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69.異世界文化

「ちょっと失礼しますね」


 1人で何やら納得した様子のカナタは、おもむろに宝箱の前へと移動した。そうして何やらカチャカチャと音を立てて作業をする。その間僅か数秒。瞬きの間とは言えないけど、体感としては本当に短い時間だ。


「はい、開きました」


 そう言って振り返ったカナタの手には、宝箱を封じていたはずの鍵があった。


「ど、どういうことだい? あたしが何年かけてもわからなかったものが……」


「これはわからなくても仕方ないと思います。多分、貴女になら簡単に解けるだろうと彼は思い込んでた……おそらくその辺りが国を追われた遠因にも繋がりそうだなぁセイジュウロウさん……」


「カナタ、1人で納得してないで種明かししてよ!」


 長老様が今まで解けなかった謎をカナタが簡単に解いてみせた。それ自体は喜ばしいことかもしれないが、そこでおしまいにされては納得できるはずがない。何故カナタにできて長老様に今まで開けることができなかったのか、理由も含めて説明してもらわなければ。


「あ、そうだよな、すみません」


「いや、構わないよ。それよりも理由を教えとくれ」


 ペコリと頭を下げたカナタに、長老様は鷹揚に先を促した。イエナと比べると、流石の貫禄というものだろう。


「えぇと、まず大前提としてセイジュウロウさんも俺も、この世界からすると異世界の人間なんですよ」


「それはわかってる。常識とかたまに結構かなりズレててビックリするもん」


 すかさずツッコむイエナ。優しさとして『たまに』程度の表現で止めておくべきだったのかもしれないが、連鎖的にあんなシーンやこんなシーンが浮かんできて装飾語がどんどん肥大してしまった。正直ですまない。

 だが、そんなイエナの葛藤を知る由もなくカナタは話を続ける。そういうとこもだぞ。


「そう、まさに常識のズレなんだけどさ。セイジュウロウさん、この世界の文字が読み書き、そんなに得意じゃなかったんだと思う。もしかしたら、全くできなかったことも考えられるかもな」


「えぇ!? でも、カナタ読めてるじゃない!」


 一緒に食事処に行った時もカナタはメニューをきちんと理解していたように思う。それに何度かメモだって渡してくれていたはずだ。


「それは俺がオタクだから。ハマると全部知りたくなるタチなんだよ。イエナならわかってくれる心理だと思うんだけど」


「なるほど、知的好奇心の暴走」


 大変身に覚えがあるので腹の底から納得してしまった。それに、カナタだからそういうこともあるだろうと思えてしまう。


「……セイジュウロウに関しては思い当たるフシがいくつもあるね。そうか、あの馬鹿たれは読めなかったのか」


 何かを思い出していたのか、長老様は閉じていた目を開けて、フッと笑いを漏らした。それは諦めのようでもあり、何かを懐かしんでいるようでもあった。


「まぁそこまでなら問題はないんですけど、彼はこの宝箱の鍵を異世界風に作ってしまった。ここが大問題なんですよ」


「そちらの世界風って、どういうこと?」


「俺たちの世界……じゃないか。国だな。数字を色んな風に読むんだ。1,2,3だったりひーふーみーだったり」


「そういやアイツもヘンな数え方してることがあったねぇ」


 普段はちょっとした違和感があるかも、程度にしか思わなかったがこうやって改めて聞いてみると結構違いがあるのがわかる。


(カナタってこっちの世界に馴染むのすっごく頑張ってるんだなぁ)


 カナタにとっては「うまく馴染めないと最悪死ぬ」くらいの危機感があるのかもしれない。そして、そんな危機感があまりなかったセイジュウロウは、最終的に海の底に逃げ込むことになったのだろうか。


