人魚の心の安寧を保つためでもあるし、陸の魔物が突如襲ってきた場合も想定して置いてある。このあたりの魔物はカナタのイチコロリで一発だし、最低限ながらアデム商会から護衛の人も来ているらしい。だが、見慣れぬ陸の魔物が来たら怖いだろうということで設置させてもらった。商会側もそれで人魚が安心できるなら、と快諾してくれている。
人魚たちの安全のために、製作できるものは頑張ったぞ、と胸を張っていると緊張していたはずのリエルがスンッとなった。
「……なんかいつものイエナ見たら落ち着いたわ」
「あれ? なんか……想像してた反応と違うような」
もっとこう、感謝されるとか、安心してもらえるだとかの反応を想定していたのだが。
ちょっと納得いかないのに輪をかけるように、カナタがまとめにかかった。
「イエナはイエナだし、リエルはリエルだろ。大丈夫」
「アハハ、カナタそれフォローなってなくな~い? いいけどー。ま、アタシはアタシらしくやるしかないのはそーだよね。オシトヤカにしてても絶対ボロ出るしぃ」
なんだかんだでリエルがいつもの調子を取り戻したから良しとしよう。
「あ、そういやさぁ、頼まれてたやつも今日参加の皆オケマルだってー」
「ホントか? 助かるよ」
「私も楽しみ!」
そんな会話をしていると、そろそろ商談の時間となる。商談の間は、イエナとカナタは席につくものの、ほぼ発言はしないと決めていた。
あくまでこれは人魚たちとアデム商会の商談なのだ。
「本日はこのような場を設けてくださり、感謝申し上げます」
口火を切って挨拶をしたのはロウヤだ。
アデム商会からはロウヤと見知らぬ若手の人、それから護衛が2人。そして、ジャントーニ。
人魚側からは代表のリエルと若手人魚が2名。残念ながらミサはまだ若すぎるという判断でお留守番に回った。それから、初回だけはということで長老様も駆けつけてくれた。
「あ、先に言わせてもらうんだけどさー。アタシ堅苦しいのマジ苦手なの。できるだけ失礼がないように頑張るけど、気に障ったらごめんね」
「……気になさらないでください。お話ししやすい形でどうぞ」
平静を装っていた若手の人、ハンスと言うらしいのだが、彼はいきなりのリエルの宣言に一瞬面食らっていた。確かに、あの可憐なビジュアルからあんな感じの言葉が出てくるのはビックリするかもしれない。イエナたちは出会い方が衝撃的すぎて突っ込む暇がなかったが。
ただ、ハンスも、勿論ロウヤも動揺が出たのはほんの一瞬のことだった。流石デキる商人である。ちなみにジャントーニはポカーンと口を開けていた。
「マジ? サンキュー。あ、でもでも、アタシらもできるだけそっちの要望聞けるよう頑張るから。ってことで、ヨロシクネ」
そんな挨拶から始まり、お次は真面目な商談だ。
人魚たちが一度の取引で持ってこれる海ウール加工品の量と、欲しいモノの相談。人魚たちが欲しいのは金銭ではない。というか、金銭を貰っても逆に困ってしまうということで、この辺りの調整が難しそうだった。
が、ロウヤや長老様の意見もあり、どうにかこうにか着地点は見えた。
「にしても、商談の最後に歌う、かぁ。そりゃ2人に頼まれたら断るワケないし別にいいんだケド……アタシら好きで歌ってるだけだから人間にとって面白いかわかんないよ?」
商談の要綱に盛り込まれた事柄の一つが、この『人魚の歌』だ。
商談の舞台となるポートラの港町には、昔から泣き声を発する魔物の話が語り継がれているという。曰く、『夜に海からの泣き声を聞いて近づいた者は攫われる』とか。しかもその魔物は特定されておらず、なのに現場は海に限定されている。
何が言いたいかというと、イエナもカナタも人魚たちがその魔物の濡れ衣を着せられはしないかと危惧したのだった。
「知らぬなら、知ってもらおうキャンペーン」
こんなことを言い出したのはどちらかというのは名誉のために伏せさせてもらう。
要するに、知らないから怖いのである。海辺で美しい歌声が聞こえてきたら、それは人魚であると認知してもらえばいいわけだ。
彼女たちの得意な歌でもって魔物とはかけ離れた存在であることをアピールする、というのがこのキャンペーンの狙いである。
友好の証に歌を、とはよく聞く話だし、その歌声が素晴らしいものであれば評判にもなるだろう。この場にいる人間はイエナとカナタを除けば5人だけだが、そのうち4人は商会の人間だ。人魚の評判が上がればその商品価値も上がるのは自明の理。商人の腕によりをかけて広めてもらえるに違いない。そして、残る1人は――不確定要素が多いのでさておくことにする。
「んじゃ、いっくよー」
リエルの元気なかけ声を合図に、人魚たちが目を見合わせてから歌い始めた。
「わぁ……」
感嘆の声を上げるのも憚られるほどに、その歌声は素晴らしかった。
(なんて綺麗な声……! 透き通るような、ってきっとこういう声を言うんだわ。それになんて言うか……響き方がちょっと違う気がする)
そんなことを考えながら、イエナはチラリとジャントーニに目をやった。
これは商会からの多すぎる支払いに対して提案したことだ。もしよかったら、ジャントーニに彼女たちの歌を聞かせてみないか、と。
ただのお節介からの思い付きだったのだが、その効果はテキメンだったようだ。
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