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78.商人からの手ほどき1

 思い切り困惑していることが顔に出ていたのだろう。ロウヤが小さく笑った。


「無理強いをするつもりはありません。今は旅をしながら修行をしている身、と伺っておりますしね。外野の商人である私からすると十分な腕をお持ちだとは思いますが、貴女自身が納得しておられない様子ですから。ただ、お気が変わられた際にはいつでも相談にいらしてください」


 優しく諭すように言われてホッと胸を撫でおろす。

 少なくとも現時点では絶対に旅を止めるつもりはなかったから。

 ただ、その心遣いは本当に嬉しい。ちょっと前だったら飛び上がって喜んでいたか、もしくはムシのいい話すぎて疑っていた可能性はありそうだ。


「そうなった時には是非よろしくお願いします」


 カナタが無事に元の世界に帰ったら、いや、自分が満足するまで世界を見て回ったら、その時はお世話になるかもしれない。そう思ってしっかりと頭を下げた。


「えぇ。お待ちしておりますよ。まずは先に目の前の商談を無事に成功させたいものですね」


「一度人魚たちのところに話を持ち帰って、話し合いの日程などを調整してきてもいいですか?」


「あ、そうだよね。リエルたちにも進捗教えないと」


 カナタの言葉にイエナも大きく頷いた。 

 ロウヤの登場によって、想定以上に話がスムーズに進んでいる。一度戻って人魚たちとも話し合わないと詰められない部分が多い。


「そうですね。こちらとしても今から口が固く信用できる者を選出しなければなりませんので、ある程度のお時間をいただければ……」


 お互いに日程を調整し、今度は直接の交渉になりそうだ。ここから先はリエルに頑張ってもらうことになるだろう。

 課題はまだまだあるものの、一歩前進できたと思ってよいだろう。知らず入っていた肩の力がフッと抜ける。


「では、今回のお話を持ってきていただいたことによる謝礼金がこちら。それと、人魚の村との交易が無事に行われるようになった際に得られた利益のこの分だけ、お2人にお支払いする形でよろしいでしょうか?」


「へ?」

「え?」


 完全に気を抜いていた。ロウヤの言葉が頭の中を素通りしていく。カナタも同様だったようで、2人の間抜けな声が重なった。

 差し出された紙の方はというと、見たこともない桁数の数字が羅列している。

 言葉と紙、どちらも理解が及ばず、空気が固まった。


「かなり勉強させていただいたつもりではありますが、これ以上となりますと……」


「あ、違います! 違います! そうじゃなくって!」


 固まった空気をどう感じたものか、更にベンキョウとやらをしようとするロウヤを大慌てで止める。


「すみません。俺は文字文化にも商売にも疎いんで、確認しておきたいのですが……これって謝礼金の金額ってことですよね?」


「えぇ、その通りです」


「そんなの貰えませんよ!」


 たまたま困っている人魚がいて、それを助ける手段があった。というような偶然が何度か重なっただけだ。ロウヤと出会えたことも含め、全部運が良かっただけ。

 それなのにこんな大金を受け取ることはできない。財政が潤っているパーティではないので、お金は欲しいけれどそれはそれ、これはこれだ。

 ロウヤはそんなイエナに諭すように尋ねる。


「イエナさん、製作物に適正な値段が付がなかった場合、何が起きると思いますか?」


「へ? え、えぇと、職人が困ります。お金がないと、材料代も出ないかもしれないし、そもそも生活が成り立たない」


「職人の立場から見ると、それはその通り、正解です。では、適正な値段を付けなかった商人はどうなるでしょうか?」


「え? えっと……」


 そう言われてもイマイチピンと来ない。上手く買い叩けて「ガッポリ儲けちまったなぁ、へっへっへ」という悪徳商人の図なら思い浮かぶけれど、今の質問の感じだとこれではきちんとした正解でないような気がする。

 うーん、と唸っていると、横のカナタから声が上がった。


「一時的に、安く仕入れることができて良かったという得に繋がります。ですが、長期的に見るとその職人が仕事を継続できなくなり、最終的には取引自体がなくなる可能性もありますよね。その間に新しい仕入先を見つけられれば損にはならないかもですが……」


「えぇ、それもまた正解ですね」


「なるほど、カナタすごい。……けど、これでは完全解答ではないって感じでしょうか?」


「その通りです。商人にとってはかなり損になる事柄がもう一つ。それは『正当な値付けができない商人だ』と見られるということです」


「あ、なるほど。そりゃ厄介だ」


「え? え?」


 納得したらしいカナタとは裏腹に、イエナはサッパリわからない。思わずロウヤとカナタの2人を交互に見てしまう。


「カナタさん、イエナさんに説明できますか?」


 カナタがきちんと理解できているかの確認を兼ねてなのだろう、ロウヤが説明を促した。


「えーと、まず、イエナがちょっと低い値段で商品を卸したとするだろ? 本当はもっと高く買ってほしいけど、親の代からの付き合いとかで仕方なく、今後も卸すことにする。そうなると徐々に生活がピンチになるよな?」


「うん」


 ここまではわかっている。職人側の不利益の話だ。


「で、そこに話を聞きつけた別の商人が『私なら適正価格で買い取りますよ。そんな商人とは手を切りませんか?』って言ってきたらどうする?」


「う、うーん。親の代からの付き合いはちょっと気にはなるけど生活できないんじゃあね。いつかは鞍替えすると思う。……あぁ、そっか! 最初の商人は仕入先がなくなる上に、ライバル商人が力を付けちゃうってこと?」


「うん、俺はそういうことだって理解したけど……こんなんで合ってますか?」


「残念ですが合格とは言えませんね。窮地を救ったことによりその職人との繋がりができた、という視点。例えば、将来その職人が素晴らしい製品を生み出した際には、おそらく買い取りが見込めるでしょう。そういった未来への投資という視点が加わっていれば、半分は正解でした」


「えっ、それでも半分なんですか!?」


「……残りの半分を教えてもらえますか?」


 驚きに声を上げるイエナと、少し悔しげながらも教えを請うカナタ。

 そんな2人ににっこりと微笑むロウヤ。


「そんな悪い評判が立った商人と、取引したいと望む職人がそうそういると思いますか? 例え他の職人とは適正価格で取引していたとしても、その数は先細りとなって早晩商いを畳む羽目になるでしょう。評判とは目には見えませんが、その分怖ろしいものなのです」


「商売って難しい……」


「これは貴女にも言えることですよ、イエナさん」


「私、ですか!?」


 ただただ感心しながら話を聞いていたイエナに、ロウヤは笑顔を消して向き直ってきた。


「評判を得た職人の作品は高値が付き、持て囃されます。逆に一度でも評判を落とせば、挽回は難しいことになるでしょう。それは作品の善し悪しだけとは限りません。取引相手の商人やパトロンとの関係なども含まれます」


「ええと、それはどういう…」


「多分、行いのことだと思う。……で、合ってますか?」


 よくわからなくてオロオロしていると、隣のカナタから答え合わせを求める声が聞こえてきた。

 驚いて思わず彼の方を見てしまう。


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