「で、その独特の数の呼び方でいうと、トオミさんは103という風に数字で表現できるんです」


「それが、鍵の答えだったと?」


「えぇ、ほら」


 そう言ってカナタは開いた状態の鍵を見せてくれる。かなり読みづらいが、なんとか103と読み取れた。


「……きったない文字だねぇ」


 長老様も、セイジュウロウお手製のカギに笑っている。確かにこの素材で、このサイズの文字を書こうとするとちょっとコツがいるけれど、それにしてもクセが強い気がした。


「いえ、実はこれも向こうの文字なんです。数字は比較的似てるように作られてるから意味が通じやすいんですけど……。こちらの人から見ると下手糞に見えるんですね。俺も気を付けなきゃ」


「あーー確かに。カナタのメモってやけにキレイな字と子供の落書きみたいな字が混在してるよね」


「えっマジ!? ……もし文字を書かなきゃいけない機会がきたらイエナに代筆お願いしていいか?」


「……アンタたちはいいコンビなんだねぇ」


 しみじみと呟かれてイエナとカナタは思わず顔を見合わせた。確かにお互いにいいパートナーであるよう努力している、はずだ。だが、それを改めて他者から言われてしまうとどうにも照れくさいというか、なんというか。

 カナタも似たようなことを思ったのか、微妙な空気が流れる。肯定するのも否定するのもどちらにしても角が立つというか。



「さて、折角長年の謎を解いてもらったんだ。早速宝箱の中身拝見といこうかねぇ」


 そんな空気を察してか、長老様がわざと明るく声をあげてくれたようだ。

 けれど鍵がなくなった宝箱の前に進む後ろ姿には、声とは裏腹に張り詰めたものが感じられた。


(セイジュウロウさんのいうイイ女が自分だったっていう喜びもあるだろうし、今まで開けられなかったっていうのもあるし……そりゃあ緊張するよねぇ。何が入ってるんだろう。流石にナマモノってことはないだろうけど)


 伝説の盗賊なら状態保存の魔法がかけられた箱くらい持っていてもおかしくないけれど、流石にそんなロマンの欠片もない事態は起きないと思いたい。


「いくよ」


 長老様の一言は、イエナたちにというよりも自分自身に向けたものに聞こえた。彼女は意を決して宝箱の蓋を開ける。


「……なんだい、中身は思ったよりスカスカだねぇ」


 後方で成り行きを見守っていたイエナとカナタだが、長老様が拍子抜けした声をあげたのを聞いて一緒に中を覗き込んだ。


「箱? と、手紙、ですかね? あれ? でもカナタの推理だとセイジュウロウさんって読み書きできないって……」


 長老様が言う通り、大きな宝箱の中身は思っていたよりも詰まっていなかった。宝箱というと金貨がミッチリというのは物語の影響を受けすぎだろうか。

 入っていたのは掌の上に乗るサイズの箱と、封筒らしきもの。あれが手紙だとすれば、書かれている言語がどちらのものか、とても気になるところだ。


「セイジュウロウさんが渡したかった人は絶対長老様なはずです。だから、受け取ってあげてください……読めなかった場合は俺も協力しますから」


「そうだねぇ。読めない文字が書いてた時はアンタに翻訳を……いや、何が書かれてるかわからんからちょっとねぇ。もし悪口だったら気まずいだろう?」


 そんな軽口を叩きながら、長老様は封筒を開ける。

 そしてーー。


「……すまないがアンタたち、今日はここで帰ってもらえるかい?」


「え?」


「あぁ、そのわけわからん文字の方は持っていくといいよ。ただ、あたしゃちょっと此処で酒が飲みたくなっちまってねぇ……」


 気風がいいとか、カッコイイという言葉が似合う女性の声が、少しだけ揺れていた。

 イエナはカナタと目を合わせると、どちらからともなく微笑んだ。


「わかりました。それじゃ、こちらはお借りしますね」


 そう言ってカナタは先程の冊子を手に取った。イエナも何もなかったかのように、長老様に、トオミに一度別れを告げる。


「私たちはいつもの海神の溜め息に戻りますね。それじゃあ」


「あぁ。この礼は必ずするよ……」


 その言葉を背に、2人はそっとセイジュウロウがかつて住んでいた場所から出ていった。

 もしかしたら、ポートラの港町にはまた人魚の泣き声が届くかもしれない。

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