61.寝不足人魚の悲痛な声
ポートラの港町に住む人々は、こんな話を聞いて育つ。
『夜に泣き声が聞こえても、海辺に近寄っちゃいけないよ。そのまま波に攫われてしまうからね』
好奇心旺盛な子供たちでも、その言いつけは、しっかり守るらしい。何故なら、それは魔物の可能性があるからだ。
今も海の中ではシクシク、シクシク、と泣き声が響いている。
「この泣き声が近隣まで届いて、怖い話ってのは完成するのかもしれないなぁ」
カナタは目の前の光景を見つめながら思わず呟いた。
「ねぇ!! 1人だけ無関係ですけどーみたいな顔しないで助けてよ!!」
リエルの必死の訴えは、先程まで静かに作業していたイエナによってかき消される。製作に燃えているときのキラキラした瞳はきっと、リエルにとっては恐怖の象徴に見えることだろう。合掌。
「リエル! 次! これならどう!?」
「イエナー! マジ無理だって! 無理ー!!」
イエナはリエルから海の中の資材を片っ端から教えてもらい、なんとか海底でも糸を紡げる状態まで漕ぎ着けた。特に「なんでそこまで育ったんだ?」と思えるヨロイフネタマガイと呼ばれる甲殻類の殻は加工しやすい硬度で重宝した。全てが終わった後で分けて欲しい気持ちと、海の中だからこその素材であり陸上では使いづらいのではないかという懸念で、職人心が揺れているのは内緒である。
そんなこんなで、海の底でも海ウールの加工ができるようにまではしてみせたのだ。
ただそれをクラフター初心者にやらせようというのはどう考えても無理がある。そのことにイエナが気づいていないせいで、人魚の泣き声が響くという悲劇が生まれているのだが。
「無理だってー、できないってぇ……」
リエルもリエルで、泣き言は口にするものの、諦めたりイエナを説得しようとはしていない。それはそうだ。彼女は今オール明けである。テンションは高くても思考回路は残念な状態だ。
理路整然と「何故無理か」を言語化してイエナに説得するというところまで頭が回っていないのである。また、イエナはイエナで製作への情熱と多少の睡眠不足のため、リエルの状態は気付けていないようだ。立派な悪循環である。
「おーい、2人とも。一旦その辺にしといた方がいいんじゃないか?」
ぼんやりとなりゆきを見守っていたカナタだが、さすがにそろそろ限界だろうと声をかけた。助け舟にリエルはキラキラとした目を向け、イエナは不思議そうな顔をする。
「ぶっ通しの作業は効率悪いだろ? なにより、イエナはちょっと寝不足気味、リエルに至っては全然寝てないって言ってたじゃないか。今頑張ってもキツイと思うぞ」
寝不足気味はカナタも一緒。しかしながら、海ウール加工計画が始まってしまえば、カナタにできることはなかった。強いて言うならイエナが暴走しすぎないよう、それと2匹のモフモフがあまり遠くに行かないように見守るだけ。
話は変わるが、イキマモリに守られた海中というのは、物凄く快適である。少なくとも、海中にいる間は。
重力がなく、コツさえ掴めば上下左右自由自在に動けるし、力を抜けばプカプカと浮く。要するに、寝不足にプラスして快適な環境が整ってしまっている。早い話が、カナタは軽く仮眠をとったのだ。
近くに丁度触り心地の良いモフモフがいたというのも一つの要因だろう。主人が眠くなっているのを察知したゲンが、遠くに流されないようにと傍にいてくれたのだ。モフモフは正義だし、羊を数えれば人間眠くなるのはもう自然の摂理だろう。数えていないだろうというツッコミはナシでお願いしたい。
多少の仮眠であっても効果はバツグン。お陰で、カナタは2人よりもまだ冷静に状況を見ることができたのである。
「そーいや、アタシオール明けじゃん、細かい作業いつにもまして無理無理~」
「私もちょっと情熱が暴走しちゃったみたい。ごめんね、リエル」
