72.吟遊詩人というジョブ
今後商売にも使えそうな図案をミサたちに託し、イエナたちは一度陸へ向かうことなった。
目的はロウヤの息子であるというジャントーニと会い、可能であれば人魚たちの商売の手助けをすることである。
久々の陸の上は、イエナたちを歓迎するかのように快晴だった。
「ん~久々の日光が沁みる~!」
「実際人間は日光浴びないと病気になるらしいぞ」
「えっそうなの!?」
陽の光を目いっぱい浴びて伸びをしていたところに、何やら不穏な言葉が聞こえた。
「俺も聞きかじりの情報だから詳しくは説明できないんだけどさ。あ、もちろん日光浴びずに3日ですぐ病気とかはないはず。ただ、ミサのお父さんとか、セイジュウロウみたく長く住んでるとどうだろうな」
「そうなんだ。やっぱり異種族婚って大変なのね」
人間同士の結婚だってなんだかんだ揉め事があるんだから、種族が違えばなおのこと、とは思っていたが予想以上だ。相手に合わせて住居を変えたことが病気の原因になってしまうだなんて。
「ってことは、天気がすこぶる悪い地域とか、あとはドワーフに倣って地底に住むと早死にしちゃうのかなぁ」
金属を扱う職人であれば、一度はドワーフの技術に触れてみるべきだ、と聞いたことがある。イエナも何度かお目にかかったことがあるが、やはり人間の技術よりも一段上に感じた。
そのドワーフたちは良質な金属が採れる山の近くに穴を掘って住んでいると聞く。どうにか学びに行けたとしても、日光がない地底ではあまり長い期間は滞在できなさそうだ。
(いつか学んでみたいとは思ったけど、健康を害しちゃうんじゃなぁ。ドワーフの技術が伝わりにくいのってそういうのもあるのかも)
「めぇ~~?」
「あ、ごめんごめん、もっふぃー。大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけだから」
考え込んでいたところをもっふぃーが心配してくれたらしい。なんて心優しいペットだろうか。港町に着いたら彼好みの果物をたらふく買ってあげたい。
「イエナの場合、ドワーフに師事するとしても長くて数年じゃないか? それくらいならなんとかなりそうな気もするけど……」
「うーん、まぁするとしてもまだまだ先のことだし、未来の自分に考えてもらうことにする! それより、今は目の前の問題解決よね」
「それもそうだな。じゃあ行こうか」
「メェッ! メェーッ!」
元気のよいゲンの声と共に出発。もっふぃーとゲンに乗せてもらい、海沿いを走る。
海中とはまた違う、潮風に吹かれる感触がなんとも言えない。ただ、ちょっとベトつくのでもっふぃーたちは後で念入りに手入れしてあげようと思う。
「それにしても、突然歌い出すってどんな人なんだろ?」
「歌自体は上手かったぞ。ジョブが吟遊詩人なだけあるなーとは思った。けど、この世界だと生きづらそうな気はするなぁ……実際どうなんだ? 吟遊詩人も不遇ジョブ?」
「うーん、一概には言えないかなぁ。なんて言えばいいんだろ、当たり外れが大きい感じ?」
イエナの中で吟遊詩人は、流行を作り上げる人、というイメージだ。
様々な町や村、都を渡り歩き、昔ながらの物語や自分が見聞きした話を歌に乗せて語る。だが、そういった歌のみで食べていける吟遊詩人は多くはない。大抵の場合は、あちこちを渡り歩いた中で手に入れた珍しいもので商いをする行商を兼ねている。
そうなると歌のスキルの他に目利きも必要になる上に、旅には危険がツキモノなのである程度の戦闘力が必要となる。
「……割ときっつくないか、それ」
「うん、大変だと思う。だからそういうタイプの吟遊詩人はどこかの商隊に所属してるんじゃないかな」
「そういうタイプじゃない吟遊詩人もいるのか?」
「酒場で歌ってる人とか。といっても、私は酒場とかあんまり行かないから実際は見たことないんだけど……」
