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67.海ウール加工兼女子会

 イエナたちが海の底に滞在するようになって数日が経った。

 人魚の村の、海神の溜め息は本日も賑わっている。若い女性の人魚を中心に、海ウール加工が流行り出したからだ。

 やはり種族的に器用さが低いため、大変そうな部分は見受けられる。けれども、失敗しても笑って流し、どうにか工夫できないかとイエナにお願いしてくるような大らかさがあった。

 それぞれ食べ物を持ち寄ったりして、楽しくおしゃべりをしながら加工を学んでいるところだ。

 ちなみに、カナタはというと……。


「ちょっとゲンともっふぃーの運動不足解消がてら、陸に行ってくるよ。買い出しもしたいしさ」


 と言って一旦陸上に向かった。インベントリにいれているとはいえ、新鮮な果物はいくらでもストックがほしい。あの癒しのモフモフたちが餌不足で逃げてしまうなんて耐えられない事態だ。そこまでいかなくても、好物がなくて悲しい顔をする2匹を想像しただけで胸が痛む。

 あとは、リエルと約束していた陸の食べ物を補充しにという面もある。


「んーまぁそれもあるっちゃあるかもだけど、おねーさまがたにアットーされたんじゃん? カナタ見た目カワイーし、可愛がりがいがあったんでなーい?」


 というのがリエルの見解である。確かにお姉さま人魚たちにちょっとからかわれている姿は目撃した。

 余談だが、今のところ男性の人魚は概ね「服とか別になくてもよくね?」のスタンスだ。まぁ、その気持ちはわからなくもない。男性の人魚は服を着ていないことが大半なので。


「えへへ、これ、結構上手くできた気がする」


 そんな人魚の女性陣の中でも、やはりミサは上達するのが速かった。

 今では教える側に回ることもしばしばで、女性人魚たちに一目置かれている。ファッション好きなお姉さま人魚集団を敵に回したい者はいないようで、ミサがからかわれるようなこともなくなっているらしい。何より、最初に話したときよりも数段明るくなっていることが喜ばしかった。

 参加人数が増えた結果、海ウールも順調に消費されている。


(これからも海ウールは生産されちゃうんだろうけど、少なくともピンチは脱したかな? でもなぁ、折角加工しても女性人魚が着るだけだと消費量は少なさそう)


 イエナたちが旅立つ際には是非できうる限り持って行ってくれ、と懇願されている。素材はいくらあっても嬉しいイエナだが、この村の先を考えるにあたって、もう少し何かあればと思わなくもない。


「かなり盛況じゃないか」


「わわっ!?」


 ぼんやりとそんなことを考えていると、突然そんな声がかかった。


「あ、ババ様じゃーん。ババ様もやんなーい?」


「そういうのは若いモンに任せるよ。あたしの分もイケてるのを作っておくれ、なぁ、ミサ」


「え? えへへ、じゃあ、私頑張るね」


 長老様に頼られて嬉しかったのだろう。ミサはちょっと照れつつも、また作業へと戻っていった。


「おや? ボウズはどこいったんだい?」


 長老様がキョロキョロと辺りを見回す。


「あ、カナタは朝から買い出しに行ってます。夜には戻ってくるって言ってましたけど」


「そうかい。じゃあ一度出直そうかねぇ」


「ババ様なんか用事? アタシ伝えとこうか?」


「いや、それには及ばんよ。海ウールの件だけじゃなく、ミサのことまでも解決してもらったからね。長老のあたしがビシッと礼を言うのが礼儀ってもんだろう?」


「うーん、解決かどうかはまだわからないですけどね」


 明るくなったミサを見るに、そちらは大分解決に近いように思う。

 ただ、海ウールに関しては応急処置ができただけにも感じる。あともう一歩、何かできればよいのだが。


「ただいまー……っと、また人数増えてる?」


「メェッ! メェッ!」

「めぇ~~?」


 そんな話をしていると、カナタが思っていたよりも随分早く帰ってきた。予定では買い出し後、日が暮れるまで2匹の運動不足解消も兼ねて狩りをしてくると聞いたのだが。


「おかえりー、早かったね? もっふぃーとゲンちゃんもお疲れ様。あとでブラッシングしようねー」


「それがイエナに早めに話しておきたいことがあって……あ、あれ!? すいません、長老様いらしてたんですね」


 カナタはイエナの顔を見るなりズズイと近づいてきた。いきなりの急接近にビックリしてしまう。思わず後ずさりしそうになったところで、やっとお客さんの存在に気付いてくれたようだ。正直助かった。