できる限り気を付けてはいるのだが、一旦暴走すると自分ではなかなか気付けないものだ。またやってしまったとイエナはしょんぼりとしてしまう。
「一旦休憩を取って、あとご飯も食べよう。それからどうしたらいいかをゆっくり考え直してみたらどうだ? 特にリエルは一日きっちり休んだ方がいいと思う。道具の基礎はできてるんだし、時間を置いたらより良く改良できるかもしれないだろ?」
暴走した自分を頭から否定したりせず、気持ちに寄り添ってくれた上でいい感じの提案をしてくれる。そんなカナタの言葉はイエナにとって信頼できるものとなっていた。
今回もイエナはカナタの言葉で、気持ちを上手く立て直すことができた。
「それもそうね! じゃあ一旦村の海神の溜め息まで案内してもらおうよ」
良かった解放された、と疲労困憊なリエルにもうひと頑張りしてもらい、村の中にもあるという海神の溜め息に案内をお願いする。泳ぐことに慣れた2匹のモフモフたちは、2人を乗せて楽しそうに海中を泳ぐ。この後自由に泳ぎ回らせても良いかもしれない。海中を泳ぎ回る白と黒のモフモフはなかなか見ない光景だろう。きっと目を楽しませてくれるに違いない。
「良かったらリエルもご飯食べて行くか? 疲れただろうからお礼に朝よりもっと豪華な奴ご馳走するよ」
「き、禁断の食べ物……オネシャス!」
リエルは一瞬ためらう素振りを見せた。禁断かどうかはさておくとしても、陸の食べ物はカナタたちが帰ってしまえば二度と味わうことはできないシロモノである。なのに、そんな食事に何度も舌鼓を打ってしまっていいものだろうか。
だが、判断力が鈍っている寝不足の今、誘惑に抗うことは難しかったようで、秒で陥落した。
案内された海神の溜め息は、最初の場所よりも若干小さめだった。だが、中で人間が暮らしていたような形跡がある。
外を眺めるのに丁度良さげな位置に、カウチのような形状の岩が置かれていた。中央には人間1人が楽に入れそうな二枚貝が鎮座しており、中にはクッションのようなフカフカの素材が敷かれているのが見える。
「おぉ、新装備だと昨日程濡れ具合は気にならないな。このまま食事の準備してくるよ」
表面積の少ない新装備は、海神の溜め息出入口で大分脱水されたようだ。特に靴をサンダルに変えたことで不快感が大分少ない。
「りょうかーい。私たちは待ってる間にテーブルセッティングでもしてるね。折角だからまた海の景色見ながらご飯にしよう」
「わかった。まぁのんびり待っててくれ。仮眠とっててくれてもいいしな」
そう言ってカナタはルームに入っていった。
その後ろ姿を見送りながら、リエルがぐぐいと身を乗り出してくる。
「ねぇねぇ話聞いてたらさぁ、普通の布だとめっちゃ水張り付く的な感じ?」
「あ、うん。そうなのよ。リエルは泳いでるときに気にならなかった?」
「ぜーんぜん。ってゆーか、イエナ作のコレ、海の外でもマジ快適ぱねぇよ?」
「……もしかして、海ウールの特性なのかしら?」
海ウールは元々海スライムのドロップ品で、水着などに使われる材料であることはわかっている。
しかし、生まれてこの方泳いだことのないイエナには、イマイチ水着というものが理解できていなかった。
「海ウールさっきめっちゃ持ってきてたし、自分たち用の作ってもよくなーい? 余って溢れてこぼれて困るくらいあるんだから、イエナたち用のも全然オッケーだし。むしろもらってっちゃって~」
「い、いいのかなぁ」
「いいのいいの。セートーなホーシューってことで!」
リエルの言葉に後押しされ、イエナはカナタが料理を持ってくるまでの間、またしても試作に没頭するのだった。
なお、これはリエルの作戦で、いつも通り夢中になったイエナをよそに、まんまと安眠時間を確保したのである。
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