そういった店で運良く金持ちに気に入られたりすると、生活が一変する、らしい。あとは都会の劇団に所属するという道もあるが、そちらもかなり狭き門だろう。
色々な意味で大変だが、一発当たれば大きい。イエナとしてはギャンブラーよりもギャンブルしてるジョブだなぁというのが正直なところだ。
「そっちの世界だとどうなの? やっぱりこの世界の常識と違って強い?」
これまでの経験からすると、どのジョブにも隠された強さみたいなものがあるのではないだろうか。
盗賊はセイジュウロウの活躍ですでにその強みが世間に知れ渡っているし、不遇と言われたギャンブラーはカナタを見ているとトリッキーだが実践での強さが際立っている。未知ジョブだったハウジンガーは戦闘面での強さはないものの他ジョブでは望むべくもない安全快適な空間を作り出すことができる。
だから、吟遊詩人にも何かある、と思ったのだが。
「いやぁ……ちょっと意味合いは違うかもしれないけど、両極端っていう部分は同じかもしれない」
「どういうこと? 弱いの?」
「えぇとだな。この世界って大規模討伐とかって起こる?」
「え、わ、わかんない……」
わからないけれど、できれば身近に在ってほしくない言葉の響きだ。
「身近に起きてないならそっちの方がいいと思う。平たく言うと、みんなで強い魔物をタコ殴りにしようぜっていうヤツ。どのくらい強いかっていうと、俺みたいなのが小さな村規模で集まってやっと倒せるくらい」
「えっ……こわ……」
「だよな。俺も実際にこの世界で起こってたらって思うと頭痛がしそうだよ。多分、国軍とかが出張ってくるレベルじゃないかな」
サラリと言っているが今後それが起きないと誰が言い切れるだろうか。反語。
「それ、出ちゃったらまずいよねぇ?」
「まずいどころじゃないけど、現実的に考えてアレとかアレが出てきたら普通に国が何度も滅んでる」
「まって、1体じゃないの!?」
目玉をひん剥きそうになりながらカナタを見れば、神妙な顔でコクリと頷かれた。よそ見運転は危ないが、モフモフたちが優秀で大事故から救われている。
「まぁ……たぶんきっと出ないから大丈夫。そうに違いない。じゃなくて、そういう大規模討伐とか、大所帯のパーティに一人いると吟遊詩人の価値は跳ね上がるんだ。何せ大勢にバフを掛けられるんだから」
「ばふ……っていうと、あぁ、あれだ。カナタの料理の効果みたいなやつ?」
どうしても会心作にしたいときに、カナタが作ってくれる料理がある。製作手帳に載っているそれらを食べると器用さが上がるなどの良い効果を得られるのだ。
吟遊詩人の場合はそういった良い効果を歌うことで付けられるのは物凄く強そうに思える。
「そうそう。料理の効果は結構長く続くけど、歌の効果はあまり長くはない。その分、上昇値は料理とかより上だな」
「話を聞いている限り、需要はすごくありそうなんだけど……」
「あっちの世界ではいると助かる存在ではあったな。でも、実際に目の前で歌われて思ったんだ。戦闘中に歌われたら気が散らないか、と」
「あ、あぁ……」
イチコロリで狙いを定めているところに歌い出される図を想像する。正直言って、集中できる気があまりしない。
「それに大規模討伐もないとなると、活躍の場がダンジョンに潜るときとかになるだろ? 8人くらいの大所帯ならともかく2,3人のパーティなら恩恵はあまりないんだよな。吟遊詩人自体の攻撃力はそこまで高くもないし」
「……なんか、初めてかも。カナタの話聞いても強いなーって思えなかったジョブ」
吟遊詩人に対して失礼な感想を抱きつつ、一行はポートラの港町へと向かうのだった。
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