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58.称号

 それは、朝、ゲンともっふぃーに朝ごはんをあげ終わり、ブラッシングをしている最中に鳴り響いた。


 ぷぇ~~~


 昨夜設置した防犯ベルがきちんと作動したようだ。


「ごめんねー。ブラッシングはここまで。お客さん来ちゃった」


「一緒に挨拶しに行こうか」


「めぇ~~~」

「……メェッ」


 いつも通りのもっふぃーと、まだまだ構ってほしそうだったゲンを連れて地下室の階段を上る。

 結局昨夜は装備を作ったり、ノックで反応するようにしていた防犯ブザーを元に戻したりと色々やったが、2人はなんとか寝過ごさずに済んだ。来客を迎えるために、急いでルームを出る。


「はいはーい! おまたせー」


 ルームの外は昨夜と打って変わってキラキラと太陽の光が射し込んでいた。まるで無数の光の糸に織りなされた一枚の布が、風に吹かれているかのように見える。とても幻想的な景色になっていた。

 来客が来ていることも忘れて、思わず空気の膜の向こうを見上げてしまう。


「おっはー。寝れたー? アタシ結局オールしちった! 起きられるか自信なくってさ~。お? もじゃもじゃたちもいるじゃーん! いつ来たの? ちょっぱやすぎ~」


「……コホン」


 ルームの外に出るとそこには寝不足のせいか、いつもよりも更にテンションあげぽよ気味のリエル。そんな彼女のハイテンションな空気を切り替えるように、もう一人が咳払いをした。


「お初お目にかかるよ。転生者ってのは……アンタじゃないね。もう一人の方かい?」


 ババ様と聞いていたのでかなり年老いた人魚が来るのかと思っていたが、想像とは全然違った。確かに目じりなんかには年齢を重ねた証が刻まれているけれど、ツヤツヤの銀髪はキレイにボブに切りそろえられており気品が感じられる。なんというか、迫力美女、といった感じの人魚がそこにいた。

 彼女は不思議なことに、イエナの顔を見てすぐに『転生者ではない』と判断した。どうしてわかったのだろうか。


「……え!? あ、はい。そうです。カナター!」


「いるいる。どうも、転生者の方です」


 イエナが美女に見とれているうちに、すぐ後ろまで来ていたようだ。

 ババ様(と呼ぶのはどうかと思うが、まだ名乗ってもらっていないのでこう呼ぶしかない)はじっくりとカナタを見る。カナタ本人、というより彼の頭のちょっと上を見ているような感じだった。


「なるほどね。間違いなく転生者……だ」


「えっと?」


「自己紹介が遅れたね。あたしゃ村の長老みたいなことやってるババアだよ。好きに呼ぶといいさ」


 好きに呼ぶと良い、と言われてこの迫力お姉さまをババと呼べる人がいるだろうか。いや、いない。

 さてどうしようかと困惑してたところ、先にリエルの明るい声が響いた。


「ババ様はね、しょーごーとかいうのが見える人なんだって」


「称号!! なるほど、それなら納得だ。今まで気にしてなかったけどついてるのか。もしかして、長老様には人の称号が全て見えるんですか?」


「全てかどうかは知らんが、アンタには『異世界より来たりし者』って称号がバッチリついてるよ」


 称号というものに心当たりがあったらしいカナタが長老様に質問する。

 イエナはちょっと意味がわからなかったので「なるほど、ババ様よりは長老様の方が呼びやすいな」などと思っていたけれど。

 イエナが置いてけぼりになっている空気を察したのか、カナタが説明をし始めてくれた。


「称号っていうのは……そうだな。俺の認識では『なにごとかを成し遂げたときに勝手にもらえるもの』って感じのものなんだ」


「あたしの認識でもそんなモンさね。といっても、称号に善悪って概念はないらしいが……」


 カナタの説明に長老様も補足してくれる。それでも、イエナの脳内から?マークは消えなかった。


「なにごとか……って? それに善悪ってどういう……?」


「例を出した方がわかりやすいかもしれないな。例えば、火魔法の達人になったら『火魔法を極めし者』とか。不特定多数の人に癒しの魔法を使ったら『癒しの聖者』とかね……これだとイメージしやすくないか?」


