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66.初めての製作

 カナタが語ってくれた空に住む人々の話は、陸や海に住む女子たちにはとても不可思議なモノに思えた。


「世界マジパネェ……海と陸以外にもあるんだぁ」


「俺も実際に見たわけじゃないから、伝聞になっちゃうけどな」


「それでも、すごい、です。私空もあまり見たことがないから……どんな風になってるんだろう?」


 雲の上に広がる世界がどんなものかなんて、イエナでもサッパリ想像がつかない。空も見たことがないというミサはどんな想像を膨らませているのだろうか。


(ほんと世界って広い。いつか行ってみたいなぁ~。ルートに入ってたっけ? あとで聞いてみよう)


 カナタとは大まかな旅のルートの打ち合わせは何度もしている。が、彼は「初見の感動を奪いたくないから!」と向かう場所の詳細はあまり教えてくれない。勿論、その土地の注意点なんかは教えてくれるけど、それだけだ。確かに前情報がある状態よりも、何もわからない状態で体験した方が感動は大きいように思う。この海の底の景色も詳しく聞かず、実際に体験できて感謝している。

 ただ、いつか行けるかもしれないイエナと違って、人魚の2人はちょっと難しいと思う。なので、彼女たちの前で行き方を聞くのはやめておいた。


(もし、雲の上に行ったとして、その時は2人なのかな。……1人なのかな?)


 一瞬だけ、イエナの心にモヤがかかる。だが、ブンブンと頭を振ってそれを追い払った。

 今考えるべきはそこじゃない。

 幸いイエナのちょっと不審な行動は空の上を想像している人魚たちには見咎められなかったようだ。カナタもミサにかける言葉を考えていたらしく、恐らく気付いていない。


「空に行ったら、人間の俺とイエナも、人魚のリエルも、人魚と人間のハーフのミサちゃんも、皆等しく半端どころか異端者なんだ」


 空の上に思いを馳せるミサに、カナタはそう語りかける。


「確かにそーだよねぇ。空の上にこんな立派な尾びれある人なんていなそーだもん」


「そこに行ったら私もリエルちゃんも同じ、異端なんだね……なんか、悩んでたのが小さく思えてきちゃった」


 へへ、と笑ったミサの顔は憂いが消えて、とても可愛らしかった。


「あの、もっと外の世界のお話、聞きたいな。あと、海ウールの加工の仕方も」


「海ウールも?」


 てっきり外の世界に興味を示すものだと思っていたので、思わずイエナは聞き返してしまう。確かに大元の話は海ウールの加工のことだったのだが、どういう心境なのだろうか。


「うん。あのね、お父さんのこと、思い出したの」


 そう言ってミサは父親を思い浮かべているのか、嬉しそうに笑う。


「お父さんは海の底から見る世界が珍しくてすっごいキレイだって何度も話してくれたの。陸から来たお父さんが一番好きな景色なんだよって。でも、お父さんが好きだった景色って今海ウールで台無しなんでしょ?」


「それなー。今は一か所に固めてるけど、アレが暴発したらマジヤバ」


 伸縮性に富んだ海ウールを、流れ着いた人間の網やらよくわからないぶっとい海草でギュウギュウに固めているのが現状である。あれだけの海ウールが再び海に解き放たれてしまった場合、このキレイな海の底の景色がどうなるかなんて火を見るより明らかだ。ここは海の底なので火はないけど。


「私、お父さんが大好きって言ってたこの村がやっぱり好きだなって思う。外の世界とか、空とかいつかは見てみたいけど……今は、村の役に立って、キレイな海を護るお手伝い、したいな」


「そっか。そういうことなら私の知ってる技術ぜーんぶ教えるよ! 勿論リエルにもね」


 誰かに認められるためという動機じゃないなら大歓迎だ。

 ただ、海ウールの加工技術はミサだけに背負わせるべきものではないので、リエルもキッチリ巻き込む。


「おおっと、こっちにもきた。オテヤワラカニ~~~」


「私も頑張る!」


 そうして海ウールの加工に強力な仲間が加わった。

 イエナは実際にやってみせたり、言葉にして丁寧に教えた。やはりジョブが裁縫師であるミサは呑み込みがとても速かった。ジョブ適性というのは大きいのだということをこんなところでも実感して、ちょっと遠い目になってしまう。

