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68.海底での謎解き

 質素な掘立小屋を見て、カナタがなんとも言えないといった声音で呟く。


「ここが、転生者の最期の場所……」


「あぁ、入っといで」


 そう言って長老様は中へと案内してくれた。

 足を踏み入れると、長く使われていないような空気が感じられた。けれど、室内は荒れた様子もなく、埃も積もっていない。恐らく誰かが定期的に訪れて気を配っているであろうことが窺えた。

 そして部屋の隅にはちょっと気になるモノが。


「……宝箱」


「だな、どう見ても宝箱。しかもめっちゃクラシックなヤツ」


「あはは、やっぱアンタらもソレ気になるかい?」


 木材などの自然物で作られた小屋の中に、ハッキリとした赤と金色の装飾がされた宝箱がデンと置かれていた。これがダンジョンの奥深くであればまだしもなのだが、この場所ではあまりにも不釣り合いだ。


「報酬、と言っただろう? あたしからも勿論話はしたげるがね、アンタにとってはこっちの方がいいんじゃないか、とも思うよ」


 そう言って差し出されたのは古びた紙を束ねた冊子だった。表紙には文字のようなものが書かれている。少なくとも、イエナが知るノイツガルド公用語ではない。思わず目を凝らしたその横で、カナタが息をのんだ気配がした。


「『この場所を訪れた転生者へ』」


「あぁ、やっぱりアンタは読めるんだね」


「はい……同郷の方で間違いないようです。あの、それ読ませてもらえませんか?」


「構わないよ……と、言いたいんだがちょっとだけ条件を付けてもいいかい?」


「え?」


「報酬として、アイツの話もするしこれも読んだっていい。ただ、その前にその宝箱が開けられないか試してみてくれないだろうか」


「え、えぇ? 俺が、ですか?」


「そっちの嬢ちゃんでも構わないよ。それに、開かなくても報酬は渡す。ただ、チャレンジだけしてみてほしい」


「はぁ……」


「よくわからないけど、やってみようか。開けるだけなら正攻法じゃなくてもできるかもしれないし」


 宝箱とは言うが、所詮はモノ。組み立てを分解するのはクラフターであればできないこともないはずだ。

 が、それは依頼主である長老様に止められた。


「あーすまないがそれは止めてほしい。中身が傷つくようなことは特に。一応『大泥棒』の称号を持つ盗賊が置いたものだし、慎重にやっとくれ」


「……エッ!? そのセイジュウロウさんってジョブが盗賊だったんですか?」


「あぁ、本人はそう言ってたね」


「だとしたら確かに慎重になった方がいいな。盗賊って罠を見抜くのも仕掛けるのも得意だから……」


「命に関わるような罠はしかけてないとは思うがねぇ」


 長老様からそんな少々心許ないアドバイスをいただいて、イエナとカナタは慎重に宝箱を調べ始める。と言っても2人は罠についての知識は皆無だ。万が一罠が発動しても自分の『幸運』スキルがあれば多分大丈夫、とカナタは請け合ってくれたけれど。


「うーん、継ぎ目が見当たらないわ。どういう素材かもちょっと見当がつかない」


「ダンジョン御用達の魔法製品なのかもな。ただ、開けるにはこの鍵を外せばいいみたいだ……いやぁ、でもコレって……」


 カナタの視線の先には宝箱の鍵。

 ただ、通常目にするような鍵穴式ではなく、ダイヤル式とでも言えばいいのだろうか。数字らしき文字が付いた何かをクルクル回すような機構になっている。開けられた暁には是非仕組みを調べさせてほしいところだ。


「長老様、このタイプって何かしらのヒントがあるんですけど、何か聞いてませんか?」


 イエナには開け方など見当も付かなかったが、どうやらカナタはなんとなくわかるらしい。感心しつつ、長老様とのやりとりを見守る。


「……『俺が出会った中で一番のイイ女の名』だそうだ。馬鹿みたいだよねぇ。コイツ、ちょっとは名の知れた盗賊だったくせに女関連でやらかした挙句、ここまで逃げてきたっていうのにさ」