「あ……なるほど?」


 それでいくと、いつかはイエナも『製作を極めし者』とかいう称号を得られるのだろうか。得られたところで何かの足しになるようなものではなさそうだが、自分の満足としてちょっと欲しくはある。


「そちらは能力を良い方に使った例だね。あたしが見たことあるのは『人さらい』それから『大泥棒』さね」


 目を輝かせたイエナとは対照的に、長老様が若干顔を顰めながら言う。

 長老様はハッキリと『見た』と口にした。そんな悪人を何度も目にしていた彼女の人魚生は一体どんなものだったのだろう。

 そして、その言葉に対してなんと言ったものかと悩んでいたところ、リエルが口を開いてきた。


「ババ様の若かりし頃ってさー人魚攫いマージで多かったんだって。かんしょー用とか言ってさぁ。ちょーふざけてるよね。そのせいでニンゲンと関わるなーっていう人魚の村のしきたりがあんのよ」


「あたしが称号を見れること、それと、ここに訪れた転生者のお陰もあって人間全てを警戒しなくてもよくなったがね」


「それ! 俺その転生者の話を聞きたいんです!」


 カナタが自分以外の転生者についての話に食いつく。

 称号もカナタと一緒の、きっとカナタと同郷の人。彼は何故この海の底を終の棲家とすることになったのだろうか。


「あぁ。何十年前になるかね。人間が突然海の底に現れたもんだからあの時の村は大騒ぎだったもんさ」


 長老様は懐かしそうに目を細める。


「アンタらは海ウールをどうにかする代わりに、アイツの話を聞きに来たんだろう? 長老として、村への立ち入りを許可しよう」


「「ありがとうございます!」」

「めぇ~~~」

「メ、メェッ!? メェー」


 2人のお礼の声が偶然ハモり、それに対してもっふぃーが調子を合わせて鳴いた。最後に、それら一連の流れがよくわからなかったゲンが戸惑った鳴き声を上げて、周囲をキョロキョロと見回す。

 その様子がなんだか面白くて、皆が笑顔になった。

 ひとしきり笑ったあと、リエルが長老様に確認をとる。


「んじゃババ様、アタシが村案内しちゃってオッケー?」


「あぁ、構わんよ。アンタたちが気にしないなら村に小さな『海神の溜め息』があるから、そこを利用するといい。ここと往復するよか楽だろうよ。……まずは先に、海ウールをなんとかしてもらわないとね」


「勿論です! 頑張りますよー。あ、でもその前に朝ごはんだけ食べてもいいですか?」


 もっふぃーたちの朝ごはんは終わったのだが、人間の朝ごはんはまだだったのだ。どうにかお腹に力をいれて防いではいるが、今にも腹の虫が鳴き出しそう。


「ずーっと困ってたんだ。今更数時間遅くなったってどうってこたぁないさね」


「そういえば……海中で食べ歩きってできるのかな?」


「そいつぁ止めた方がいい。イキマモリは身に着けた生命の周りにのみ空気の膜をつくるお守りだ。手に持った食物なんかは普通に海水でビシャビシャになるよ」


 どうやら海中散歩をしながら優雅に朝食とはいかないようだった。

 長老様は一足先に村へと戻ることになった。やはり長老という役職についていると色々忙しいのだろう。


「ねぇねぇ。アタシもニンゲンのご飯食べたーい。いいっしょ?」


 リエルがこんなことを言い出したので、一緒に朝食をとることになった。

 折角『海神の溜め息』という特殊な場所にいるということで、またも簡易テーブルが活躍した。朝食としてはいつもと代り映えのないラインナップではあったけれど、普通に生きていたら絶対に見られない景色を眺めながら食べる朝食は格別の味がしたのだった。

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