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59.モフモフたちの海中遊泳

 人魚生初の人間食を体験したリエルだったが。


「できるんならコレ毎日でも食べたいんですけどー? あああ、禁断の味を覚えちゃった気がするぅこのあとどーしよマジヤバくなぁい?」


 尾びれをビッタンビッタンさせながらの大絶賛ぶり。ちなみに、海神の溜め息内でなら水槽がなくても平気だとかで、心置きなく余韻に浸っているようだ。

 シェフのカナタはというと、ちょっと困惑気味である。何せ簡易テーブルに並べたのは普段の朝ごはんの簡易バージョンだったからだ。


「……人魚って普段何食べてんだ?」


「サカナ! クサ! ときどきカイ! 以上」


「火の概念がないから調理ってのもないわよね。当然温かい食べ物も初だろうし」


 そんな一幕を挟みつつ、いざ、人魚の村へ。

 イエナとカナタは勿論新装備に身を包み、気合十分。

 もっふぃーとゲンの首にもきっちりイキマモリを装備した。ヒモの調整なんかは当然のようにイエナがやっているし、これがどういうものかもカナタが説明した。

 が、それはそれとして初めての体験は恐怖がツキモノ。


「あ、あの、ゲンちゃん怖いなら無理しなくてもいいよ? ルームでお留守番もアリだし」


 さぁ海中へ出ようという段階になって、意外にもゲンが怖気づいてしまったのだ。

 ゲンの気持ちになれば無理もない。何せ彼女たちは草原の生まれ。水に入ったことも少ないだろうし、ましてや海水を目に入れてのたうちまわった経験もある。

 いくら主人のカナタが言葉を尽くして説明してくれたところで恐怖心はあるのが普通だ。

 一方もっふぃーはというと、全く持って通常営業である。


(なんでかもっふぃーは全然怖がってないんだよね。これも気性の違いとかなのかな? 実際に海に入ったら慌てるのかな? ご主人としてサポートしてあげないと)


「めぇ~~~」


 そんなことを考えていると、もっふぃーがトコトコと出入口へと向かう。そして、止める間もなくサッと『海神の溜め息』の外へと出て行ってしまった。


「えええ!? 待って待ってもっふぃー!」


「あ、イエナいいよ。アタシいったげる。アンタじゃ万が一の場合一緒に流されちゃうでしょ!」


 思わず後を追って外に出そうになったイエナをリエルが押しとどめ、代わりに出て行ってくれた。確かに泳ぎが下手糞なイエナが行っても何もできない。頭では理解しているけれど、それと心配しないでいられるかは別問題だ。

 ハラハラしながら外を見つめる。

 が、そんなイエナを他所にもっふぃーは優雅に泳ぎ回っていた。


「も、もっふぃー? 泳ぎ上手くない?」


「野生動物の方が上手いのかも……」


 傍で見守っていたカナタもうっかり見惚れるくらいの泳ぎっぷりだ。真っ白でモフモフな毛並みはそのままに、ユラユラと光が揺れる水の中を自由自在に泳いでいる。まるでゲンに「こわくないよー気持ちいいよー」と教えてくれているかのようだ。

 サポートのために出て行ったリエルは一周回って大爆笑している。


「リエルが見本見せてくれてるっぽいな。うーん、やっぱ優雅だなー人魚」


「メ、メェ!?」


 ひとしきり笑ったあと、リエルはもっふぃーの前で縦回転や横回転なんかをしてみせた。すると、もっふぃーも見よう見まねでちょっぴりぎこちないながらも真似してクルクル回っている。これにはゲンも驚いたようで、視線が釘付けだ。ていうか、イエナも驚いた。


「もっふぃーに負けた気がする……」


「あーえっと、向き不向きってものがあるし。あとあれだ、俺の世界では騎乗できるペットに乗りながら海中遊泳できたから、さ」


「カナタ的にはペットは泳げて当然だったんだ?」


「まぁ、そんなとこ」


「メ、メ、メェーーー!!!!」


 2人の会話を聞いていたゲンが勢いよく出入口に突撃する。そんなスピードをつけて出て行ったら危ない、と言う暇もなかった。


「ゲン!? ごめん、イエナ。俺追いかけるわ」


「おっけ、いってらっしゃい!」


 万が一、2匹が海に強い拒否反応を示した場合、ルームでお留守番することになる。そのため、イエナは一応この場で見守る係だ。流石に海中でルームを出す気にはなれない。最悪の場合ルームが水没してしまいかねないからだ。

