71.海と陸の交易に向けて
大陸では大多数が聞いたことがある逸話持ちの大盗賊、セイジュウロウが遺した謎が見事に解かれた次の日。
イエナは海神の溜め息を訪れた長老様に熱くプレゼンをしていた。
「という感じで進めていけば少なくとも村の損には絶対にならないと思います!」
「あ、あぁ。そうかい」
恐らくは昨日のお礼を言いに来たのだろう長老だが、海神の溜め息に足ならぬ尾びれを入れた瞬間に捕まってしまったのだ。暴走するイエナは誰にも止められない。実際悪い話ではないと思っているのか、カナタも止めるつもりは全くなさそうだった。
「しかし、人間を海底に招くのはちょっとねぇ。あたしは悪い人間ばっかりじゃないことは知ってるさ。でも、人間を警戒する年嵩連中の懸念もわかっちまう。商品を持ってった本人までも商品に並べられちまったらってね」
一昔前までは人魚は人間に攫われ、売られていたそうだ。その苦い記憶は寿命の長い人魚たちの間ではまだ薄れていないらしい。それは当然のことだとは思う。
「勿論無理にとは言わないです」
そういった話も聞いているため、無理強いする気はなかった。というより、そういう歴史がありこの先も人間を忌避しそうだからこその熱いプレゼンだったのだ。
(んー熱意だけじゃダメなモノもあるよね。残念だけど、ジャントーニとかいう人には個人的に挨拶して終わりかな? あ、でも昨日の夜プレゼン資料とともに図案は作ったからそれだけは作っちゃおうかなぁ)
イエナがそんなことを考えてると、後ろからビシィと真上に挙手をして声をかけてきた人魚の影が。
「ハイハーイ! おババ様。そのショーバイってやつ、アタシやってみたい!」
「リエル? そりゃ……お前さんがやりたいっていうなら止めないが、なんでまた……」
「おババ様、ウチらもやりたーい!」
「お前さんたち……。どういう波の流れだい、こりゃ」
なんと、リエルだけではなく本日も海ウール加工作業に来ていた人魚たちの大半がやりたい、と手を挙げ始めた。
「えーだってぇ。ショーバイってのしたらさぁ、お金が貰えるわけじゃん? まぁお金そのものには興味ないんだけどぉ……ねぇ?」
そう言ってリエルは周囲の人魚たちを見渡す。すると、彼女たちは口々に喋り始めた。
「新鮮な果物ってすっごーく美味しいんだもの」
「海に沈んだ奴はちょーヤバのヤバだけどさぁ」
「あと、お茶も美味しいわよねぇ。流れてきたお酒だって確かに美味しいけど、あれ酔っちゃうんだもの」
「……カナタの餌付けの成果がここに」
「なんかそれ人聞き悪くないか? もてなしただけじゃないか」
大きな声では言えないが、人魚たちに出したのはカナタお手製の料理の他に、もっふぃーとゲンがあまり好まなかったフルーツの類いである。やはりモフモフたちには好みのモノを食べさせてあげたかったので、彼女たちが消費してくれて願ったりかなったりだったのだ。
だが、まさかこんなことになろうとは。陸の食べ物に魅了されたのはリエルだけじゃなかったらしい。お姉さま集団もこぞって後押ししてきた。
勿論イエナはこの機を見逃さない。
「まぁでも、交渉の仕方によっては物々交換って手もアリよね」
「何々、ブツブツブツコーカンって」
「リエル、ブツが一個多いぞ。逆に言いにくいだろ。物々交換ってのは、そのまんま、モノとモノを交換することだよ。こっちは海ウール製品を渡すから、それに見合った果物やお茶を持ってきてって言って、あちらが承諾すれば交渉成立ってこと」
「よくわからんけど、交換して双方はっぴっぴー?」
「大体そんな感じだ」
カナタ、説明投げたな、と思ったものの口にはしない。
「……若いのがやる気になってるならあたしが反対する理由はないが……なんだか心配だねぇ」
「おババ様心配しすぎっしょー? アタシらだって結構やるときはやるって~」
