63.海底ランチタイム
あのあと、イエナとカナタは念入りに打ち合わせをした。お互いに考えつく問題点を挙げ、できる限りの対策を講じたつもりだ。
「うーん、大丈夫かなぁ」
「用意とか準備っていくらしても不安になるよな。でも、2人で考えたしきっと大丈夫だよ。ダメだったときはそれまでなんだし」
「まぁ、ね。失敗しても命とられるわけじゃなし! 当たって砕けよう」
そんな会話をしたのちに、2人と2匹は早めに就寝した。特に泳ぐという初めての体験をした2匹は思っていたよりも疲れていたらしい。仲良く寄り添ってうつらうつらとする姿は大変癒しだった。
そうして睡眠時間もたっぷりとれた決戦の日(というには大げさだが)。
「時間とれそうだし、俺はちょっと料理に手を掛けるかな」
「わー楽しみ! 私はもう少し加工道具の改良頑張るね! 折角だし景色も見つつ」
「没頭しすぎると体固まるから息抜きするんだぞー」
朝のモフモフ構い倒しタイムが終われば、リエルが来るまでは自由時間である。それぞれやるべきことをしながら、リエルを待った。
モフモフたちも2人と同じく自由時間である。海神の溜め息の外に出てはいけないことだけは言い含めて、好きにさせる。カナタが出入りしやすいようにルームの扉も開け放った状態だ。
そんな風に思い思いに過ごしていると、昼よりも少し前くらいの時間にリエルが現れた。
「やっほー! 昨日は気が利かなくってごっめーん、コレご飯の差し入れ~!」
大変明るい挨拶とともに、海草で作られた大きな袋を差し出してくるリエル。
「もうこんにちは、の時間かな? えっとこれは?」
差し出してくれたものはとりあえず受け取ってみる。水に濡れているということを差し引いても、それなりにズッシリとした重量があった。
「イエナたちを海底にご案内したはいいけど、飯の調達のことアタシなーんも考えてなかったじゃん? ババ様に『人間は海底で漁できないんだから、アンタが気ぃつかってやらにゃどうするんだい!』って怒られちった~。ってことで、差し入れ。エビ!」
袋の中身を見てみると、まだ動いているエビがこれでもかというくらい入っていた。泳ぎが得意な人魚ならではのお土産である。
「もらっちゃっていいの?」
「いいのいいのー。ほら、授業料コミコミってことで~」
「ありがとうね。じゃあ早速シェフに渡してくる」
「へへへ。出来ればぁ~お昼それを使ってもらえると嬉しいかな~って。アタシめっちゃ好きなんだよねー」
今にも揉み手をしそうな雰囲気のリエルに思わず吹き出しつつ、イエナはルーム内のカナタに手渡す。リエルからの差し入れであることと、好物なのだということも伝えておいた。
「差し入れ有難いな。これなら準備してたのに足しても良さそうだ」
「何作ってるの~?」
「んーナイショ。今からこのエビ使って作り足して持ってくから、それまでのお楽しみだな。テーブルセッティングしててくれると助かる」
「むー。じゃあめちゃくちゃ期待しちゃうからね!」
ナイショにされたことにちょっとむくれて見せながらも、笑顔で承諾する。料理が趣味となりつつあるカナタが、わざわざ手を掛けると宣言して作った料理だ。どんなものが出てくるか物凄く楽しみである。
ウキウキ気分でルームから出る。
「もっちょいで持ってきてくれるって~。リエルの差し入れも今から使って作り足すって言ってたよ」
「マジ? めっちゃ楽しみなんだけど~!」
2人のウキウキが伝わったのか、海神の溜め息内でのんびりしていた2匹のモフモフもなんだか嬉しそうだ。ゲンは相変わらずちょっぴりツンケンしているけれど、もっふぃーはリエルにも大人しくモフられている。
ソワソワしながらテーブルをセッティングし、カナタを待つ。
「ま、まだかな?」
ソワソワが最高潮になりすぎてリエルがガタガタビタンビタンし始めた頃、やっとカナタが現れた。
「ほい、お待たせー。今日はパーティメニューにしてみたぞ」
