閑話 70.5 異世界人の手記
セイジュウロウが遺した手記を前に、カナタは暫し硬直していた。
『この場所を訪れた転生者へ』
そう書かれた文字は久しぶりに見る日本語で、懐かしさに胸がギュウと痛んだ。ただ、その内容がどういった方向性か皆目見当がつかず、自室に戻ってもすぐには読むことができなかった。
(彼は元の世界に戻らず、ここで生涯を終えた人だ。もし、彼に「戻れない、諦めろ」って言われたら俺はどうするんだろう)
イエナと出会ってからのこの世界はとても楽しいものだった。出会う前は、ゲームと思って舐めてかかり、文字通り苦汁を舐める羽目になったのだけれど。
ルームのお陰で毎日安心してグッスリと眠れるし、彼女の作ったキッチンのお陰で美味しい料理を作ることができる。まさか自分が異世界にきて料理を趣味にするだなんて思わなかった。念願の風呂も作ってもらい、一日の疲れをバスルームでスッキリと洗い流せている。
本当にイエナには感謝してもしきれない。
だが、どれだけ今現在が快適であっても、元の生活に戻りたいという欲求は消えなかった。
(この世界にきたのが突然すぎて、何が何やらわかってないんだよな。まだ積んでるゲームだってあるし、気になってた漫画の完結も見てない。何より、誰にも別れを言えてない……)
別れの言葉を伝えられれば満足かと言われればそんなことは決してない。だが、せめて自分がいなくなった今どうしているのか知りたかった。そして、戻れないならせめて別れをどうにか告げられないかと思ってしまう。
「……いや、違う。戻るんだ、俺は。元の日常に」
イエナと2匹のモフモフとの生活は楽しい。けれど、やはり元の世界に未練がある。
カナタは意を決して、冊子の表紙をめくった。
『この文字が読めてるってことは、お前は俺と同郷の人間だよな。俺はここで人生を終えるけど、まだまだこれからのお前に、俺の知っていることを託す。どう使うかは手に取ったお前次第だ。思い出しながら書くから、見にくかったら悪い。なんとか読み取ってくれ』
そんな書き出しから手記は始まった。
ゴクリと唾を飲み込んで、カナタは先へと目を向ける。
最初の方は『この世界をゲームと思って甘く見るな』ということ。そこには彼の失敗談も記されていた。
『ゲームじゃないって頭ではわかってても、盗賊ってジョブの真価を知らしめた上に、ちゃんとパラメータもいじった俺はかなり強くて、かなりモテた。別にイケメンじゃないのにな。それで調子にのったんだ。悪いことは言わない。ハーレム作ろうとか思うんじゃないぞ』
「作ろうとしたのかよ……」
ここに来た人物が女性であることは考えているのだろうか。いや女性であっても逆ハーを夢見ることはあるのかもしれないが。
ともかく、同じ轍は絶対に踏まないと心に決めて次に進む。
『恐らくだが、ジョブは一番最後にログインしたときのジョブなんじゃないだろうか。俺は盗賊で仲間とダンジョンに挑む準備をしていたのが、このゲームをしていた最後の記憶だ。お前はどうだ?』
「セイジュウロウもこれは一緒なんだな」
異世界に住むイエナにはピンと来ないだろうと思って説明は省いたが、カナタもギャンブラーでゲームにログインしていたのが最後の記憶である。この仮説は当たっていそうだ。
『この世界に転生者が現れる時期にはかなりバラつきがあるようだ。俺の記憶ではこのゲームはそこそこ老舗だが、それでもうん百年なんて歴史は、当然だがない。それでも、俺が知る限り転生者はうん百年前にも現れていたことがわかっている。だいたいの連中が目立ちすぎて、国なんかに目をつけられているようだ。もし、お前が華々しい冒険生活を夢見ているなら今すぐに考え直せ。待ってるのは地獄だ。俺の味わった地獄が知りたきゃあとで書き足しておくからそっち読むといい。目立たず、真っ当に生きろ』
「……言葉の重みが違うな」
カナタは運よく早々に転生者であることを明かすリスクに気付くことができた。けれどこの手記から察するに、気付けなかった転生者たちの最期はどれも悲惨だったのだろう。少なくとも地獄と表現するくらいに、セイジュウロウは辛酸を舐めたようだ。
