60.気になる人魚と海ウール
リエルたちが住む人魚の村は、珊瑚の群生と岩礁が主な居住区となっているようだった。全体的にオープンな造りで見通しが良い。
そんな場所に、リエルの大きな声が響き渡った。
「あんたたち、またやってんの!? いい加減にしな!」
「ゲッ、リエル! いこうぜ!」
リエルが猛スピードで向かった先には小さな人魚たちの群れがあった。人魚の子供たちなのだろう。どうやら一人がからかわれていたようだ。
「……あれ?」
その中の一人が妙に気になる。
その子は一人だけペンダントをしており、ちょっと気弱そうな印象を受ける。どうやらからかわれていた側の人魚のようだ。人魚は男女問わず目も眩むようなべっぴんさんだが、その中ではどこか親しみやすいような気がした。
「全く、アイツらときたら……。ミサもイヤなことはガツンと言わなきゃダメじゃん」
「う、うーん。でも、別に大した事ないから。ありがとうね、リエルお姉ちゃん」
バイバイ、とミサと呼ばれた子は手を振って去る素振りを見せた。
一瞬だけチラリとこちらに目線をよこしたため、イエナはバッチリと目が合ってしまった。どうしたものかとオロオロする。
(ど、どうしよう。違和感の正体探るならついでとばかりに声かけた方がいいだろうけど……いやでも初対面の不審なニンゲンですよこちとら!)
イエナが脳内で忙しく考えている間に、彼女は目線を外してその場からいなくなった。
「ねぇ、リエル。あの子って……」
「あ、うーん。ちょっと訳アリでねー。あ、それより、こっちだよ海ウール置き場」
リエルに探りをいれるも、サラリと流されてしまう。流石人魚。いや、人魚関係ないかもしれないけれど。
思わずカナタの方に視線を向ける。カナタだって恐らく気付いたはずだ、という期待を込めて。
「あ~……まずは海ウール問題だろ?」
「……うん」
カナタもやはり気付いたようだ。
たまたま見えてしまった情報。ミサ、という子のジョブがリエルたちと同じ「人魚」ではなかったのだ。
同じ年頃の男の子にからかわれている女の子。できることなら手を差し伸べたいと思うものの、今のイエナたちの立場はただの異邦人だ。よそ者が安易に口出すべきではないのだろう。
そう自分に言い聞かせて、イエナはリエルについていく。
「ほい、ここ。海草とか、流れ着いたニンゲンの網とかで縛ってるけど、マジヤバでしょ? 今にもボンボロリンって落ちそうなんだもん」
リエルが案内してくれたのは村の中でも外れの方。
民家も光珊瑚もまばらな地帯に、集められた海ウールがあった。晴れた穏やかな海の中で、此処だけが暗雲に飲み込まれているように見えなくもない。
ほんのちょっぴり、巨大なゲンに見えないこともないというのは本羊にはナイショである。
「なんか……落ちるより先に縛ってるやつが裂けてしまわないか、これ」
カナタの心配は尤もで、太い海草なんかはちょっと切れかかっているものがチラホラある。長老様は今更遅れたところでと言っていたが、結構緊急性が高そうに見えた。
この量が海に解き放たれるのは非常にまずい。
「そういえば海ウールって弾力性あった……まずいかも? と、とりあえず1スタック分インベントリに入れてもいい?」
「おけまる~。っつか、1スタックなんてケチ臭いこと言わずこれ丸っとでもいいのに」
まる、に合わせてクルクルと器用に円を作って泳ぐリエル。ちょっともっふぃーが真似してみたそうな気配を醸し出したのは気のせいだと思いたい。
やってもいいけれど、やるならば自分が乗っていないときにお願いしたいものだ。
「……イエナなら全部製作できちゃいそうなところがなんともまた」
「流石にそれはない、よ? 多分。それに、私が全部使い切ったとしても、根本的な解決にならないじゃないの」
ボソリと呟いたカナタに、イエナはキッパリと言い切る。カナタの見立てを疑うわけではないが、それとこれとはまた別の話だ。
「ほへ? どゆことどゆこと?」
クルクル回っていたリエルがツイーっと傍までやってきた。
そのちょっととぼけた顔に、イエナはズビシと指を立てて見せる。
「根本的解決法なんて1つよ! 人魚の皆が、海ウールを加工できるようになること!」
「え、えぇぇええ!?」
海中にリエルの悲鳴のような声が響く。そんなに意外だっただろうか。
「いや、ずっとフラグ建築に勤しんでただろうに。リエルそんなに驚くことか?」
イエナが考えていたことは、カナタにはお見通しだったらしい。
「だ、だって、イエナたち見てるじゃん。アタシ不器用レベルメガ盛りマックスだって!」
確かにリエルは、初めて出会ったときに衣服代わりの貝殻が壊れてしまったのを直せずに泣いていた。けれど、あれは仕方がないと思う。
イエナだって劣化した素材を復活させるのは難しい。職人として、できないとは言わないけれど。
「貝の修復と違って、今回は1から作るからあの時よりはグッと難易度下がるよ?」
「でも、でもさぁ……」
それでもなお言い募るリエル。
よほどやりたくないらしい。
「あ、そう! 海ウールの加工って言ってもさ、道具いるんでしょ? 道具ないからできなくない?」
「……確かに。製作道具は貸し出せはするけど、あげるのはちょっと」
海ウールを加工するには製作道具は不可欠だ。いや、やろうと思えばイエナならギリギリ可能な気もするけれど、それを製作初心者の人魚にやらせるのは酷だろう。
「それにそもそも、海の中だとカンキョーってやつとか全然全く違うじゃん? だからぁ、やっぱりイエナが作って――」
「いやでもそれじゃ根本的解決にならないだろ」
カナタがリエルの案をバッサリ切って捨てる。
「確かにリエルの言う通り環境が違うし、道具もない。私の製作道具は木製だから海中だと傷みが激しいだろうし、動かなくなっちゃう可能性もある。申し訳ないけど、私も自分の道具が大事だから危険は冒したくないわ」
「ほらほら~。やっぱそうじゃん、だからぁ」
イエナにやってもらおう。そう言おうとしたリエルの言葉を、今度はイエナがぶった切った。
「そう! だから! 環境に合わせた道具を作るしかないわね!」
なければ作る。
適性がなければ調節する。
それが職人イエナの仕事だ。あとついでに趣味。
「この海の底に適した道具を作ってみせるわ! ということで、リエル、この村で手に入りやすい素材、片っ端から教えて!」
「え、これマジで言ってる? マジでニンゲンが人魚仕様の道具作るの?」
「やってやろうじゃないの!」
バリバリに困惑するリエルを他所に、イエナはメラメラと職人魂を燃やすのだった。
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