75.ジャントーニの過去
「息子は、文字通り飼われていました。鳥かごのような場所で、楽器を持つことも、歌うことすらも許されず」
「えっ!?」
「そんな、なんのために……」
隣でカナタの驚きの声が上がる。
商業ギルドでも商談の場でも、歌い弾くことをやめなかったジャントーニ。それらを許されない状況というのが想像できない。しかも、パトロンと名乗る人物がその状況を作るとは。
本当に理解が及ばず、イエナは呆然と呟いた。
「あれでも息子は吟遊詩人として才能があるのでしょう。とある街では大層人気になったようです。ただ、別の推し吟遊詩人がいたその街の資産家は、それを良しとしなかった」
ロウヤのその言葉にピンときたカナタが、納得したように頷く。
「トップがいなくなれば繰り上がりで推しがトップになるって寸法か」
「ジャントーニさんはそんなのの犠牲になったっていうの!?」
あまりに卑怯なやり口に、イエナは憤りを隠せなかった。
「それに、そんな方法で一位になったって嬉しいわけないじゃないですか! そいつはジャントーニさんと推しの両方の心を踏みにじったのよ。許せない!」
ジャントーニは勿論だが、会ったこともない吟遊詩人の方にも感情移入してしまう。かつての自分をどうしても重ねてしまうから。
後から入ってきたけれど、すぐに自分を追い抜いていく弟弟子たち。どんなにもがいても追いつけそうにない兄弟子たち。それでも、彼らを蹴落として一番になりたいだなんて思いつきもしなかった。
(才能の差なんて、本人が一番わかってる。そんな方法で手に入った一番の座だって推し吟遊詩人が知ったらどんな気持ちになると思ってるのよ!)
2人の吟遊詩人を裏切ったパトロンとやらに言いようのない怒りが湧く。そんなイエナにロウヤは優しく微笑んだ。
「貴女様は作品と同じく、心根も真っ直ぐなようですね。ですが、覚えておいてください。人間の中には、目的のためならば手段を選ばない者というのも存在するのです。本当に、何を犠牲にしても良いという者が」
優しい笑顔とは裏腹に、ロウヤの言葉は重く苦い響きに満たされていた。
その後、ジャントーニがいなくなった街では、一瞬だけその推されている吟遊詩人がトップに昇りつめた。しかし、トップを味わった吟遊詩人はそこで慢心し、すぐに若手に追い落とされる。
パトロンと推された吟遊詩人が満足を得たのは、ほんの僅かな間だけだった。そして、ジャントーニはただただ持て余されていた時間の方が長かったのである。危害を加えるような真似をされなかったことだけは幸いだったが、それももっと時間が長引いていればどうなっていたか。
ちなみに、推しだったはずの吟遊詩人は名声の失墜と共に資産家の寵も失い、街でその姿を見かけることはなくなったという。宛がわれていた屋敷から追い出されたのは確かだが、その後の行方は杳として知れない。
このことは、詳細を調べたロウヤだけが知る空しい事実だ。
言葉の重みを感じて圧倒されているイエナとカナタに、ロウヤはあくまで淡々と話を続ける。
「そのような環境に息子を置いておきたい親などおりますまい。私も親のはしくれとして、手は尽くしました。幸い私個人の資産もありましたしね。ただ、私事で商会に迷惑をかけるわけにはいかず、引退したわけですが……」
「まだまだ現役でいけそうなのに引退したのにはそういうワケがあったんですね……」
アデム商会は大手の商会であるとカナタが調べてくれた。ということは、従業員はかなりの人数であることは想像に難くない。彼がどのような手段を用いたかは怖いので聞かないけれど、会頭という肩書を背負ったままの方が不利だったのだろう。万が一にもそこに属する人や取引相手に迷惑をかけるわけにはいかないというのはわかる。彼は大事な息子と商会、どちらも守るために立場を捨てたのだ。
「私自身のことは良いのですよ。今の気ままな暮らしも悪くはありません。跡を継いだ長男がしょっちゅう訪ねてきてアレヤコレヤと言ってきますが、それもまた良いモノです」
ニコリと笑う顔には、確かに未練などはないように見える。ただし、若輩者に歴戦の商人の表情を完全に窺い知ることなどできはしないだろう。
そしてそれは、息子であるジャントーニも同じだったようだ。ロウヤが父親の顔をして苦笑する。
「ただ、ジャントーニは私に負い目を感じているようです。自分のせいで引退に追い込んでしまった、などと思い詰めているようです。その償いをするべきだ、とも」
「あぁ……」
ようやくジャントーニのちぐはぐな印象に合点がいって、イエナの口から思わず溜め息のような声が出た。
恐らく吟遊詩人としての天賦の才能を持ち、あれほど楽しそうに歌い奏でていたのにそれを活かす道に背を向け、未経験の商売の道へと行く。自分のせいで退いてしまった父親への、せめてもの恩返しとして。
「だからといって、他人様にご迷惑をおかけして良いということでは決してありません。この度は本当に申し訳ございませんでした。もしよろしければ息子への話を私に引き継がせてはいただけないでしょうか? 商会を退いた身ではありますが、誠心誠意務めさせていただきとう存じます」
「……ロウヤさんにはお世話になってるし、お話だけでも聞いてもらいたいです。カナタもいいかな?」
そもそもジャントーニに人魚の村の話をしてみようと思ったのは、ロウヤの血縁だからだ。彼にも色々思惑があり、多少……いや、多々空回っている感は否めないけれど、それでも頑張っていることは理解できた。が、ジャントーニにこの件を任せられるかというと怪しいのが正直なところ。
それを、ロウヤが引き継いでくれるという。
商人としての経歴は申し分ないどころか、恐縮なくらいだ。
それに、ちょっと打算的な話になるが、息子が色々やらかした以上、こちらに不利益を与えるような真似はしないだろう。
カナタも同じようなことを考えていたのか、少し間があってから返事があった。
「うん、俺もロウヤさんにお願いしたい」
カナタの色よい返事を聞けて一安心だ。イエナは改めてロウヤに向き直る。
「ロウヤさん、よろしくお願いします」
こうして、人魚の村交易計画は再び動き出した。
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