76.一般的な人魚とは
カナタの同意を得て、ジャントーニに持ちかけた商談を再度ロウヤにすることになった。
やはり商会の元会頭というのは伊達ではなく、とても聞き上手だった。ただ聞くのが上手いというだけではなく、こちらが話しやすいようにという心配りを随所に感じられたのだ。それでいて、あまり煮詰まっていなかった部分に関してはあっさりと見破られて鋭いツッコミが飛んでくる。
「うわー……その視点はなかった。勉強になるな」
「だよねー。まぁ細かいところは商人さんとリエルたちで調整してもらってーって思ってたし。今後、私が作った物を買い取ってもらうにしても役立ちそうな……あっ!?」
そこまで言ってやっと気付いた。
これまでの会話は授業料というか、迷惑料というか、そういったモノが込みだったのだと。思わずロウヤを見ると、目が合ってニッコリと微笑まれた。
「知識とは、何者にも奪うことのできない一番の宝ですからね」
どう考えてもロウヤの掌の上である。長年商いの道で成功を収めてきた人物相手に、まだ駆け出しですらない人間が同じ土俵で勝負しようとすることすらおこがましい。
早々に兜を脱ぐことにした。
「ありがとうございます」
「折角頂いた宝を錆び付かせないように精進します」
イエナが素直にお礼を言い、カナタが少しばかり気の利いた返事をする。ちょっと上手いな、と思ってしまったのは悔しいからナイショだ。
「大変結構です」
ヒヨッコ2人が諸手を挙げて降参したのが伝わったのか、ロウヤは至極満足そうに頷いた。
しかし、これで終わらないのが今回の商談である。
「あの、ところで俺たち今まで言っていない情報が一つだけありまして」
「そうだった! あの、すみません。相手方の事情があって伏せてました」
ロウヤが騙しにかかるような悪徳商人であれば、これほど商売相手の身になって教えてはくれないだろう。少なくともイエナは、そして恐らくカナタも、ロウヤを信頼できる人物だと認めていた。
人魚の村の情報を言い忘れた一番の理由は、ジャントーニ用のプレゼンをそのまま流用したことにあった。
「……確かに情報をあえて抜いて相手の出方を窺うという方法も有用な場合はあります。が、正直なところ露見した際には相手方の心証を著しく損ねますのでお勧めはできかねます。とは言え、素直なのは美徳とも申しますし、今回の場合は予想もついていましたので構いません」
寛容に応じてくるロウヤ。
「えっ予想ついてたんですか? どこで相手が人魚だってわかっちゃったんだろう」
「やっぱりモノが海ウール加工品だからじゃないか?」
ジャントーニの時と同様、これらの製作品は全て海ウールからできているという説明はきちんとしていた。職人として、原材料とその特色についてはできる限り詳しく説明したつもりである。特に乾きやすいというアピールポイントは念入りに。
流石は元とはいえ会頭、と若輩2人が敬服しきっていたところ、ロウヤはこれまで見たこともないような顔で呟いてきた。一言で表すと、ポカーン。
「人魚、ですって……?」
「はい! だから貨幣での取引ではなく物々交換を希望しているんです」
「海の底じゃお金持ってても使いどころがないもんで」
「お待ちなさい! あ、いえ、お待ちください。それでは全ての前提条件が崩れます。何故もっと早くそれを……いえ、同じ説明を息子にもしていたらややこしいことになっていたでしょうからそれは……」
ロウヤはそれまでの余裕ある語り口とは打って変わった早口で話し出した。それはイエナたちに語りかけているものから徐々に独り言へと変化している。
どうやら、予想していた相手とは違ったらしい。ちょっと混乱させてしまったようでそこは大変申し訳なく感じる。
(でも結構自信満々だったからてっきりお見通しかと……あ、商人のハッタリってこれかな?)
イエナが呑気にそんなことを考えていると、少しばかりわざとらしい咳払いが聞こえてきた。ロウヤが落ち着きを取り戻したらしい。少なくとも向き直ってきた顔にはイエナたちに丸わかりなほどの動揺は表れていなかった。
「いくつか質問をさせていただきたい。こちらの製品は、人魚の手作りで間違いないですね?」
そう言って何の変哲もないチビTシャツに掌を向けた。
「今持ってきている物は全部そうです。というか、ここにある物で私の作品はその作業着だけです」
「なるほど。まず、前提なのですが、我々人間の間では人魚という種族の存在は知られてはいるものの、交流できる相手とは思われておりません」
「あ、はい。それは村の長老様とかからも聞いてます。人間の人魚攫いがあったから警戒してるって」
「そうです。一握りの愚者のせいで人間は人魚種の敵となってしまったのです。以来、我々にとって人魚とは運が良ければ遠目で見かけることができるもの。それも、ほとんどの場合が海上で、近づくこともできません。無論対話など及ぶべくもない。それが加工の仕方を教えるですと? あり得ません! 到底現実の話とは思えません」
「えっ……?」
そう言われても、実際しているのだが。言葉に困ってロウヤを見返すと、深々と溜め息を吐かれてしまった。
「これは一般常識の話です。……どうやらお2人は常識からかけ離れた経験をなさっておいでのようですね」
それから、一般的な人魚についての知識をコンコンと説明された。そして、ドワーフやエルフなど多少の交流がある異人種の作品にも付加価値がつくのだから、おとぎ話の住人とも言えるような人魚の作品となればどれほどの価値がつくことか。正直なところ、ロウヤ自身にも正確な試算はできないほどだという。
「いるんですねぇ、人魚マニア」
「でも、それだったら取引自体やめたほうがいいんじゃないかな? リエルたちが危険に晒されるのは絶対ダメだよ!」
ロウヤに説明されたものの中には、人魚の売買に関する話もあった。人魚だけでなく様々な人種の人身売買を続けていた闇ギルドの存在のことも。腕利きの冒険者たちに潰されたそうだが、そういった悪い輩はどこにでも存在する、とも教えられた。
自分やリエルたちの認識が甘かったことを痛感する。長老様が協力的になってくれたのが不思議なくらいだ。
海ウールが増え続ける問題は解決したいけれど、それは人魚たちの心身の安全あってこそである。こちらに視線を寄越してきたカナタの瞳も、不安げな色が浮かんでいた。
だがそこに。
「――と、ここまでは全て過去の話です」
ロウヤの静かな、けれど力強い声音が響いた。この部屋に入ってきた時の威圧的な響きとも違う、どこか温かみを感じるような声だ。
「さぁ、未来の話をいたしましょう」
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