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64.ミサという少女

 カナタの言葉を聞いたあとのリエルは、それはもうわかりやすかった。

 態度だけでももうバレバレというくらいには慌てふためき、尾びれをびったんびったんしている。痛くないのだろうか。


「カナタ何で知ってるの!? ニンゲンの特殊能力ってやつ!? ニンゲンの血を引くものはわかっちまうぜーみたいな!?」


 やはり、イエナとカナタの予想どおり、ミサはハーフだったようだ。これで話が進めやすくなる。のだが、リエルの勘違いが止まらない。人魚の中で、人間はどのように思われているのだろうか。


「いやそんな特殊能力はないんだが……」


 勿論、人間に同族の血を感じ取るという特殊能力はない。

 何故わかったかというと、ミサが目に入ったとき、たまたまジョブもわかってしまったのだ。人魚たちは皆、ジョブ自体が人魚である。なのに、彼女のジョブは、人魚ではなかった。

 だが、それらを詳しく説明するのはちょっと躊躇われる。イエナはもう慣れてしまったが、ステータスだとか半透明の枠の説明だとかをしなければならなくなるからだ。

 なので、カナタと話し合って別の理由を用意しておいた。


「あの子、体のわりに大きめのペンダントつけてたでしょう? アレの意匠が私たちが今借りているイキマモリにすごく似てるなって思ったのよ」


「あ、そゆこと。イエナの観察力やばぁ……職人コワ」


 人間の名誉は守られたかもしれないが、代わりに職人は何かの特殊能力を持つと思われてしまったようだ。これを訂正すると、更にややこしいことになりそうなのでグッと堪える。


「まぁバレちゃったらしょーがないかー。そうなの、ミサって人間と人魚のハーフでねぇ。万が一のために生まれたときから持たせてるんだって、イキマモリ」


「ちなみにご両親は?」


「母親が人魚で、父親がニンゲン。でも、とーちゃんは結構早くに亡くなっちゃったんだよね。やっぱ海の底に定住キツかったっぽい。かーちゃんは最愛のとーちゃん死んじゃって意気消沈しちゃって~そんままって感じ」


「え、じゃあご両親いないの?」


「そそ。だからババ様筆頭に面倒見てる感じ。アタシらも気にかけてるんだけど、悪ガキがあんな感じで絡むからさぁ~。そろそろゲンコじゃすまないよ、マジで」


 人間と人魚のハーフに生まれつき、その両親もすでにない。

 それだけで彼女の苦労が偲ばれる。周りが色々助けてくれるとはいえ、孤独なことには変わりないだろう。


「あの子に手伝いを頼むのは、まぁできなくナクナクもないんだけどー……ナンデ? って聞いていい?」


 さて、ここからである。

 前述の通り、ステータスなどの話題は避けて通りたい。説明が困難というのもあるが、一番は自分でもわからない様々な能力が他人に知られるのは不愉快に違いないと思うからだ。ほぼ不可抗力とはいえ知ってしまった事実は変わらないし、申し訳ないという気持ちも消えないのだが。


「えーとね? 怒らないで聞いてほしいんだけど……」


「ゼンショシマス」


 一応、予防線を張ると、リエルはカタコトで答えてくれた。内容を知らないことには簡単に約束もできないのは道理である。

 それでも律儀に返事をしてくれたリエルに感謝しつつ、イエナは言葉を続けた。


「なんとなく、人魚って細かい作業があまり得意じゃないのかなって思ったんだ。ここまでで見かけた家の作りとか、ほぼ自然のままだし。作りかけて止めて時間経過したみたいなのもあったし」


 これは実際にイエナが家並みを見ていて思った感想だ。人魚の家は、自然にできた岩礁の穴などを利用して作られている。ちょっと掘ってオシャレにしてみようかなという努力の跡がちょこちょこ見えたが、そのどれもが途中で放置されていた。

 その他にも職人として気になる点がいくつか。まぁそこまであげつらうつもりはないけれど。

 そして実際に、この村でチラ見させてもらった人魚たちのステータスは、やはり器用さの値が控えめだった。恐らく種族的にそういうものなのだと思う。だからリエルは初めて出会ったときに応急処置すらもできずに泣いていたのだ。