 カナタが「根を詰めすぎないように」と注意してくれた言葉も忘れ、ミサとイエナは思い切り没頭した。なお、リエルは海ウールよりカナタが作る料理にそそられたようで、何度か離席しては様子を伺いにいっていた。

 そしてーー。


「もしかして、これで、完成……?」


 太陽の光より、光珊瑚の光の方が強く感じるようになってきた時間。色々と苦心しながらも頑張っていたミサが、信じられないといったニュアンスで声をあげた。


「もしかしなくても完成! すごいよ! こんなに短時間でマスターしちゃった!」


 ミサの初作品が完成したのである。初めてやったのにも関わらず完成までこぎつけたのは物凄いことだ。イエナも自分のことのように嬉しくなってしまう。


「あ、でも、こことか少しほつれが……それにちょっと、形がゆがんじゃって……」


 ミサの初めての作品は、今リエルが身に着けているチビタンクトップと同じものだ。完成した喜びも束の間、ミサはあちこちを比べてしまい、その喜びを半減させてしまっている。


「いやいや、初めてなのに形になるってすごいんだよ?」


「ミサ!! これ見て!!!」


 慌ててフォローしようとしたイエナに被さって、自信満々に何かを掲げるリエル。そこには、布になろうと頑張った形跡が見られるブツがあった。


「アタシの何回目かのチャレンジ作品!! 激ヤバじゃない!?」


「え、えぇと……」


 リエルの頑張りをどう表現するべきか、と悩むミサ。リエルがあまりにも自信満々に掲げているのもあり、反応に困っているようだ。そりゃあ、困るだろう。

 イエナとしては、苦手なのにあそこまで形にしただけでエライと思っている。


「ふっつーーの初めてってこんなモンっしょ! あ、違うか。アタシのガチ初めての作品は上手くできなさ過ぎてイエナが99割くらい作ったんだった」


「99割って100%優に超えてるよリエル……」


「細かいことはいいんだってー。ね、ミサ、アタシの作品から考えたらミサちょー上手だって、センスある!」


「センスすごくあると思う。それに、ほつれはその部分に更に海ウール足してフリンジ加工しちゃえばすっごくオシャレになりそう。ちょっと歪んじゃってるところはそれを活かしたそういうデザインです! でも通るし」


 リエルの謎に自信満々な励ましと、イエナの具体的なアドバイスを受けるとミサは徐々に笑顔になっていった。


「2人とも、ありがとう。あの、そのフリンジ? っていうやつのやり方も教えてほしいな」


「まっかせなさーい」


「センセー! アタシはどっから直せばいいのー!?」


「えっとねぇ……」


 リエルの布も、最初と比べたら大いなる進歩を遂げている。具体的なアドバイスをするためにしっかり見ようとしたのだが。


「おーい。根詰めても良くないだろ? 一旦食事休憩とらないか?」


 カナタに声をかけられて、女子3人が顔を見合わせる。そして、誰とは言わないが、グゥと腹の虫が鳴いた。誰とは言わないが。

 結局その日は頑張りすぎても良くない、ということで食事後解散となった。

 次の日も朝からミサとリエルが海神の溜め息を訪れ、海ウール加工に励んだ。その間カナタは港町へと買い出しに行くことに。2匹のモフモフたちを思い切り走らせたり、参考に作ったイエナの海ウール作品を買い取ってもらう予定だ。

 そんな風に過ごすこと数日。

 その期間中に「なんか面白いことしてるー?」と好奇心旺盛な人魚たちの中から海ウール加工希望者が殺到。特にオシャレが好きな人魚の目には、海ウールの服が最先端の流行として映ったようだ。

 人数が増えてしまったため、イエナは誰でもわかりやすいように丁寧なメモを書き記すこととなる。

 後世、そのメモの存在は何故か陸の上にも伝わることとなり、『海の底には人魚の秘伝の書があるらしい』とまことしやかに囁かれて、冒険者の垂涎の的となったとかならなかったとか。

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