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65.ハーフ

 昼食後、お腹がこなれた頃にリエルはミサを迎えに行った。

 ちなみに、分け前が減ると拗ねた彼女の機嫌を元に戻した魔法の言葉は「そろそろゲンたちの果物の補充をしに陸に一度戻ろうかな~。ついでに陸の食べ物をお土産にできそうだよな~」である。

 実際まだまだ海の底に滞在しそうなので補充はあった方が良さそうだ。補充方法は魔物狩りになりそうだが、この辺りであればカナタとモフモフたちでどうにかなる。

 そんなこんなでミサの到着を待つこと暫し。

 リエルにどんな話を聞いたのか、少し緊張した面持ちでミサが海神の溜め息に訪れた。


「お、お邪魔します……」


「遠慮せずどぞどぞ~!」


「それリエルが言うのか?」


 ミサの緊張をほぐすためか、リエルが率先して席に着くように促す。すかさずツッコミを入れたカナタの声も柔らかい。


「まぁまぁ。来てくれてありがとうね、ミサちゃんって呼んでいい?」


「う、うん」


 カナタとリエルのやり取りにちょっとだけ笑ってくれたものの、ミサの表情はまだ固い。とりあえず、とカナタがお茶を出した。


「ミサ、遠慮せずにもらっちゃいな。メッチャおいしーよ。アタシも飲む~」


「リエルはもう遠慮知らないよな。ま、ヘンに気を遣われるよりはいいけどさ」


「でっしょ~?」


「ふふ」


 そんな会話でミサの笑顔がちょっと増えたところで、本題に入る。


「えーと、ミサちゃんはリエルからなんて聞いてた?」


「え? えっと人間のヒト? が話したいって言ってるよって」


「リエル……いや、間違ってないけどさ」


「いや~なんかミサん家向かってる途中でやり取りすっぽ抜けちゃって~メンゴメンゴ」


 どんだけ端折ったんだとイエナがジト目を向けても、全く悪びれないリエルの笑顔に毒気を抜かれる。絶世の美人魚の笑顔、恐るべし。彼女のキャラクター性の影響も大きそうだが。


「えーとですね、ミサちゃんは裁縫とか興味ないかな? 今私は海ウールの問題を解決するために海の底に来たんだけど、将来的に人魚の誰かが海ウールを加工できた方がいいと思ってね」


「さいほう?」


 気を取り直して尋ねてみたが、そもそも裁縫という言葉が耳に馴染まないようだ。海の底で縫物をするということ自体がなさそうなのでそれも当然である。


「うん。今は皆貝殻を加工したものを身に着けているけど、海ウールをバーッとガーッとやったらリエルが着ているみたいな服ができるんだ。こういう服を作るのが裁縫っていうんだけど」


「バーッとガーッだとアタシ全っ然わかんなかったけどね!」


「あのときはお互い本調子じゃなかったから、ということにしておこう。じゃないと話が進まないぞ」


 リエルの茶々入れとカナタの軌道修正が入る。真面目過ぎて堅苦しい雰囲気よりはよっぽどよいが、少々話しづらいのは否めない。


「まぁそんな感じで、村のためにもなる海ウール加工に興味はないかな?」


「海ウールってあの、邪魔なやつ、だよね……」


 そう呟いてミサは考え込む仕草を見せた。

 彼女が何を考えているかはわからないが、無理強いだけはしたくない。イエナたちはミサの言葉を待った。


「それしたら……みんなに認めてもらえるかな?」


 うつむいた彼女から、ポツリと、そんな言葉が聞こえた。

 その一言だけで、今まで彼女がどんな気持ちでいたのかと考えさせられる。海の底に1人だけの、人間と人魚のハーフ。


「ミサちゃん、これは私個人の考えなのだけれど……主役はあなた自身じゃなきゃダメだよ」


 イエナがそう言い切ると、ミサは不思議そうに顔を上げた。

 バチリと合ったその目を見つめてイエナは言葉を続ける。


「海ウールの加工に興味を持ってくれたのはすごく嬉しいよ。でも、今のままだとミサちゃんは自分の価値を『海ウールを加工できること』って思っちゃいそうだったから」


「それは……ダメなこと? できるようになったら皆喜んでくれる、んだよね?」


 ミサの言葉で、やはり、という気持ちが湧き上がる。


「ダメっていうか、もったいないよ。海ウールの加工っていうのはあくまで手段。あなたの価値そのものじゃない」


「で、でも……私みたいな半端モノに、価値なんて……」


 そう言ってミサは再びうつむいてしまう。

 海と陸を超えた大恋愛の結晶が、こんなに悲しそうな顔をしてていいのかと先に逝ったご両親に問いかけたい。


(寿命は不可抗力だってわかってるけど、遺された娘がこんな顔してるのよ!? 根性で幽霊にでもなって出てきてよ! そんでもって愛情ちゃんと伝えてよ!)


 脳内であらぬ方向に理不尽な八つ当たりをしつつ、次の言葉を探す。

 ただ、通りすがりの人間の言葉が、どれだけ彼女に響くかがちょっと難しい。

 カナタがイエナにしてくれたように、胸を張って笑顔になれるようにできたらいいのだが。

 そんな風に悩んでいると、リエルがミサの手をとった。ぎゅうと握りしめていた両の手を包むように、優しく。


「あのさ、そんな風に思わせて、マジゴメンね? アタシも、イエナの言う通りだと思う。ミサの価値は、なんてーのかな、そこにいてくれるだけで十分パネェってか……」


「種族を超えた恋愛の結果だろう? それだけで俺は凄いことだと思うな」


 言葉に詰まったリエルをフォローするように、カナタが続けてくれた。


「そう、それ! ってか、バカ男子はミサがハーフでもハーフじゃなくてもなんだかんだ意地悪してきたと思う」


「あのくらいの年頃って、人間もそんなもんだよ」


「……そうなの?」


「少なくとも、私はからかわれたなぁ」


「えーと、黙秘で」


 カナタはちょっと身に覚えがあったのか、目線を逸らしながら言った。誰しも子供の頃はあるのでしょうがない。

 しょうがないけれど、それでミサがとても傷ついてるのはまた別の話だ。

 カナタは空気を変えようとわざとらしく咳ばらいをする。


「コホン。まず、この村しか知らないからちょっと息苦しいんじゃないかなって、俺は思うよ」


「外の世界ってもーーっと広いよ。私も故郷を出て知ったもの。新しい景色に、美味しい食べ物、そしてまだ見ぬ素材!」


「素材が重要なのはイエナだからじゃね? まぁでも、実際人魚の村だってここだけじゃないしさ」


 3人がそれぞれここだけじゃない世界の話をする。

 その様子にミサはパチクリと目を瞬かせた。まだ旅を始めたばかりのイエナであっても別の地域を知り、色んな発見があったのだ。

 イエナやリエルよりも更に広い世界、異世界まで知るカナタは話を続ける。


「それこそ、君のお父さんがお母さんに出会って、海の底の世界を知ったみたいに。世界はこの村だけじゃなく、陸もあって……なんなら空だってあるんだ」


「え、マジ? 空にも村とかあんの?」


 そこは聞き捨てならない。言葉を発したのはリエルだがイエナも同じ気持ちだ。いつか行くために是非話は聞いておきたい。


「ある。でも今その話じゃないと思うんだが……まぁ参考になるならいいか? 空の上にも世界が広がっていて、空の上で暮らす種族もいるよ」


 カナタの話に女子3人があんぐりと口を開ける。本当に、世界は広いようだ。

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