74.父の登場
部屋に突然響いた凄味のある声に思わず縮みあがる。それは横に座っているカナタも同じだったようで、氷魔法でも浴びたかのように固まっていた。
(な、なんだろう。父さんに怒られた時のことを思い出す)
まだお前には早いと言われていた木の彫り方を見よう見まねで試した結果、見事に手をザックリやったときくらいしか怒らなかった無口な父さん。何故か今それを思い出した。もしかしたらカナタも同じような記憶があるのかもしれない。
背後から攻撃(?)を喰らって反射的に固まってしまい、身動きが取れないイエナとカナタ。逆に、バッチリと声の主を見ることができる位置にいたジャントーニは、飛び上がらんばかりに驚いている。というか、反動で今にも椅子からズリ落ちそうだ。
「と、父さん!? なぜここに……」
彼が詰まりながらも言葉を発したところでようやく妙な金縛りが解ける。だって彼の自己紹介を信じるならば、この威圧感の主は彼の父――あの紳士然としたロウヤということになるわけで。まさかそんな。
恐る恐る振り向いて姿を確認すると、間違いなく彼だった。
問いかける息子を一瞥すると、ロウヤはこちらへ向き直る。そして深々と頭を下げてきた。
「商談の場にお許しなく立ち入りましたこと、誠に申し訳ありません。馬鹿息子の所業共々幾重にもお詫びさせて頂きたく存じます」
親というのは大変だなぁ、と思いつつもお世話なった人に頭を下げられるのはとても居心地が悪い。
「あの、ロウヤさん、頭を上げてください」
とはいえ、だ。このまま何事もなかったように商談を続けるのはちょっとばかり違う気がする。少なくとも、ジャントーニと取引する気持ちはなくなってしまった。例え恩人の息子だとしても。
恐らくだけど、彼は「父が目を付けたという職人の専売契約を取り付けたいだけ」なのだと思う。イエナのプレゼンにも、製作物にすらも興味はないのだ。その証拠にイエナの作品とミサの作品の違いもわかっていない。
「ロウヤさんの行動は親心の表れなんだと思いますし、ジャントーニさんの色々はロウヤさんから謝られるべきものではないかと」
ジャントーニはイエナたちよりも少し上に見える。当然、立派な大人だ。自分の行いの責任は自分でとるべき年齢である。
「感謝申し上げます」
「父さん、謝罪ならば私が!」
ロウヤは再び深々と頭を下げてきた。自分の父親がこんな小娘に向かって何度も頭を下げている事態をジャントーニはどう思っているのだろうか。少なくとも良心が疼いてそうでちょっと安心した。
「お黙りなさい」
「っ……」
「己の何が悪かったのか理解できていない愚か者の薄っぺらい謝罪になんの意味がありますか。貴方は一度退室し、頭を冷やしなさい」
「ですがっ……」
「商業ギルドにて顧客を強奪してギルドを敵に回し、その顧客にも逃げられようとしている現実が見えていて、それでもなお、自分にできることがある、と?」
「商業ギル……えっ!?」
父親の断罪の言葉を聞いて、途端に慌てふためくジャントーニ。
その様子にイエナは思わずカナタと顔を見合わせる。
彼は何の考えもなく商業ギルドであんなことをしでかしたらしい。これは予想外すぎた。てっきり何かコネなり裏取引なりがあったものだと思っていたのだが、どうやらそうではないようだ。見交わしたカナタの目も驚きに見開かれていた。
「私がここのギルド長に個人的な貸しがあって本当に良かった。そうでなければ今頃商会は……」
そこで一度ロウヤが言葉を止める。
ジャントーニの顔色は今にも倒れそうなほどに真っ白になっていた。
「意味がわかったようで大変結構。それでは退室なさい」
「はい。……あの、申し訳ありませんでした」
口籠りながらの詫びの言葉は、イエナたちへというよりも迷惑をかけまくった父に対してだろう。ジャントーニは最初の勢いなど見る影もなく、萎れて退室していった。
「改めまして、大変なご無礼をいたしましたことをお詫び申し上げます。末の息子で何かと甘やかして育ててしまった上、ジョブが吟遊詩人なもので商いの経験もなく……さぞご不快な思いをおかけしたことでしょう」
「あぁ、やっぱり経験なかったんですね」
行商の経験などが多少でもあれば、会心作ギリギリを見極めたイエナの作品と、時間いっぱいまで粘ってやっと完成させたミサの作品の違いは流石にわかるはずだ。イエナとしてはミサのまだまだ粗削りなところも含めて評価してほしかったので、手を加えずに持ってきたのだが。
「あの、失礼ですがジョブが吟遊詩人だというのであれば、商売に手を出さずとも歌の道に進めばよいのではないですか?」
カナタの質問は、イエナも気になるところだった。
「私も同じようなことを思いました。ジャントーニさん格好良かったですし、歌も演奏もお上手でした。商談の場じゃなければ聞き惚れたかもしれません」
ジャントーニは商売人としてはアレだったが、吟遊詩人としては成功しそうな素養はいくつも持っていた。人気が出そうなビジュアルだし、商談中だったので「今この場で歌うんかい!」とツッコみたくなったけれど、楽器の腕も歌声も確かだったと思う。
「……ここまでご迷惑をおかけしておきながら、事情を申し上げないのは逆に失礼に当たるかもしれませんね。実は、息子は出戻りなのです」
「出戻りですか……」
そこまで驚きはない。食えなくなった子供が親を頼るのは自然なことだ。世間がどう見るかは別にして。
イエナもカナタと出会わなければそういう道を辿ったかもしれない。
なので、出戻りというだけであればそう珍しくもない話である。そのよくある話が、どうしてこんなことになったのか。
「独り立ちの際には、何も見知らぬ街に行かずとも地元で始めれば良いだろう、と言ってはみたのですがね。キラキラした目で『後ろ盾のない場所で、自分の力を試してみたい!』と返されては引き留めることもかないませんでした」
「でも、一般的にはそういう子どもの方が多いですよね?」
ごく普通の一般庶民の家で生まれ育ったイエナとしては、成人したら家を出るのは当たり前のことだ。
「えぇ、大変な親馬鹿とお思いでしょうね」
と、ロウヤは苦笑して話を続けた。
「幸いなことに息子は吟遊詩人としてそれなりに成功したようで、パトロンを得たというところまでは私も聞き及んでおりました。しかし、その後の話が聞こえてこない。もしパトロンの意に添えず、契約を切られたのならそれなりの噂になるでしょうし、再起を図って街を出たのであれば便りのひとつもありましょう。親馬鹿であることを自覚しながらも息子がどうしているかを調べました。パトロンになる人物というのは、必ずしも良い人間ばかりとは限りませんので……」
そこでロウヤは一度言葉を切る。その先の話が、あまり良くないものを予感させる雰囲気が漂っていた。
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