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62.海底モフモフ堪能タイム

 カナタ作の和風パスタなるものは、人魚のリエルも大満足の一品だった。

 ただ、イエナが製作している間に半端に寝入ってしまったリエルは、強力な眠気に襲われているらしい。美味しいパスタで空腹がある程度満たされると、食べながら船をこぎそうになっていたのである。

 そんなリエルを見て、本日は解散の流れになった。


「えっとーじゃあ、明日また昼近くくらい? に来るかも~?」


 食欲が満たされて今にも睡眠欲に負けそうなリエルの声は、普段よりも若干ゆっくり目だ。この分だと明日の昼までずっと寝ていても不思議ではない。


「なら昼飯リエルの分も用意しとくよ。また明日な」


「マジィ!? 楽しみにしとく!」


 余程陸の食べ物が気に入ったのか、はたまたカナタの料理が口に合ったのか。トロンとした目が一瞬だけカッと見開かれた。

 本当に一瞬のことで、すぐに瞼がまた半分くらい降りてきてしまったのだが。


「気を付けて帰ってね? 居眠り遊泳しないように!」


「ふぇ~い。またねぇ」


 そう言って手を振り、リエルは海中へと戻っていった。いつもよりスピードは緩やかだが真っ直ぐ泳げているようなので、きっと大丈夫だろう。

 残されたのは2人と2モフモフである。


「私もちょっと眠いっちゃ眠いんだけど、今寝ると今度は夜眠れなさそうだなぁ」


 時刻は夕方というにはまだ早いくらい。遅めのお昼を終えて、イエナにもちょっと睡魔が訪れている。だが、今寝ると完全に生活リズムが狂ってしまうのは明白だ。

 製作道具の更なる改良に勤しもうかと思っていたところ、カナタが神妙な顔をこちらに向けた。


「何言ってるんだ。俺たちにはまだ重大な任務が残ってるだろう?」


「え? なになに?」


 今、この海底でやるべきことは何だろうか。

 人魚たちが海ウールを加工できるようになること。その後長老様からお話を聞くこと。それ以外にイエナたちがやるべきことはあっただろうかと首を傾げる


「ゲンともっふぃーを構い倒すことだ!」


「あ、あ~~!! そうだよね!」


 癒しのモフモフたちを最近しっかり構ってあげられなかった。今日は念入りにブラッシングし、心行くまでモフモフを堪能するべきだろう。

 そうと決まれば2匹を呼ぶ。どうせなら、ここでしか見られない景色を皆で堪能したい。


「もっふぃ~! いつもありがとうね~!」


 旅の間は大体のルーティンが決まっていたため、もっふぃーたちもそれに慣れてきていた。が、今回の海底行きによってそのルーティンが崩れてしまった。それでも文句ひとつ言わず着いてきてくれたことには感謝しかない。まぁ、口頭で文句を言われたらそれはそれで怖いのだが。


「ペットだしって甘く見てたけど、生き物なんだからお世話が大変って当たり前のことなんだよな。あ、世話がイヤとかの悪い意味でなくて」


「どうしたの? 急に」


「ん、しみじみ此処って現実だよなぁって感じてただけ」


 丹念にブラッシングしながらカナタが感慨深げな口調で呟いた。


「なんて言えばいいんだろうな……何度でも思い知るんだよ。ここはゲームじゃないんだなって。ポイズンスライムを予定通り倒せなくて反撃を食らったときが一番思ったけどさ。NPCなんていない。人も魔物も、皆ちゃんと生きてる。そこを忘れちゃダメだなぁって」


 カナタがこんな風に話すときは、だいたい故郷を思い出しているときだ。

 異世界から来たという彼はやはり感覚が違うらしい。それを、ちゃんとこちら側に合わせようと努力しているのだろう。その苦労がどんなものかはイエナにはわからない。けれど、目線を合わせようと努力してくれているカナタを見ていると、自然と応援したくなる。


「忘れそうになったらゲンちゃんももっふぃーも、勿論私もいるんだから。一人じゃないんだし、きっと大丈夫よ」


「そっか。頼りにしてるよ」


「メェッ!!」

「めぇ~!」


 2匹が任せとけ、とばかりに鳴く。ブラッシングを思う存分やってもらったため、2匹の毛並みは言ってしまえば会心作みたいなモノ。機嫌も上向いており、特にゲンは今にもスキップしそうなくらいだ。


「さて、このあとどうしようか。イエナはもう少し試作する感じ?」


「あ、そうそう。リエルに教えてもらったんだけど、私たちの今の装備を海ウール製にしようかなって思ってたんだ。余ってるから使っちゃっていいって言ってくれたし」


「そうなのか? 別に今の服でも結構快適だけど」


「リエルが言うには海神の溜め息に入ったときの脱水した感じ? が違うっぽいんだよね。リエルの服は海ウール以外の素材も入ってるのに効果を実感してたみたいだから、海ウール100%ならもっとかなぁって」


 職人として着心地を確かめたい気持ちがかなりある。が、それ以上に洗い替えが欲しいという切実な問題がある。毎日海水に濡れるのであれば最低2セットは欲しい。


「海ウールは乾きやすい素材ってことなのかな? たくさんもらったみたいだし、試作楽しみだな」


「うん! あ、そうそう。あともうひとつ相談事があるんだけど……」


「改まってどうした?」


 海ウールの加工を考えていたところ、連鎖的に思い出したことがある。ただ、それについてはちょっと懸念事項があって、まず一度カナタに確認をとりたいと思ったのだ。これが、イエナの思い過ごしであれば別の方法を考えるのだが。


「えっと、カナタはさっきすれ違った女の子覚えてる? あの、ミサちゃんって呼ばれてた子」


 同い年くらいの男の子にからかわれていた子。人間であれば10前後で、成人するにはあと数年ほどだろうか。もっとも、人魚の成長具合と人間の成長具合は違うかもしれないので、正確にはわからない。けれど、大きめのペンダントはまだ小柄な体にはちょっと不釣り合いに見えた。

 とは言え、あのくらいの年頃の子がモメるだなんて普通のことでもある。イエナだってあの年頃には喧嘩もした。


(まぁ喧嘩って言っても「家の手伝いばっかのイイコぶりっこイエナ~」ってからかわれたから大きめの木槌作って「モグモールたたきの実験台にしてやろうか」って言っただけだけどね)


 ちなみに、モグモールというのはたまに畑に現れては作物を荒らす魔物である。

 スライム並みに弱いのだが、地中から穴を掘ってやってくるのが厄介だ。そのため、木槌で地面を叩き、驚いて地上に出てきたところを退治するのである。子供たちにとってはちょっと楽しいお手伝いで、学校の課外学習でもやることがあったりする。


 閑話休題


「あ~……うん。やっぱイエナも気になったか」


 どうやらカナタも彼女のことは目に留まっていたらしい。イエナは自分の考えに確信を持つ。


「海ウールの加工さ、あの子に手伝ってもらうって……できないかな?」

【お願い】


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