 そんな人魚たちに一朝一夕でやり方を覚えろと言うのは酷な話である。


「ギ、ギクッ! いや、いるんだよ? 人魚にだって、職人。でも~まぁこの村では必要ないっていうかさ~? アタシも必要性感じなかったしぃ……細かいのヤだしぃ……」


 イエナの指摘にリエルはこれまた大変わかりやすい反応をくれた。少なくともリエルは細かい作業はあまり得意ではないらしい。これまでやり方を教えていてそうじゃないかとはちょっと感じていた。


「あ、やっぱり職人っているんだ?」


「いるけど、変わり者が多いのは事実カモ。歌より作るのが好き~って感じ。……そういやミサが歌ってるとこ、見たっけ? どうだっけ?」


「いや、私たちに聞かれてもわかんないって」


「ハーフのミサの適性が人魚の適性と異なるかもしれないっていうのはあり得ることだと思うんだ。少なくとも、試してみるのはアリだと思う」


 リエルにはナイショにしているが、実はミサのジョブは人魚ではなく裁縫師だったのだ。

 だから、一度やってみれば「自分に向いているのでは」と思ってくれる公算は高い。


「んーまぁそうかも? ぶっちゃけアタシだけだとできる気しないしねぇ……。手伝ってくれたら楽だし……でも、それってアタシがサボッてるだけくない?」


「どうだろ? 適材適所って言葉もあるし」


「人魚にも人間にも向き不向きはあるからな。リエルが海ウール加工が得意じゃないなら、得意な人を見つけるのも選択の一つだと思う」


 横からカナタもフォローを入れてくれた。

 イエナが思うに、ミサは人間の血が濃く出ているのではないだろうか。

 リエルに聞いた人魚の暮らしぶりは、歌ったり泳いだりと人間のイエナからしてみればなかなか優雅なものだった。けれど、ミサはそれらにはあまり興味を示してないという。

 イエナがミサを見たときに、一番気になったのは彼女の目だった。しょうがないよね、と諦めているようなあの目。

 過去の自分と似ている気がしたのだ。


(不遇ジョブだからって諦めながら、それでももがいてた私にちょびっとだけ似てる気がしちゃうんだよね。適性がわからないってやっぱりしんどいもの)


 このノイツガルドに生まれた人間はジョブの適性に従って生きている者がほとんどだ。稀に適性に縛られず生きるぞと強い意志をもった人間もいるけれど、それは例外である。大概は己のジョブに「あぁそんな感じしてたんだよな」と納得し、それに従って生きる。その方が心地良いし、「自分のジョブを全うしたい」という気持ちが少なからず働くのだろう。

 人魚というジョブの適性は、海で自由に泳ぎ回り、歌い、そして海の環境を守るということなのかもしれない。この辺りはただの推測でしかないのだが。

 ミサは人魚でありながら裁縫師という人間のジョブが明瞭に現れていた。人魚なのに、周りと同じことに興味が持てない、もしかしたら上手くできないという可能性も考えられる。

 そんな彼女の一助になれたら。


「んじゃ、ミサ誘ってみる? 話すだけならまぁタダだしね」


「そうだな。リエルから言ってもらえると助かる。ほぼ初対面の人間にいきなりそう言われても戸惑うだろうから」


「んーアタシだけじゃ上手く説明できないから、一緒に行かない?」


 行く、となるとそれなりに準備がいる。

 それにプラスして、イエナはまだまだ泳げない。もっふぃーに乗せてもらえばいいのだが、見知らぬ陸の生き物の襲来でミサは脅えてしまわないだろうか。


「えっと……来てもらうのはどうかな? ほら、私泳げないからもっふぃーに連れてってもらうことになっちゃうじゃない? いきなり人間とモフモフが家に来るのって怖そう」


「めぇ~?」


 もっふぃーたちは忘れがちだが陸の魔物なのだ。こんな鳴き声の癒しのモフモフではあるのだけれど。

 隣でカナタがポンと手を打つ。


「あぁそうか。彼女に来てもらえばお茶くらいは出せるし」


「え~~……」


 来てもらうのはどうやらリエルが不満らしい。誘うだけなら問題はなさそうなのだが何故だろう。

 不思議に思って聞いてみると、リエルは口を尖らせながらこう言った。


「アタシの、陸の食べ物の取り分、減るじゃん」


 その拗ねた子供のような独占欲と、結局は口にしてしまう素直さに思わず2人は苦笑したのだった。

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