79.商人からの手ほどき2
「行いってどういうこと?」
良くない行いをした商人の評判が悪くなり、それが巡り巡って首を絞める。そこまでは理解できた。
けれど、どうしてそこで自分も同じだ、と言われるのかが良くわからない。買ってもらう側である自分に何か不正を働く余地があるのだろうか。
「例えば、商人と手を組んで製品の値をつり上げるとか。あとは、パトロンが渡す賄賂に作品を使うとか。そういうことですよね? ロウヤさん」
今回は正解だったようでロウヤは軽く頷いた。挙げてくれた例も非常にわかりやすく、言いたいことはイエナにも理解できた。だが、だからといって納得できるかどうかは別問題だ。
「私、そんなことしないです!」
思わず声が高くなってしまったが、そこは許してほしい。イエナが何かを作るのは、その製品によって誰かに笑顔になってもらいたいからだ。まかり間違っても悪徳腹グロ商人の「へっへっへ」という笑顔のためではない。
そんな感情的になったイエナとは対照的に、ロウヤは淡々とした口調で諭す。
「先だって、申し上げましたよ。貴女のように心根が真っ直ぐな人間ばかりではないと。そういう輩がどれほど狡猾で卑怯な手を使うか、私は知っているつもりです」
「あ…」
ジャントーニがどんな目に遭ったか。隠さず話してくれたロウヤの気持ちを思えば、イエナにはもう言葉がなかった。
「職人の皆様の思いを踏みにじる商人というのも、残念ながら存在します。特に職人の方々は『より良い製作をする』ということ以外無頓着になりがちですので」
「それは、否定できませんけれど……」
製作をしているとそれ以外が疎かになりがちなのは否定しようもない事実だ。だが、それが今、この商売のことについて教わっている場においてどう作用するのだろうか。ピンとこなくて首を傾げていると、カナタがとてもわかりやすい例を挙げてくれた。
「イエナはさ、例えば俺が果物ナイフ欲しいなーって言ったらきっとすっごいの作ってくれると思うんだ」
「え? うん、そりゃあまあ頑張って作るよ」
いつもお世話になってるカナタ相手なら、そのくらい当然作る。切れ味が良く、手入れも簡単で扱いやすいようなもの、くらいは仮定の話なのに脳内を駆け巡った。
「で、その出来上がった果物ナイフって、きっと切れ味がすっごく良くって使い勝手も良いと思うんだ。でも、それって悪用したら人を刺すこともできるよな?」
「えっ!? で、でもカナタはそんなことしな……あっ、そういうこと!?」
喋りながら気付いた。カナタは、イエナの製作物を使って悪いことなんてしない。それは断言できる。
でも世の中にいる無数の人々が皆そうだとは限らないのだ。
「売ったあとは、作ったものがどうやって使われるか、私にはわからないんだ……」
「それもある。あと、最初から騙すつもりで近づいてくるヤツだっているかもしれない。イエナ本人を丸め込んでしまえば、作品全部手に入るのと同じようなもんだからな」
今までは自分が見習いだったせいもあり、売ることにはかなり無頓着だった。だが、これからはそういったことも含めて考えなければならないらしい。
目から鱗がバリバリボロボロしているイエナに、ロウヤは満足げに頷いて続けた。
「イエナさんの場合、旅の最中は商業ギルドに卸すのが最も効率的だと思いますよ。勿論アデム商会に卸していただいても適正な価格をお約束いたしますが、残念なことに商会の手が及ばない地域も存在しますのでね。その点、商業ギルドならば大抵の町にありますし、まずもって信も置けましょう。多少の手数料はかかりますが、そこは煩雑な手続きや駆け引き分の手間賃と考えていただければ」
「俺の国だと餅は餅屋って言ったりする。要するに専門家に任せとけってことなんだけど実際そうだと思う」
「そうね、手間を惜しんでちゃ良い製品作れないのと同じよね」
「そ、そうか? そうかも」
多少もったいなく感じる部分はあるけれど、そこは必要経費として割り切った方が良いだろう。相手が信頼できる取引先かを見極め、更に正当な値付けになるまでやり取りを交わす。想像しただけで頭が痛くなりそうだ。手数料万歳。
それに、こうして百戦錬磨の商人であるロウヤと話した今、改めて思う。自分には交渉事は正直向いてない。
カナタは自分より得意だろうと思っていたのだが、そのカナタもロウヤの意見に賛成なのだ。旅先では商業ギルド、決定。
「貴女には何ものにも煩わされることなく製作に打ち込んでいただきたい。私の衷心よりのアドバイスです」
「ロウヤさん……ありがとうございます」
ロウヤの優しさにイエナが思わず胸を熱くしていると。
「では、ここで問題です。私が先程の契約をお2人と結ばない場合、どのような不利益が予想されますか?」
一流の商人は気持ちの切り替えも早いようだ。
先ほどまでの全てが例題。そして、それを応用すれば解けるはず、ということだろう。
「えぇと、ロウヤさんが不当な契約をする商人だ、とか言われちゃう。もしかして、アデム商会にも差し障りが出ちゃうかも……」
「それから、人魚との取引にも横やりが入る可能性があるな。正当な報酬がないならウチだっていいだろ、みたいな。その人たちが実は人魚目的だったら取引どころじゃなくなる。独占契約っていうのは、人魚の村を守る盾にもなるんだな」
「その通りです。では、受け取っていただけますね?」
問題にはカナタの助けもあってどうにか合格点はもらえたようだ。だからといってはいそうですか、とこの金額を受け取るのはどうだろう。確かにこれだけのお金があれば色々な素材を手に入れられそうだけれども。
即答できなくて困っていたところ、カナタが遠慮がちに声を出した。
「あの、やはりこれだと俺たちとしては貰いすぎな気がするんです。で、提案なんですが――」
その提案を聞き、ロウヤは目を見開く。だが、カナタが理由を話し始めると真剣な表情になるのだった。
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