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57.濡れマウチュウの抵抗

 海の底。『海神の溜め息』と呼ばれる場所にて。

 通常営業のイエナであれば、地上では見られない光景を楽しみつつ素材になりそうな貝殻探しなどに夢中になっていただろう。

 しかし、残念ながら今はそれどころではなかった。


「まずは交代で風呂に入ろう」


 カナタから提案が入る。『海神の溜め息』の出入口部分で軽く脱水されたとはいえ、服はまだ濡れていて少々肌に張り付いている。特に靴は不快感が強い。

 イエナもそれには同意なので、頷きながらルームを召喚した。

 幸いなことに、光の屈折のお陰なのかこの場所は外からは大分見えづらいようだ。魔物がいたとしてもわざわざ侵入してこないだろうし、万が一入ってきたとしても陸上と同じように戦闘できるだろう。


「だね。あと服の乾燥できるモノ作った方がいいかなぁ」


「あれば便利だけど、これ塩水だから洗濯もしないとダメだと思う。多分このまま乾かすとバリッバリになる」


「そっか。イキマモリのお陰であんまり実感ないけど、この水しょっぱいんだっけ……」


 今洗濯は手回し式のものを各自使っている。のだが、いっそのこと乾燥機まで合体した大き目のモノを作りたい気がしてきた。

 いつか材料が手に入ったら検討したい。

 脳みそがどんどん作る方に行き始めた段階で、カナタが現実に引き戻すような話題をくれた。


「それよりも、明日の朝に訪ねてくるって言ってたし、早めに寝ておいた方がよくないか?」


「あ、そっか。でもなーうーん。せめて濡れても乾きやすい服作るか……明日もきっと泳ぐもんね。特に靴とか問題じゃない? やっぱりサンダルほしい!」


 防水性に優れたイエナ特製のブーツは、出入口による脱水で表面はサラリとしているように見える。だが全身水に浸かったせいで中がそれはもうグチャグチャだ。塩水を完全に抜くには一旦分解した方が良いレベルになっている。


「それは助かる……けど、先に風呂だよイエナ。いっといで。俺はゲンたちの様子見て、ついでに明日の朝ごはんの果物も置いてくるから」


 現在時刻はいつもの就寝時刻を大幅に過ぎている。明日の朝、いつもどおりもっふぃーたちのお世話をするのは難しそうだ。かといって、彼らの朝ごはんを遅らせるのはかわいそうである。妥協点として、先んじてご飯を置いておくのはアリだと思う。

 時間があるときに誠心誠意ブラッシングさせてもらう。そうでないとモフモフ不足でイエナの方も不調になりそうだ。


「あああ、ありがとう。ごめんね、じゃあ行ってくる」


 カナタに促されてひとまず風呂場へと向かう。


「……っ!?」


 脱衣スペースの鏡に映った全身濡れマウチュウな姿を見て、イエナは『ちょっと睡眠時間を削ってでも対海用装備を更新する』と強く決意した。何が、とは言わないが透けていたのだ。

 そういえばカナタはあまりこちらを見ないようにしてくれていたな、と思い出す。大変ありがたい配慮だし、下手に口にすればエラいことになっていた気もする。ありがとう、カナタのデリカシー。


(これは作らなきゃ! 2人分の海用装備を!!)


 頭からシャワーを浴びて、なんだか色々見せてしまったかもしれないという疑念も一緒に流す。何もなかった、いいね。

 風呂場はメモがとれないという欠点はあるけれど、アイデアはどんどん湧いてくる場所だ。脳内ではもう透けにくい海用装備とサンダルの設計図が描けていた。

 髪の水分をとるのもそこそこにカナタに風呂場を明け渡す。


「カナタおまたせ! もっふぃーたちはスヤスヤだった?」


「うん、ぐっすりだったよ。あの簡易テント気に入ってるみたいだな。2匹ともあれの下で仲良く寝てた」


「任せてごめんね。明日起きたらもっふぃー構い倒してあげないと」


「だったら、そのためにも製作はそこそこにな? じゃ、俺は風呂行ってくる」


 風呂場に向かうカナタを見送って、イエナは製作にとりかかった。気持ち的にはいつもの倍の速度で。


(カナタ過保護なとこあるもんね。お風呂あがってきたら寝ろ寝ろ言うに決まってるもん。優しいのはわかるけど、明日の私たちが困っちゃうんだから)


 そんなことを考えながらズバババババッと手を動かす。

 もし、この場にリエルがいたら、口をあんぐりとあけて「ニンゲン、こわ」と言ったに違いない。

 もし、クラフター系のジョブである、例えばマゼランみたいな人がこの場にいたら、イエナの製作のスピードの異常さに気付いただろう。

 だが、ここにいるのは残念ながら異世界少年カナタのみ。


「えっ、もうできたのか?」


「できた、けど……やっぱり『会心作』にするほど拘れなかったわ。ごめんー」


「いやいや、すごいオシャレで嬉しいよ」


 カナタがシャワーを浴びて、海水塗れの服を洗濯している間に、イエナは2人分の透けない服とサンダルを作り上げた。

 イエナ用は透けにくい黒のチビTシャツに、デニム地のホットパンツ。ちょっぴり露出度が高いがこの方が洗濯も脱水も楽だ。

 カナタは黒のシンプルなタンクトップにお揃いのデニム地のハーフパンツ。男の子に短すぎる服はちょっと、と思ったのでここは妥協。カナタなら男の子なので少しばかり布面積多くても脱水頑張れるでしょう、というのもある。

 サンダルは2人とも足首でがっちり留めるタイプだ。足の型は防水ブーツを作る際に測っているので、そこまで違和感はないはずである。

 これだけのモノを、この短時間で作り上げた。のだが、製作した本人は『会心作』を時間の関係で断念してしまったとしょんぼりしている。そろそろこのパーティには常識を持ったツッコミ役が必要かもしれない。


「うー……」


「俺は逆に無理やり『会心作』にしないって判断できたイエナが凄いと思うけどな。今一番大事なのは装備もそうだけど、お互いの体調もあるってわかってたってことじゃん」


「まぁ、そうかもだけどぉ……」


「お陰で明日は2人でゲンともっふぃーをお世話できるんじゃないか? っていうかそうだよ、2匹のイキマモリ調整って大仕事もあるんだから。早めに寝よう」


 ゲンともっふぃーを引き合いに出されるともう引かざるを得ない。


「あ、そうよね。もっふぃーたちが泳ぐかは別として、この凄い世界見せてあげたいものね!」


「そうそう。じゃあ寝よう。おやすみ、イエナ」


「あ、でもまって。ルームのドアあけて、防犯ブザーだけ……」


 万が一寝過ごしてしまった場合に備え、ボタンを押すと音が鳴る仕組みに戻した防犯ブザーを外に設置する。

 まぁそれは必要だしな、とカナタが優しい目で見守っていたことを、イエナは知らないのだった。


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