 が、その心配は無用っぽい。


「ゲンちゃんも泳げてる~」


 勢い任せに飛び出ていったゲンだったが、慣れるともっふぃーと同じくらいスイスイと泳ぎ回っている。最初の一歩に勇気が必要だっただけのようだ。


「……ってことは、泳げないの私だけ、かぁ」


 ほんのりとした寂しさを憶えつつ、イエナは周囲を軽く掃除する。この『海神の溜め息』は人魚に案内された人間の一時待機場所らしい。


(……時間あったらせめて洗濯機と脱水機とベッドくらいは作っておいてあげたいかも。私たちはルームあったからいいけどさ)


 そんなことを考えながらイエナは皆の後をワタワタと追いかける。

 海中に出ると、ゲンは既に泳ぎをモノにしたようで、自由自在に、なんなら草原よりも元気に動き回っていた。重力がない分、縦にも動けるのが楽しいのかもしれない。


「ねーイエナ。アンタこの子に掴まって移動するのがイイかもよー」


「もっふぃーに?」


 イエナを見つけた途端モフモフと近寄ってきてくれたもっふぃーを撫でながら問い返す。海中であってもイキマモリのお陰でモフモフは健在なようだ。大変喜ばしい。モフモフは正義。


「うん。この子ら泳ぐのメチャウマだわ。まー人魚のが速いけど、かなりイイセンいってる」


「俺もゲンに乗せてもらうことにした。思ってたよりゲンが泳ぐの気に入ったみたいでさ」


 ということで、いつも通りイエナがもっふぃーに、カナタがゲンに跨っての移動となった。いつもと違うのは泳いでいることと、リエルが先導してくれること。

 途中途中で「この海草ウマいんだよねー」とか「この岩の隙間、メチャはや海流あっておもろいよ」などの解説をしてもらいながら、村へと向かう。

 海の道中は、やはり陸の上と景色が違って興味深かった。

 まず目に入ったのは淡く光るたくさんの珊瑚だ。


「あ、ねぇリエル! もしかしてあれって光珊瑚!?」


「よく知ってるじゃーん。アレが生えてるところに人魚が集まって集落ができるってババ様が言ってたよ」


「光珊瑚って?」


「めっっっっちゃ貴重な海の贈り物だよ! 水に漬けると淡く光る珊瑚で超珍しいの。お貴族様がインテリアにこぞって欲しがってるヤツ!」


 珍しく知らないらしいカナタの質問に、イエナは憧れを込めて熱弁を振るった。そういえばこの光珊瑚は魔物のドロップ品ではなく、海辺に偶然流れ着くのを待つしかないと聞いたことがある。だからカナタは知らなかったのだろう。


「へー? 陸だとそんな扱いなんだ? でもさーアレ真水につけたら寿命縮むくない? まー陸にあがった時点で本体から切り離されたカケラだろうし、元から寿命ヤバか」


「あぁそうか。元々の生態系から離れた環境だから光が弱いんだね。昨日の夜、光って見えてたのこれなんだ?」


「多分そうじゃね? あの辺の柵みたくなってんのが村との境界線でー、あのでっかいのが村の中央の広場だよ」


 リエルに案内されながら人魚の村へと入っていく。

 色とりどりの珊瑚に負けないくらい、様々な髪や鱗をもった人魚とすれ違う。男女どちらであってもかなりの美形でちょっと羨ましい気持ちになったのはナイショだ。

 周囲の人魚は「ヘンな生き物がいる」とばかりにガン見してくるものの、絡まれるようなことはなかった。


「ババ様が話通してくれてるから変なインネンつけてくるおバカはいないっしょ。あとはイエナの腕次第かなー、ねじふせちゃって~」


「ねじふせ……う、うーん、まぁ誠心誠意努めさせていただきますけども!」


 今は珍獣を見るような目線ではあるが、上手くすれば色々情報が聞けるかもしれない。あわよくば仲良くなって海の素材なんかももらえたら上々だ。

 そんなことを考えてると、リエルが突然「おまえたちー!」と大きな声を上げて猛スピードで進んでいった。

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