 心底呆れ返ったように肩を竦めた長老様は、けれどどこか温かみを感じる声音で応じてきた。

 その話を聞いて、イエナはふとあることを思い出す。


「名の知れた盗賊って……もしかして、セイジュウロウさんってあの伝説の盗賊ですか!?」


「あたしにゃ陸のことはわからんよ。ただ、自称『盗賊の名誉を回復した男』だそうだね」


「やっぱり! 不遇ジョブだった盗賊の評価を一変させた英雄だ! え、でもどうして海の底に?」


 そんな華々しい経歴があればどこかの王都のど真ん中にどでかい屋敷でも建てて豪遊して暮らせそうなのに。


「その辺りの話って今聞いてもいいですか? もしかすると宝箱を開けるヒントがあるかもしれないんで」


「……じゃあ、昔話でもしようかね」


 この小屋に椅子は2つだけ。レディファーストと言ってカナタが床に座り込んだ。よくわからないけど女性陣座っていいよってことらしい。ちなみにその言葉を聞いたときに長老様がまた苦虫を噛み潰したような顔をした気がする。


(もしかしてカナタの世界の女好き用語? ま、まさかカナタに限ってそんな……)


 ちょっとしたイエナの葛藤をよそに、長老様は昔話を始めた。


「この村にセイジュウロウがやってきたのは十数年前、ミサの両親の橋渡しをしたのが住みつくきっかけだよ。自分たちの恩人だからってことでミサの母親がアイツにイキマモリを渡しちまったのさ。『恩人のアンタには是非海底での結婚式で祝って欲しい』って言ってね」


「ミサの両親の!? そっちの話も聞きたい……けど、今は鍵のヒントが先だよね」


 どんな風に種族を超えた2人のキューピッドを務めたのかは物凄く気になるが、今はそれよりも先に聞くべきことがある。


「ミサの両親の結婚を祝ったあと、あろうことかここに住み着いちまったんだよ。自分1人ならなんとか暮らせるから気にしないでくれ、とか言ってね。その癖フラッと村に来た時は誰彼構わず美人だのキレイだの歯の浮くようなセリフをベラベラベラベラと……」


 この感じだと、そういったセリフを長老様も言われていたようだ。当時を思い出したのかちょっと表情が憎々し気である。


「本っ当に浮ついた男だったよ。だが、たまにポツリと零していた。『人間は信用ならない』ってね。何度か酔わせて吐かせたんだが、アイツは心底人間の社会にくたびれてたみたいだ」


「転生者はそうとばれてしまうと生きづらいって聞いたことがあります」


「幸せな最期を迎えた人の話は私も聞いたことないな」


 イエナが知っている転生者の話はいくつかあるが、そのどれもが彼らの全盛期の活躍話。彼らが最期どうなったかまでは語られていない。そうして彼らは幸せに暮らしましたとさ、というセリフで物語は終わっていなかったのは確かだ。


「そうだろうな。大きな力を持ってしまうと、どうしても国だとかに目をつけられる。それが肌に合えばいいのかもしれないけれど、自由に生きたい人と国って結構相性悪そうに思えるし」


「相性が悪いだけなら良かったんだがね」


 長老様はそこではぁ、と大きく溜め息を零した。


「アイツは盗賊というジョブのせいで、最終的に濡れ衣を着せられて処刑されそうになったんだとさ。それも信頼していた女に裏切られて。ま、あたしゃそれを聞いただけだから真実かどうかはわからんがね」


 確かに一方の意見だけを聞いて物事を判断するのは良くないとは思う。ただ、今まで陸で生きてきた全てを捨てて海の底にきたのだ。余程の理由があることは察せられる。恐らく彼が語ったことは真実なのではないだろうか。


「ま、そんな事情でアイツはここに住み着いたわけだが、やっぱり人間であると同時に転生者だ。ちょっとばかり常識があたしらとは違ってねぇ。それでもココではそこそこうまくやってたんじゃないか。最期はまあ悪くなかっただろうさ」


「……なんか話を聞いてると、一番親しかったのって長老様なのでは?」


 なんとなく、今までの話しぶりから長老様からセイジュウロウという人物への親しみを感じる。それに酒を一緒に飲むくらいの間柄だということも。


「その『イイ女』とやらがあたしだったら、アンタらに頼らずその鍵を開けてるよ。でもあたしの名前に数字は入ってないし、誕生日だって教えた覚えはない。……実際違ったしね」


「あの、一応お名前を伺ってもいいですか?」


 カナタが真剣な表情で問う。もしかしたら、カナタには何かわかったのかもしれない。


「トオミ。それがあたしの名前さ」


 それを聞いた途端、カナタは「あぁ、やっぱり」と呟いたのだった。

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