ケタケタと笑いながらリエルが言い放つ。人魚は人間に比べて楽観的だという話だったが周りの人魚だけでなく、ミサでさえやる気十分に見える。
食べ物の力、おそるべし。
「それじゃあリエル。あんたが仕切んな」
「へっ!?」
「やるときはやるんだろう? それじゃあお手並み見せてもらおうじゃないか」
長老様は心底楽しそうに笑ってみせた。流石年の功というべきか、言質もしっかりとっているのでリエルに逃げ場はない。
そして周りの人魚たちも最終責任はリエルに押し付ける気満々なようだった。
「リエルならできるできる~!」
「そうね、私もできるコトは手伝うわぁ」
「あの、私も頑張って素敵な製品つくるから、ね?」
ダメ押しとして、ミサにまで言われてしまえばリエルはもう観念するしかない。
「わ~かった! わかりました! アタシがやったろーじゃないの。実際加工するよりはニンゲンとお話する方がちょー楽勝かもだしね」
イエナに一番最初に教わった身ながら、未だに出来上がる作品が独特、いや、味のある、独創的なリエルの言葉には妙に説得力があった。
「人当たりいいし、結構適任かもな」
ボソリとカナタがそう呟いたのだが、そこは確かに共感できる。リエルであれば万が一失敗したとしても「やっちゃったー! 助けてー!」とすぐさま誰かを頼れるに違いないという確信があった。
「そうと決まればイエナにカナタ! ニンゲンの特徴とか教えて! やられたらヤなこととか中心に! ぜーったいに美味しいモンたっぷりゲットしてやるんだから」
「え、待って待って。まず陸の人にも商売する気があるかの確認とらなきゃだよ」
人魚たちが海ウール製品を取引する気になってくれたのは非常に喜ばしい。だが、商売とは売る者と買う者、双方の合意があってこそだ。
「あー確かに? じゃあアタシら確定するまで何してよっか?」
リエルの尤もな疑問に、一瞬辺りが静まり返る。
皆考え込んだ末に、口火を切ってくれたのはミサだった。
「売り物になりそうなものを作る、とか?」
「それは大事よね。あ、そうだ、ミサちゃん図案作ってみたんだけどチャレンジしてみる? 私が自分用に作ったやつだからちょっと作りづらいかもだけど」
「やる! あ、やってみたいです!」
思わず敬語が抜けるくらいにやる気満々のミサ。その姿は以前とは比べものにならないくらいにキラキラしていて、こちらまで嬉しくなった。
一方、この図案からモノを作るレベルに達していない人魚たちはというと。
「誘拐対策もした方がいいわよねぇ。相手がどんな人間であれ自衛するに越したことはないもの」
ポソリ、とお姉さま人魚の一人が誘拐対策に言及した。そこから話は広がっていく。
「毎度あたしが出張ってやれればいいんだが、長ってのは意外と忙しくってねぇ。どんな頻度になるかわからん以上確約はできんよ」
「おババ様にはどっちかっていうと昔を知る人たちの説得当たってほしいよねぇ。アタシらがいくら大丈夫って言ったところで聞きそうになくなーい?」
「説得には材料ってもんが必要だろう? どう説明するつもりだい?」
「えーっと、どうしよ? とりま加工しつつ皆相談しよー! なんかいい案ある人喋って喋って~!」
リエルが音頭をとり、それぞれ案を挙げていく。
「……リエル、本当に適任じゃない? リーダーシップすごい」
「だな。皆思ってた以上に乗り気だし、イエナも結構プレッシャーかかるんじゃないか?」
「あら、カナタも助けてくれるでしょう?」
イエナがノーとは言わせないぞ、という笑みを浮かべて問うたところ、カナタは最初から答えは決まっているとばかりに頷いてくれたのだった。
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