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73.ジャントーニと商談を

 ジャントーニという人物へのアポは意外とすぐにとれた。ポートラの港町にあるアデム商会を訪ねたところ一発だった。

 商会の人から「少しお待ちいただければすぐにでも呼び戻します」と言ってもらえたので、お言葉に甘えることにした。彼がまだこの港町に滞在していたのは幸いである。


「お初にお目にかかります! ワタクシ、ジャントーニと申します。以後お見知りおきを」


 通された商会の一室にて、これからの商談の準備のために見本品を出したり、カナタと流れを打ち合わせしていたところ、突然そんな声とかき鳴らされる楽器の音にぶち壊された。

 ナニゴト!? と思って顔を上げれば、そこにはちょっとびっくりするほどのイケメンがいた。緩くまとめられた長い髪は珍しい緑色、甘めの顔立ちで線は細い。ただ、楽器を持つ腕だけはしっかりと筋肉がついているようだし、声量もあるのでそれなりに鍛えていそうだ。

 丁寧な挨拶ではあるし、商会の人から聞いていた時刻より少し早い程度だからそこまではまぁ良い。ノックもナシの入室が一般的な商談でセーフなのかは知らないけれど。

 問題は、小ぶりな弦楽器をかき鳴らしながらのご登場という点だ。ジャカジャカと音を鳴らしつつ、歌うように現れて踊るように一礼してきた。ドアを開閉する係の方、お疲れ様です。

 これに対し、どう反応するべきか一瞬迷う。


「……先日はどうも。イエナのパーティメンバーのカナタです」


「イエナです。先日はお父上に大変お世話になりました」


 イエナが迷っている間に、カナタが口火を切ってくれた。一度あの歌の攻撃を食らっているので耐性ができたのかもしれない。商談が上手くいったらお礼として彼が望む調理道具でも作りたいところだ。

 カナタが先陣を切ってくれたお陰で、イエナもなんとか初手の挨拶を乗り切る。


「新進気鋭の職人である貴女様からお声をかけていただけるとは、なんたる幸運!」


「えっカナタを捕まえて私の居場所聞いてたのでは?」


 思わず突っ込んでしまう。だって聞いていた話と違うではないか。

 だが、彼の勢いは留まることを知らない。演奏も続けられている。なんというか、集中できない。無駄に声が良い。あと、顔も一般的に言えば良いと思う。


「えぇ、えぇ。是非とも貴女様にお会いしたく無理を言いましたねぇ。それがこれほど早く希望が叶うとはっ……まさに望外の僥倖ッ!」


「……えーっと、私の方からも少し商売のお話をしたくてですね」


 先に相手の話を聞いてからと思ったのだが、どうにも埒があかない雰囲気を感じた。ので、先にイエナの方から話し始めることにした。


「こちらの製品を御覧いただけますか? これはーー」


「おお、なんっと素晴らしい! 新製品ですねぇ!?」


 イエナが詳細な説明をする前から、ジャンジャカかき鳴らしつつヒートアップする彼。しかし、イエナが今見せているのはミサを中心とする人魚たちが製作した海ウール加工品だ。

 最初の段階として一番オーソドックスなモノを見せる。次に時間をかければこんな製品もできるという説明とともにイエナが作った海ウール製の作業着や、バカンスによさそうな豪華な水着を見せる予定だった。


(め、めちゃくちゃ調子狂う~! でも、ここに人魚の村の未来がかかってるわけだし!)