「あぁ、今回のことでお礼を言いにと、約束してた報酬の話をしにね。ただ、立て込んでるなら出直すが?」


「あ、転生者の話! 是非聞きたいです!」


「私に話なら皆さんが帰ったあととかでもできるものね」


 突然の接近にちょっと焦ってしまったが、今度は長老様にグイグイといくカナタになんだかなぁと思う。他意はないのだろうが心臓に悪いのでやめていただきたい。


「そうかい。じゃあ、場所を変えようかねぇ。アンタたち、ちょっと2人を借りてくよ! 適当なとこで今日は解散しときな! 後片付けもしっかりするんだよ」


 長老様がそう声をかけると、人魚たちは元気よくハーイと返事をした。

 生活空間はルームにあるため、この海神の溜め息内は多少散らかっていても気にしないのだが、その気遣いに感謝して黙っておくことにする。


「んじゃ移動するが、いいかい?」


「はい、大丈夫です。帰ってきたばっかで申し訳ないけど、もっふぃー乗せてね」


「めぇ~~!」


 頼もしく返事をしてくれたもっふぃーに乗り、先導してくれる長老様についていく。

 移動中の景色は、相変わらず素晴らしかった。もうそろそろ次の場所に移動する頃合いなので、しっかりと目に焼き付けておく。


(色んな染料も作って、旅先の思い出タペストリーを製作するの、いいかもなぁ。この海の色合いはどうやって表現しよう……あとでメモしておかなきゃ)


 またしても製作意欲を膨らませていると、長老様から声をかけられた。


「改めて、ありがとうよ。アンタたちがいなかったらミサはうつむいたままで、海ウールはいつかぶちまけられていただろうからね」


「さっきチラッと見たけど、彼女皆に囲まれて楽しそうでしたね」


「基本的に人魚は楽観的なのが多いんだがね。あの子はどうも父親の人間くさくて悩みがちな性質が似ちまったらしい。どうにも苦労させちまったよ…今回のことで少しは肩の力を抜ければいいんだがねぇ」


 しみじみと語る長老様に、カナタが疑問をぶつける。


「人魚って楽観的なんですか?」


「人間に比べればそうと言えるんじゃないかね。そうでなきゃわざわざ違う種族の男に惚れ込んで結婚して! なんてやらないだろうよ。種族が違っても愛があれば何とかなるさなんて、あの子の母親は特に楽観的だったよ」


「あぁ確かに……種族が違うっておおごとですよね」


「あの子らの場合はお節介焼きがいたから成り立ったっていうのもあるよ。まぁ本人たちがなんとかなるさの精神だったのは否定しない。そういうトコをミサも受け継げばよかったものを、あの子は考え込んじまって……あたしも長として『お前はこの村の子として特別にするべきことなんざないよ』と言ったつもりなんだが」


「あーミサの性格だと違う風に捉えちゃいそうですね」


 イエナとミサが一緒に過ごした期間はとても短い。だがその短い時間であっても、彼女の真面目さが見て取れた。それは製作物にも表れており、几帳面で丁寧な仕事ぶりがわかる。


「そういうことだね。だから、アンタたちのおかげで助かったっていうのは本心だよ。海ウール問題よりよっぽど大事さね。ありがとうよ」


「お礼を言われるほどのことは……」


「イエナは立派にお師匠さんしてたじゃないか。俺は精々餌付け役だったよ。しかも、ミサじゃなくリエルの」


「あっはっは。あの子らの食費分くらいはあたしからも出させてもらうよ。と言っても人間に渡せる通貨はな……いや、あるか? アンタたち冒険者なんだから沈んだ海賊船にでも宝探しにいくかい?」


「えぇっ!? そんなのあるんですか?」


「ミサたちに世界は広いって言ったけど、海の底も十分広いよなぁ」


 そんな会話をしているうちに、目的地についたようだ。イエナたちが最初に案内されたのとは反対側の方。

 比較的大きめの海神の溜め息の中へ入っていく。


「え? 家!?」


 中に入ってカナタが一番最初にそんな声をあげる。だが、イエナも同じ感想だ。

 海神の溜め息の中に人間の家、正確に言えば掘立小屋のようなモノがあった。


「あぁ、ここに報酬がある」


「ある、ということは……?」


 カナタの上擦った問いかけに、長老様は重々しく頷く。


「察してるかもしれんがね、ここは海の底を終の棲家とした転生者、セイジュウロウの家だよ」

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