ただ、彼はなんとかこの海の底に逃げ延びて、長老様と出会えた。それは、救いになったんじゃないだろうか。
『美味しいクエストの大半はすでに転生者たちがやってると見た方がいい。レベル上げをするなら地道にやった方が危険がない。間違ってもポイズンスライム狩りに手を出すなよ。まず毒消しが見当たらねえ』
「あ、そこはごめん。優秀なパートナーが解決してくれたわ」
やはり彼も王道のポイズンスライムレベリングを試みたようだ。その点で言うと、カナタは本当に幸運だった。ハウジンガーであるイエナとパーティを組めたのだから。製作に関する不安は全て彼女が解決してくれている。
『基本はソロを勧める。だが、ソロ冒険者はそれはそれで目立つから注意が必要だ。お前のジョブにもよるが、暴力ヒラならソロ活動に一番向いてると思う』
暴力ヒラというのは、回復ジョブにも関わらず攻撃値を上げまくったジョブの総称だ。攻撃力や防御力を上げる魔法を自分にかけて戦いに挑み、ダメージを受けたら回復魔法を唱えて己を治療する。物凄く強いわけではないが一人で戦える点が魅力で人気があった。
この世界では皆ステータスを上昇させていないので、十分強い部類に入れるだろう。
『ソロ向きじゃないジョブならパーティを組むことを勧めるが……俺は失敗したクチなんであんま勧めたくないのが正直なところだ。俺らの常識とこの世界の常識は違う。些細なことがきっかけでパーティ崩壊っていうのはゲームの世界でも見たことあるだろ? あれが現実で起こるからヤバい』
「あーー……」
色々と身に覚えがあるため、思わず天を仰ぐ。ゲームの世界であれば最悪キャラクタごと消してまた違う場所で始める、ということもできるがこの世界ではそうはいかない。
『信頼できる相手を作るのが一番だ。俺は作ったのが晩年で遅すぎたがな。くれぐれも人間のお前が遠海に手ぇだすんじゃねぇぞ。あいつはイイ女だが、同じ寿命で一緒に泳げるやつと一緒になるべきなんだ』
「それ本人に言えよ! ……はぁ。この部分だけ訳してあとで長老様に見せるか」
『それから、もしお前が元の世界に戻りたいと思ってるならーー』
イエナに代筆をお願いしようと考えながら、文字を追っていると心臓が跳ね上がるような文字列を見てしまう。油断していたため、心拍数が爆上がりした。
ドッドッと激しく動く心臓辺りに一度手をやってから、深呼吸して再び読み進める。
『お前が元の世界に戻りたいと思ってるなら、次元の狭間を目指すべきだ。俺は戻るつもりがなかったからパーティを組んでる時代には足を向けたこともなかったが。イベントがなければ、あの辺りは見るようなものもないしな。今となっては確認しておけば良かったと思っている。あそこは盗賊のソロは現実的じゃないから、もう行くことはできない、老体だしな。だが、それ以外のパーティ向けの場所はおおよそ行っている。ゲームとは違うって部分が結構あって面白く、見どころはあるがそれだけだ。元の世界につながるようなモノはなかった。一応思い出せる限り記しておく』
そこからは、大盗賊セイジュウロウを含めたパーティがチャレンジした場所の羅列だった。高難易度のダンジョンや、イエナとカナタの2人では辿り着くのが難しい場所まで書いてある。
「すごいな、これだけの場所を冒険したのか」
だが、その何処にも元の世界へ戻れるヒントはなかったらしい。
やはり、向かうべき場所は『次元の狭間』で間違いないようだ。
「感謝するよ、セイジュウロウ」
この世界に生きた同胞に、カナタはそっと黙とうを捧げる。
手記の最後にはこう書かれていた。
『以上、この情報をどうするもお前次第だ。いい人生を歩めよ。先輩ゲーマー兼冒険者、誠十郎より。
P.S.アイスブルグの山の中に隠者の噂があったけど、もしかしたらソイツも転生者だったかもしんねぇな』
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