言いながらテーブルの上にインベントリから取り出した料理を並べていく。
「えーすっごい! キレー! めっちゃカラフル! これ全部食べれるワケ?」
「ホント彩りがキレイ。すごーい!」
テーブルの上に並べられたのは、一口サイズに切られた薄切りの固焼きパンをお皿に見立てた料理、と言えばいいのだろうか。パンの上に様々な食材が彩り豊かに盛りつけられている。
「カナッペって言う料理だよ。リエルが何を食べれるかってわからなかったから。こっちには肉系料理が載ってて、こっちは野菜。酢漬けもあるから酸っぱいの苦手なら注意な。で、こっちが海産物。リエルの持ってきてくれたエビもこっち」
「ねぇ、ねぇ! 食べていい? どれもめっちゃうまそー!」
「はは、どうぞ召し上がれ。あ、冷茶も作っといたから一緒にどうぞ。喉詰まらせないように」
「ありがとー! いただきます!」
言うが早いか、好物であるというエビが載ったカナッペを早速手に取るリエル。味がどうとかは、彼女の顔を見ればすぐにわかった。ほっぺが落ちるくらいに美味しいらしい。
そんなリエルの様子を見ながら、イエナはカナタの手腕に感心していた。
(好き嫌いがあっても選んで食べられる料理に、火を使うことがない人魚に配慮した冷たいお茶。カナタ気遣いの天才じゃん……)
デキる男だなぁと再確認しつつ、イエナも「いただきます」と口にしてからカナッペに手を伸ばした。どれにしようか迷ったが、鮮やかなオレンジ色の野菜のカナッペにする。上に載っていたのはちょっと酢が効いたキャロットラペだ。
「おいしーい」
「リエルがたっぷり持ってきてくれたから、エビのやつとかはおかわりも作れるよ。遠慮なくどうぞ」
そんなカナタの言葉にリエルの瞳が光り輝いたのは言うまでもない。
周りでウロウロしていた2匹にも果物をあげたりしながら、和やかな昼食時間を過ごした。
「ふぃー……満足満足。メチャウマ激ヤバマックスじゃんこんなん……もうカナタ、ここに住もうよー。海底シェフとかマジイケてない?」
満足するまで食べてもリエルのお腹はぺったんこなまま。そのナイスバディが保たれる秘訣はやはり泳ぐことにあるのだろうかとちょっと疑いたくなる。
が、それはそれとして、ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえた。
(美女からの移住勧誘!? カナタに限ってグラつくことはないと思うけど……)
思わず心配になってカナタを見る。
「キレイな景色に、美味しい海産物、しかも醤油が手に入りやすい場所っていうのは物凄ーく魅力的ではあるんだけど……。俺は旅の目的があるから、ごめんな」
苦笑しながらカナタは断った。そのことにイエナは密かに胸を撫でおろした。
リエルの方もちょっとした軽口のつもりだったようで、笑って次の話題に移している。
「ちぇー残念。んじゃ、お腹もミチミチたし、今日のイエナ先生の加工授業はじめちゃう~?」
「あ~……そのことだけど、ちょっとリエルに相談がある」
「へ? ナニナニ?」
ちょうど話題が海ウールの加工の話になり、カナタから目配せされる。イエナはそれを受け取って頷いた。
「あのね、この前見かけたミサって子。彼女にも海ウールの加工のお手伝いをお願いできないかな?」
本題をド直球に、そして簡潔に。
するとやはり、リエルは戸惑ったような表情を浮かべた。
「え、っと……。ミサはちょっと、訳ありなんだけど……」
そう言ってリエルは言葉を濁す。できれば彼女には触れてほしくないような、そっとしておいてほしい、そんな雰囲気だ。
その空気はイエナもカナタも察している。だが、2人は目を合わせて頷きあったあと、カナタが切り込んでいった。
「その訳ありっていうのは、もしかして彼女が人間と人魚のハーフだからってことか?」
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