 リエルや長老様は「この商談が成功したら美味しい陸の食べ物が手に入るし、失敗しても今までの生活にちょっと海ウールのオシャレが加わるだけで、どっちにしろプラス!」と出発前に笑い飛ばしてくれていた。とはいえ、成功した方がより豊かな未来、特に食生活における豊かさが変わるわけで。

 イエナは彼女たちの顔を思い浮かべて気合を入れ直す。


「いえ、これは私の作品ではありません」


「……えぇ?」


 ここで初めてジャントーニが調子を崩した。楽器をかき鳴らすのを止めて、大人しく着席する。


「これは私が今お世話になっている村の、特産品となる製品です」


 今までのことを、適度にボカしながら説明する。人魚であるという部分を説明するのは一番最後。人魚たちが最も恐れていたのは人魚攫いに遭うことだ。

 現在、人身売買は既に法で禁じられている。だから、まともな商売をしているアデム商会が、人魚攫いに手を出すとは考えにくい。だが、アデム商会の知らないところで、彼個人にそういったルートがあることだって考えられる。そのための措置だ。

 ただ、ミサたちが製作した海ウール加工品の質は保証できる。より乾きやすい素材という点を熱意をもってアピールした。


「この港町の市場を軽く調査しましたが、海ウール加工品はほとんどありませんでした。恐らく海ウールの特質がよくわかっていないためかと思います。特色を理解した上で、アデム商会のお力を借りられれば普及するのではないかと思うのですが」


「はぁ……まぁ、そういうこともあるかもしれませんね」


 できるかぎりの説明をしたが、ジャントーニの食いつきは良くない。


(……彼の思惑が全然読めない。商人特有の駆け引きとかそういうこと? 確かにまだなんのヘンテツもないチビTシャツとかだから地味かも。でも、まだ交渉の余地はあるわよね)


 彼の態度に少々不安を覚えつつ、切り札としてちょっと手の込んだ製品を見せる。ミサが最後まで粘って作った装飾が多めのドレスっぽい水着と、イエナが製作した乾きやすい作業着たちだ。イエナの製作したものはどれも会心作をギリギリ回避した逸品である。


「また、こちらは職人の腕が上がれば生産できるようになるはずの製品です。今はまだ皆成長途中ですので、これらの大半は私が製作したものになりますが……。まず、こちらがーー」


 一番腕の良い職人が作った貴族向けに販路が見込めるドレス型水着、と紹介しようとしたところでジャントーニが割って入る。楽器演奏も復活だ。


「おお! 貴女様が作った製品もあるのですね! では先程の話も一考の余地があるというもの!」


 そういって、ミサ作の水着を手に取る。


「確かに水着というのは領内に海や湖のある貴族の娯楽ですね。確かにこれは目新しい。しかも貴女様の作ということであれば必ずや売れるでしょうとも」


 その時点で、イエナも黙って見守っていたカナタも表情がビシリと固まった。

 彼が今手に持っている水着は、ミサが丁寧に心を込めて作ったものだ。


『ハーフの自分が村の皆の役に立てて、しかも、手に取ってくれた人が笑顔になってくれたらどんなに素敵なことだろう』


 そんな未来に胸を膨らませながら作った作品を、彼は『イエナ作のモノであれば売れる』そう宣った。

 その時点で、イエナにとってはもう無理だった。


「ごめんなさい。このお話、なかったことにしてください」


「え、えぇ!? どうしてです? あの、カナタさん、でしたか? あなたもなんとか言ってくださいよ!」


 楽器の音がパタリと止む。流石に今の状況では弾くべきではないと判断したのだろう。

 ジャントーニの言葉に、カナタは何も言わずに首を振った。そのことにもの凄く安堵する。打ち合わせなんてしていないけれど、カナタも同じ気持ちだからこそ、口を挟まないでくれているのだろう。

 イエナとカナタの様子に目に見えて落胆したジャントーニだったが、せめてとばかりに食い下がる。


「あー……まぁ、気が変わったのであれば仕方がありません。村との商売となると、オオゴトですしねぇ。ただ、できればこちらの作品だけでもお売りいただけませんか? それと、できれば専属契約も……そうしなければ私は……」


 そう言ってミサ作の水着を握りしめるようにしながら懇願してきた。その様子におや、と思う。今までの自信満々な態度から、素が出たというか。


(何か訳アリなのかなぁ……でもやっぱり商売相手としてはちょっと……)


 とりあえず、手に持っているそれは、自分の作品ではないとイエナが口にしようとする。

 その瞬間。


「この、大馬鹿者……!」


【お願い】


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